2019年05月04日

2019年5月の始まり



皆さま、こんにちは。

2019年第4番の月も過ぎていきました、
2019年の約33%が早くも経過したことに。

…と、続きは5日中には
更新できていると思います。

毎月4日にはアップしているところ
今回はちょっと間に合いませんでした。
ご訪問下さった方ありがとうございます。

お手数おかけしますが
後ほど改めて…宜しくお願い致します。



さて、 「2019年5月の始まり」の続きです。
元号も新たになり、祝賀ムードの日本ですね。

令和典拠は『万葉集』巻五 梅花歌の序文
です。「ラルースの塔」の年頭挨拶では
『万葉集』からの引用が多いですが、

この2019年年初はまさに巻五の梅花歌
815番
を添えました
ので 個人的には
微笑ましい縁を感じる元号となりました。

国書典拠といいながらも漢籍『文選』にも
繋がり得る点で(『文選』は元号典拠として高実績です)
今までの伝統・様式を 根底では逸脱させず
革新に踏み込んだ流れは お見事です。

「新しい時代の幕開け」というほど大げさに
構えるほどではないと思えるのも平穏な国の証。

何はともあれ 各々にとって素晴らしい時を
進めて行ければ それこそが至上です。


というわけで、今回は『万葉集』から。

この流れについて「フッ…先生ともあろう方が
ここで万葉集から引用とは凡俗の極み。他者に
予測できないことを行うというのが信条では?」
と勝ち誇る教え子もいるかもしれません。

しかし、ここで万葉集から逸れると
「おやおや…万葉集から離れるとは読み通り」
という知己もおりましょう。。と、
どうでも良い茶番はさておき、




梓弓 春山近 家居之 續而聞良牟 鴬之音

梓弓(あづさゆみ) 春山近く 家居らば
   継ぎに聞くらむ 鴬の声



『万葉集』巻十1829番・作者は不明。
万葉仮名の訓読みについては
他の可能性もありますが、とりあえず。


梓弓(あずさゆみ)は、古くは神事や出産などの際、
魔除けに鳴らす弓(鳴弦)として使用された
梓(アズサ)の木で作られた弓のこと。
春(張る)、引く、射る etc.を導く
枕詞(まくらことば)でも用いられます。

枕詞として訳出しなければ

春の山に近くに住んでいるから、
絶えず聞くのでしょうね 鶯の鳴き声を。



・・という意味合いですね、
何でもない のどかな春の情景です。


私の寝室のすぐ裏手の木々でも
ウグイスが毎朝歌って春眠を包んでくれます。

すごくキレイな美声で鳴く子もいれば
不器用というかお下手だけど頑張っている
子もいて、それぞれ個性的な歌声です。

(ウグイスは、ホトトギスに托卵されますが
 自然の摂理とはいえ、しっかり防衛しながら
 ウグイス各々の遺伝子を無事に残せるよう
 優しく祈るばかり。)


ともあれ、鶯は吉兆として尊ばれ
その排泄物も美容に用いられるほど
古くから人間に愛されてきた鳥です。

新元号の神事に魔を払う弓を張る春の日、
人々に吉兆をもたらすウグイスたちも
寿ぐように歌っている、という情景を
想起しながら5月のご挨拶と致しましょう。


そうそう、吉兆をもたらす鳥と言えば
先日キジをみました!

さすがに自宅周辺ではなく
あるお社に向かう道中で野生の雄雉に遭遇。

「啼く雉」は不吉な兆しとも成り得ますが、
眼前を優雅に歩いていたので目を見張りました。
(赤青緑メインに全体が虹色に輝くような…
雉ってこんなに美しいんだなぁと。)


ちょっとオカルトじみた内容になりますが
神様に呼ばれた者しか辿り着けないとか
言われるやや伝説めいたお社です。

直前まで場所どころか名前さえ知らず、行こうと
計画していたとかでもないのに直前2日前ほど
なぜか近くに行く流れで引き寄せられたという印象です。

数年前まで案内板もなかった上どこにあるのか
分からない山奥にあるのは事実ですが、現在では
googleマップにも表示されますし ナビ精度も
格段に上がっているのでその場所に辿り着くこと
自体はさほど難しくないように思います。

「呼ばれた者しか辿り着けない」という真意は
そのお社の場所自体ではないと今は分かります。

再建された新しい社に参拝するだけでも
十分と思いますが、離れに点在する結界を
経由して行くことで「大きな偉力」が訪れます。

山道の分岐が何箇所かあって その都度
「いや こっちが先ではない気がする」と何となく
引き返したりしたので それが「呼ばれる」ということかも。

ネット情報からすると眉唾物かなと盲信することなく
訪れたわけですが 実体験からすれば「本物」でした。

完璧に「人払い」して下さった上、御神木に着くと
木ノ葉が紙吹雪のように壮麗に舞い散る歓待を賜ったかと
思えば、頂きでの不思議な現象を動画に撮ろうとすると
(雲一つない蒼天なのに)すごい突風(旋風?)で
スマホを仕舞うまで吹き飛ばされそうになったりと
「優しくも厳しい大いなる自然」との対話そのものでした。

20190500.jpg

2019050.jpg


…と月初めのご挨拶から逸れましたが
(これで万葉集の引用だけで終えずに済みました)
平成最後の4月には伊勢の神宮に、
そして令和の始めには不思議なお社に
お招き頂けたのも有難いご縁です。

長いお付き合いをさせて頂いている皆さま、
新しくご縁ができた方々の諸々の御配慮にも
併せて深く感謝申し上げます。


新時代の緑風が清々しい5月も 至福の時でありますことを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。



(今月も世界情勢が許す限り 16日前後に
 もう1回更新できれば良いなと企んでいます)



posted by laluz at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2019年04月16日

Alexander the Great



皆さま、こんにちは。

4月は16日前後にまた記事更新しますと
申していましたので、久々の「名言の英語」を。

2017年08月16日ルイス・キャロルから
20カ月ぶりです、案外経ってないなぁと
思ったのも束の間、その前は2014年1月24日
と約43カ月の空白期間がありましたよ・・

5年で3つか〜と 少しだけ驚きです。
最初期から読んで下さっている方は
どれほど残っておられるのでしょう、
ラルースも約8年が経ちますからねぇ。

それこそ(私が)学生時代に教えていた
初期の教え子たちは そのご息女・子息も
小中学生というほど時間経過していますし。

時の流れに逆らわずフワフワ漂って
書き連ねていますが、授業終了後も
ご縁が続いておられる方々には
何らかの形で「学び」のきっかけに
なっていればこの上ない喜びです。

というわけで、20ヵ月ぶりの「名言の英語」は
アレクサンドロス大王(アレキサンダー)の
言葉を見てみましょう。


Alexander III of Macedon(紀元前356.7.20〜前323.6.10)
古代ギリシャのアルゲアス朝マケドニア王国の君主。
コリントス同盟盟主・エジプトファラオも兼任。

16歳までアリストテレスの教えを受ける。
父フィリッポス2世が暗殺され 20歳で王位継承、
東方遠征によって30歳までにギリシャから
インド北西にまたがる大帝国を建設。

しかし紀元前323年、バビロンで
熱病にかかり32歳の若さで病没。

MacedonEmpire.jpg
By Generic Mapping Tools - Own work, CC BY-SA 3.0, Link



アレクサンドロスの大遠征によって
東西の文化伝播・混交がヘレニズムと
いう新たな文化潮流を齎しました。

歴史上の英雄たちから大英雄と敬われ、
旧約聖書やコーランなど重要な文典・
神話にも登場する、人類史において
最も影響を与えた君主の1人です。



・There is nothing impossible to him who will try.
・You shall find a way to the top if you diligently seek for it; for nature hath placed nothing so high that it is out of the reach of industry and valor.


(・挑戦する者にとって不可能なことなどない。
 ・頂点に至る道を真摯に探し求めるなら、あなたはその道を見出す。自然は 精励と勇気で到達できないほど高い場所には何も配置していないからだ。)



アレクサンドロスほどの偉業を
成し遂げた者だから言える言葉です。

多くの偉人が同様に述べていますように
真理なのでしょう。ただ、それを実現
させ得る 堅固な意志・忍耐があるか
そこに凡俗の違いが生まれるだけのこと…


Remember upon the conduct of each depends the fate of all.

(覚えておけ、各々の行為こそが万人の運命を決するのだ。)

倒置構文なので 直訳すれば、
「『全体の運命は個々人の行いに依存する 』
ということを覚えておきなさい。」ですね。

「conduct=行為・品位・振舞い」
家族・学校・企業・自治体・国家…と
多くの組織に適応しうる格言でしょう。

精神的に未熟な頃はなかなか実感
しにくいところでしょうが、自分が
「今どの所属の一員として行動し、また
行動することが望まれているのか」と
状況把握しつつ、臨機応変に行動を
律していくのは知能が要求されます。

…と、偉そうに高説ぶっていますけど
長らく「組織」に所属せずフワフワ漂って
いるお気楽者に言われたくないよ…と
叱責されるかもしれませんね。

ただ、一応「どの所属の一員か」と
いう行動指針は念頭にあるんですよ、
それが何かは秘密ですけども。



What an excellent horse do they lose, for want of address and boldness to manage him! ... I could manage this horse better than others do.

(乗りこなす腕前と勇気がないばかりに、彼らは何という名馬を失うことか!私なら誰より上手く乗りこなせられるだろう。)


少年アレクサンドロスが愛馬
ブーケファラスと出会った場面です。

気性が荒すぎて誰もが諦めていたところ
アレクサンドロスは強引に押さえ付けず
馬の不安を取り除きながら馬のペースに
寄り添って見事に乗りこなしました。

ブーケファラスもアレクサンドロスの
命令以外には従わなかったといいます。
(逆に 主が他の馬に騎乗しようとすると
怒ったという逸話もあります、可愛い)

東征時にはブーケファラスと共に駆け
生死を共にする絆で結ばれていました。
前326年ヒュダスペス川の戦いの後に
死んでしまいますが、アレクサンドロスは
新たな都市にブーケファラと名付けて
愛する馬=友の死を悼みました。

その2年後に大王も世を去るのですけど…
器の大きさを物語るエピソードです。

名馬に限らず、扱いが難しい動物・人物や
それこそ「運命の女神」が相手であっても
強引に無理やり従わせるのではなく
この者なら付いて行きたいかな…と
思わせる敬愛ある振舞いが大切ですよね。


I would rather excel others in the knowledge of what is excellent, than in the extent of my power and dominion.

(私は、権力や領土の規模よりもむしろ「素晴らしきもの」の知識の点において他に勝っていたい。)


「権力・領土の規模」でも突出した
大王だからこそ説得力がある言葉ですが
「大事なこと」は「力」ではないよと。

「素晴らしきもの」という内実は各々が
信じる世界観・信条に沿って規定すれば
良いと思います。ちなみに別の翻訳ver.では

knowledge of the highest secrets of philosophy
(哲理最高の秘奥についての知識)

と紹介されていたりします。

「人間が到達しうる究極の叡智」と
いうところに近いかもしれませんが
ともかく天才アリストテレスに13〜16才まで
学んでいただけ、人間の素晴らしさを
知っていることこそ至高と考えたでしょう。


If I were not Alexander, I should wish to be Diogenes.

(もし私がアレクサンドロスでなかったなら
ディオゲネスになりたいものだ。)


ディオゲネス(Diogenes 前412年?〜前323年)
古代ギリシアの哲学者(ソクラテスの孫弟子にあたる)。師アンティステネスの「徳」の思想を受継ぎ、欲望から解放されて自足すること、動じない心を持つことが重要だと考え、犬儒派(キュニコス派)の思想を体現して大樽を住処に犬のような生活を送りました。



20歳のアレクサンドロスが将軍として
コリントスを訪れたとき、ディオゲネスは
日向ぼっこをしていました。
将軍は挨拶をして何か望みはないか聞くと
「あなたがそこに立たれると日陰になるからどいて下さい」
と答えました。それを受けてディオゲネスに
なりたいものだなと述べたのでした。

これもまた大器を表す逸話ですよね。
歴史上、王なら不敬な態度として
刑罰に処すことも多いように思います。

その辺は、ソクラテス〜プラトン〜
アリストテレスの流れを汲む
アレクサンドロスなので
大先輩たる哲学者に敬意を
払っていたことは確かでしょう。

「欲」を離れて活きる尊さを
知ってはいても、彼は「王」として
無益な争いのない王国を築くという
運命に従って生きたのでした。


I do not feel happy for this victory of mine. On the contrary, I would be glad, brothers, if I had all of you standing here next to me, since we are united by the same language, the same blood and the same visions.

(今回の私の勝利には幸福を感じない。いや、兄弟たちよ。もし今ここに私の隣で諸君ら全員が立っていたら喜んだことだろう。私たちは同じ言語、同じ血、同じビジョンによって団結しているのだから。)


命を落とした戦士たちを悼み、
戦死者なく全員でここに立っていない
今は勝利そのものを喜べないという。。

姉妹都市や同郷・兄弟たちと争うことなく
同じヴィジョンで団結した者同士
より良い世界を創ろうという
大器アレクサンドロスも32歳の
志半ばで天に召されます。

歴史に「if」はありませんけれど
アレクサンドロスが哲人王として
長命だったら世界史はどうなっていたのか。


いずれにせよ歴史上の偉人のみならず
名声こそ残らずとも懸命に使命を全う
されてきた先人を想い、数千年もの
「時」を反芻しながら「今」を優しく
征服するよう生きて参りましょう。




まだまだ興味深い箇所はありますが
これ以上遅くなるのもどうかと思いますので
この辺りでおしまいに致します。

以上、アレクサンドロス大王の名言でした。

いつもありがとうございます!


posted by laluz at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 「名言」の英語

2019年04月04日

2019年4月の始まり



皆さま、こんにちは。

2019年 第3番の月も過ぎていきました、
2019年の約25%が早くも終えたわけですね。

(昨年も同じことを書きましたが)
1年の4分の1といって長いか短いか
感じ方は各々の時間感覚によるものの、
いずれにせよ 新しき「期」を
心機一転 楽しんで参りましょう。



見わたせば 柳桜を こきまぜて
 都ぞ春の 錦なりける




素性(そせい)の和歌(『古今和歌集』巻一56)

桜が咲き誇り、日本においては入学入社など
新しい舞台に進む方も多い晴れやかな時季。

柳など草:樹も優しい緑を輝かせながら
人々の陽気に呼応しているかのよう。

種々の色糸を用いて華麗な模様を織り出す
"錦"のように鮮やかに時空を彩る情景。

桜と緑が溶け合う優雅な風合いは
日本では馴染み深く愛されてきました。

「桜」の花言葉は "精神の美"
( 品種でも異なってきますが、
概ね "優美・純潔"といった感じ)



「柳」の花言葉は "従順・自由"

「シダレヤナギ」の花言葉は "悲哀"
学名(Salix babylonica)が示すように

By the rivers of Babylon, there we sat down, yea, we wept, when we remembered Zion./ We hanged our harps upon the willows in the midst thereof.
(Psalm137:1-2) King James Ver.

と、『詩篇137』の「シオンを思い出して涙を流し、
バビロン川のほとりのやなぎに琴をかけた」節に由来。
それゆえ?英名は Weeping willow

ただ、当時のバビロン川付近で枝垂柳は生育
していなかったそうで New International Ver.
(新国際訳)では" There on the poplars
we hung our harps,"とポプラになっています。
(ポプラ= ヤナギ科ハコヤナギ属)

それを含めて悲哀・哀愁を感じますね…
ヤナギ論の脱線はこの辺にしておいて

素性法師の時代には「花言葉」として
編纂されてはいなかったでしょうが
ある程度共有できるイメージはあるはず。

自由あるいは悲哀の"糸"と
精神の優美さの"糸"が織り成す
"錦"で 人の世が彩られるなら
それは趣深しと思います。

仏教用語で「因縁」とは
「物事はすべて その起原(=因)と、
 果を結ばせる作用(=縁)とによって
 定められていること」を意味しますが、

各々「因と縁」を横糸・縦糸のように
上手く紡ぎながら、自ら出色の運命を
織り上げていくことにも通じますね。



新年度・新学期ということで
小中高校・大学・大学院あるいは
企業等各組織の新たな舞台において
今後、時を経るにつれ期待・予想に
反した事態に陥る時もあるかしれません、

それは、自らの思い描く設計図から
かけ離れたように感じるもありましょうが、

因と縁、縦横の織糸を扱うが如く
ムリに固執して乱雑に絡ませないよう
素材を殺さず 互いを活かすよう
自ら適宜修正を施していけば、

結果的には当初のイメージより
深みある作品が生まれていくもの。

精神的に若い時期はそれこそ
悲哀・憎愛といった色地も出てくる
でしょうが、それはそれで作品の一部。

素晴らしい創造の季節を
気兼ねなく謳歌して参りましょう。



それでは 今回はこの辺で。

長いお付き合いをさせて頂いている皆さま、
新しくご縁ができた方々の諸々のお心遣いに
いつもながら深く感謝申し上げます。

春光が新たな創造の歩みを祝う4月
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます!


(月2回目更新は11月以来行っていないので
 運命が許す限り16日前後に1つ挙げたいです…)

posted by laluz at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2019年03月04日

2019年3月の始まり



皆さま、こんにちは。

2019年第2の月も過ぎていきましたね、

毎年この時期には触れておりますけれど
個人的な節目となる誕生月・如月を見送り、
創造の光に照らされる時季を迎えました。

長いお付き合いをさせて頂いている皆様、
日々支えて下さる方々の諸々のお心遣いに
いつもながら深く感謝申し上げます。




朝夕に 花待つころは 思ひ寝の
 夢のうちにぞ咲きはじめける



(朝夕に花が開くのを待つ時期は、それを思いながら寝た夢の中では花が咲き始めているものです。)



『千載和歌集』巻第一41 崇徳院の和歌。

崇徳院=崇徳天皇は 2018年6月の始まり
で触れたように待賢門院璋子の第一子。

満3歳7か月で天皇として即位し、
22歳で譲位(させられる)。上皇と
なった後も鳥羽法皇に実権を握られ
法皇崩御後 保元の乱で讃岐に配流、
45歳で崩御…という波乱の生でした。

和歌の世界へ 心を注がれたのも
不自由な現世で吐露できない内心や
情熱を表現したかったのかも知れません。

…という背景知識は、鑑賞には不要な
先入観とも成り得ますけれど。

ともあれ、朝な夕な桜が開くのを
待ちわびている頃は、寝る時もそれを
イメージしているせいか夢の中では
すでに咲き始めているのですよと。

「思い寝」という語句には
恋する人のことを思いながら
寝るというニュアンスもあるので
優しい春の恋歌とも読めますが、

その辺りは「花・思ひ・咲き始め」
というところに何をイメージするかで
各々捉え方は自由で良いでしょう。

個人的には「深奥」「真理」に繋がる
叡智そのものだなぁと感じています。

「自らイメージすることができるものは
 全て現実である」と数多の名言でも
示唆されていますように、

人間の「想像力」は表音通り
「創造力」でもあります。

まあ、この辺りのお話は今までも
適宜触れてきたので繰り返しませんが、
良くも悪くも「思考」は現実化します。

朝な夕な 自ら意図する展開を念じ
寝る時さえイメージしているなら
夢(無意識)の中では事態は
確実に動き始めているのですよと。




引き寄せて 結べば柴の 庵にて
 解くれば元の 野原なりけり



全ては「そこかしこ」に用意されていて
あとは上手く庵のように引き寄せて結ぶのみ。

智力というかコツがいるのは「結び方」。
まあ 解けたらまた結べば良いだけですけど。


受験生にとっては人生を左右し得る試練が
2月にありましたが 各々の理想・志望を
力強い意志で現実のものとされんことを
心からお祈り申し上げるばかりです。

それでは、今回はこの辺りで。


慈愛に満ちた春の光が
生命を優しく育み始める3月も
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます!



posted by laluz at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2019年02月04日

2019年2月の始まり



皆さま、こんにちは。

2019年の初月が過ぎていきましたが、
皆さま 益々ご清栄のことと存じます。

(「新年の誓い」…2018年に引き続いて
未更新のまま時宜を過ぎてしまいました。
今年はどうかな?とチェック下さった方には
お手数だけおかけして、すみません。)


2016年以来の「新年の誓い」記事更新ならずも

( 正確には「書いていた」のですけど
特別参拝に関して頂く御質問等に触れて
やや深入りした内容になってしまい
そのままお蔵入りしたといいますか、)


元日の恒例儀式として「精神を純化する」
神宮参拝を今年も終え 2019年の至高の日々と
来る2020年の開幕に御礼申し上げた次第です。

神宮には1年(或いは生前全て)の感謝を
申し述べに参りますが、その意味合いと等しく
皆さまにも 心からの御礼を申し上げます。


去る1月は センター試験・成人式と、
人生の節目となる行事がありましたけれど、

どのような経路にせよ 確かな志がある限り
目的地へ近づいているのは間違いありません。

節分を経てまた新たに与えられる日々が
充たされたものでありますように。



さて、2017年までは芭蕉の句を引用し
2018年からは西行法師の和歌から…
という流れでしたが、2019年は
特定せずに引用しようと思います。



雪のうちに 春はきにけり 鶯の 
 こほれる涙 いまや解くらん



(まだ雪の残っているうちに春が来ましたね、
 春を待っていた鶯の氷った涙も今は溶けているでしょう。)




『古今和歌集』巻一4番・藤原高子の歌です。

二条后の春のはじめの御歌 との詞書。
二条后=藤原高子(ふじわらのたかいこ)は
清和天皇の后で、陽成天皇の母(842-910年)。

『伊勢物語』における、在原業平との
恋愛物語でも有名な御方でしょう。

白玉か 何ぞと人の 問ひし時
露と答へて 消えなましものを


(あれは真珠?何?とあなたが聞いた時に
露というものですよと答えてそのまま私も
露のように消えてしまえばよかったのに。)



この『伊勢物語』の箇所は教科書等で
習う方が多いとは思いますけど、
藤原家としては皇后とさせたい高子を
業平との恋路などで無にする訳にはいかず
無理やり引き裂くという場面ですね。

…と、この辺りの背景、その後の展開を
踏まえてみると また違った意味合いを
読み込めましょうが、シンプルに捉えても
それはそれは 優しい歌だと思います。


2018年の世相を表す漢字が「災」と
なったように、多くの涙が流された
年でもありました。

2019年立春を迎え、冬に凍った涙も
溶け出されて、慶事には笑い涙と
変わっていけるよう願うばかりです。


既に春の陽気を麗らかに感じておられる方も
厳しい寒さの中を 頑張っておられる方も、
新しい春の巡りに際し、各々の「雪解け」が
雅に訪れる日を 祝福下さいますように。

適時適切に為すべきことを為していれば
自然の摂理に従って 雪が溶け出ずるように
各々の目指すべき道も湧き出ずるでしょう。



それでは、今回はこの辺で。

掛替えなき2月の日々もまた
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます。


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2019年01月04日

「2019年」の始まり



年頭にあたり、謹んでご挨拶申し上げます。

旧年中は並々ならぬご厚情を賜り、御礼申し上げます。

本年もご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。

 




 
正月立ち 春の来らば かくしこそ
 梅を招きつつ 楽しき終へめ
  




武都紀多知 波流能吉多良婆 可久斯許曽 烏梅乎乎<岐>都々 多努之岐乎倍米

むつきたち はるのきたらば かくしこそ うめををきつつ たのしきをへめ


(正月になり春がやって来たなら、今こうしているように 梅を寿ぎつつ楽しい時を過ごしましょう。)


「万葉集 巻第五 815番」大弐紀朝臣男人の歌。

現代日本の暦では 梅の花は少し先ですが
梅を愛でるに早いも遅いもありませんよね。

折りに触れ 述べていますけれど…

せいぜい数十億秒の人生です、
何気ない事象にさえ幸運の訪れを感じつつ
どうせなら楽しみながら生きて参りましょう。


この2019年という尊い月日を通して、

幸運とは思えない試練の期間もあるでしょうが
達成時の至上の幸福感をイメージしながら

周囲ともに楽しんで行かれますように。




それでは、年頭のご挨拶まで。

皆様の益々のご清栄を、心よりお祈り申し上げます。



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2018年12月31日

2018年の終わり


皆さま、こんばんは。

いよいよ2018年を見送って、
2019年を迎えることとなりました!

(12月中旬は更新できず仕舞いで 一応チェック下さった方には申し訳ありません…)

2018年の日々も 皆さまには
公私にわたって大変お世話になりました。

毎年毎回 同じことを申し述べておりますが
2018年も有り難い日々を過ごせましたのも
ひとえに皆々様の温かいご支援のお蔭と
ただただ感謝するばかりです。



あたらしき 柴のあみ戸を たちかへて
年のあくるを 待ちわたるかな



2017年に続いて 西行法師の歌です。

柴の網戸を新しく立て替えて、新年が
その新しい戸を開け訪ねてくるのを待ちわびています。


…と、新年が「明ける」と「(戸を)開ける」
とを掛けた ほのぼの優しい和歌ですね。

大掃除やらで身の回りの整理をされた方も
そうでない方も、少なくとも「精神」は
一新して2019年の訪れを心待ちに。

2018年が万事順調だった方も反省点が
多かった方も、2019年は素晴らしい日々
になると確信とともに寿ぎましょう。


兎にも角にも 2018年の終わりに際し、

私と時間を共有している生徒さんやご家庭、
関係諸子の方々全てに心から御礼申し上げます。

この1年間の御高恩に対する謝意を
言い尽くすことはできませんが…
2018年も本当に有難うございました!


posted by laluz at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾