2018年04月17日

映画のお話 #3



皆さま、こんにちは。

今月は16日前後にもう1度更新できれば…
と申しましたが、既に18日に変わりそう…
というタイミングで更新しておきます。

久々の第2回目更新も 映画のお話に致します。

今回は、個人的に良かったと思う映画のうち
(内容的に「楽しい」お話ではないですが)
少し 考えさせられる 作品について。
(「ラルースの塔」で挙げて問題ない範疇で)



スポットライト 世紀のスクープ
(Spotlight,2015年/アメリカ)


The Boston Globe 紙の記者達が、カトリック
教会の児童への性的虐待事件を暴いた、実話を
基に描いた問題作。聖職者と言っても人間なので
抑圧された欲望に流されることもあるのでしょう…。

歴史上、被害者が社会的弱者の場合、多くは
明るみに出ないどころか、むしろ被害者側が
虚言妄言と罵られ迫害されてきました。

組織の不正(ごく一部の者に限られるとしても)
を正そうと尽力する人々には敬意を表します。
もちろん「全てが明るみになること」が
常に望ましいこととは限りませんけれど。



スノーデン(Snowden,2016年/アメリカ)

アメリカ政府による国際的な個人情報監視の
事実を暴き世界を震撼させた2013年6月
「スノーデン事件」の全貌に迫る問題作。

ご存じの方も多いかと思いますけれど
初耳という方は調べてみると良いでしょう。
ネット社会である以上「全て監視可能」と
いう前提で行動すべきが当然と思いますが…

そういう現代システムを教わる機会は
一般的に多いとは言えない現状なので、
知的生活を送っていくならば最低限は
把握しておいた方が良いかもしれません。


ただ、リークされた事実が「真実」か否か
真実を隠すためのリークという手もあるので
その辺りは大局的に「大いなる一手」を
深く読み解く知力が不可欠です。

どんな情報でもすぐに鵜呑みにせず
しっかりと精査する知性が無ければ
結局のところ疑心暗鬼になったまま
考えることを放棄することに陥りますし。

とはいえ、なかなか難しい状況です
覇権を取られた中で局面を打開するのは。
国家主導権を立て直すという大義の為に、
現世の国民の生活・利益を根底から
揺るがせるかと問えば、人間の生は
短いので、賛同は得にくいでしょうから。



リミットレス(LIMITLESS ,2011年/アメリカ)

脳を100パーセント活性化させる新薬を
手に入れた男の運命を描くサスペンス。
認識・記憶・学習能力は飛躍的になり、
現状を瞬時に分析・把握し、計算に基づき
近未来を確知できるほどの知能を獲得。。

まあ、ありがち設定と言えばそうですけど。
映画としての展開はなかなか面白いです。

現代社会では「スマートドラッグ」として
知的能力の向上を意図して服用する人が
増えていることも驚くことではありません。

これは、脳の神経伝達物質、神経化学物質の
供給増加、酸素供給量の向上、神経の成長促進
等によって認知能力の向上に働くとされています。

今はどうか分かりませんけど、ハーバード大では
スマートドラッグを服用していない方が少数とする
データが挙がったりして広まったように感じます。

ハーバードでもそうなら…という感じかどうか
日本でも東大生や、東大を目指す受験生の間で
スマートドラッグ服用の話を耳にしたりしました。

真に知能が高い人には全く以て不要ですけど
才能・知能の差を感じる層には精神安定に
なるのかもしれませんね・・うーん。。

ただ、小中学生が服用する例も多かった点
副作用が懸念される一部の品目については
日本への個人輸入が今年から原則禁止に。
規制されて困る人もいるようですけれど。

過去にも「脳の使い方」や「知能・IQ」の
記事で 色々(長々)と述べてきました通り
「頭が良くなりたいと思っているうちは
そうならない」という理に気づく方が大切。




あまくない砂糖の話
(THAT SUGAR FILM,2016年/オーストラリア)


監督デイモン・ガモー自らが実験台となり、
「人は1日平均スプーン40杯分の砂糖を摂取」
している事実を検証するドキュメンタリー。

60日間ジュースやシリアルなどから砂糖を摂り
(カロリー総量は変えず)自らの体調変化を
観察していく、というお話です。

とりあえず「糖質」全般ではなく「砂糖」
スプーン40杯分=160gを摂取しているので
日本人一般には「そりゃ不健康になるよ…」
と思わざるを得ない砂糖量なのですけど。

というか極少食ライフの私からすると
拷問のようにしか見えませんでしたが、
糖分中毒になると快楽なんでしょうね・・


鑑賞ポイントはそこではなく、健康に
良くないとしても売上にダメージが
あるなら公にしようとはしない企業側の
圧力や伝統食の変容・衰退という面まで
検証を入れる姿勢は 賞賛に値します。


…と、まだ続く予定で用意していましたが
既に予定以上の文字量になりましたので
今回はこの辺で終わります。


まとめますと、日常生活においても
隠されている真実は多々あるので、

柔軟な視点・広い視野をもって
「大切なこと」を見失わないように
日々知性を磨いて参りましょう…
といったところでしょうか。


以上、3回目の「映画のお話」でした。
ご訪問ありがとうございます。

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2017年12月17日

映画のお話 #2


皆さま、こんにちは。

12月も15日前後にもう1度更新できれば…
と申しておりましたので、2回目の更新を。

*17日14時過ぎに一応UPしましたけど
適宜に加筆修正すると思います。。


11月第2回目の更新は、映画のお話でしたので
12月第2回目もその続きに致しましょう。


前回同様、個人的に良かったと思う映画を
今回はSF(Science Fiction)のジャンルから。
(「ラルースの塔」で挙げて問題ない範疇で)

宇宙が舞台で考えさせられる映画として・・


インターステラー
(Interstellar,2014年/アメリカ)


地球外の居住可能惑星の探索を行うため惑星間航行
(インター・ステラー)する宇宙飛行士のお話。

特殊相対性理論、特異点など宇宙物理学からも
矛盾が無いよう科学的考証が行われています。
170分とやや長編ですが、深く思考実験する題材
として興味深いですし、普通にSF映画として
観る価値ある良作です。ただ集中力は要します。


オデッセイ(The Martian,2015年/アメリカ)

火星探査中の緊急事態で一人置去りにされた宇宙飛行士
の命をかけたお話。この作品でも科学的正確性は
追求されていましたが、冒頭の事故に科学的間違いが
あることがのちに判明…。その間違いを学びつつ
マット・デイモンの演技を鑑賞するのが良いかと。


ゼロ・グラビティ(Gravity,2013年/アメリカ)

想定外の事故によってスペースシャトルが大破し
宇宙空間に放り出されてしまった宇宙飛行士と
科学者のサバイバルを描く作品。先端技術で
「宇宙の恐怖」を疑似体感できる点でも話題に。
「重力」と「命」を再認識させてくれる秀作。


・・「宇宙」がテーマの名作は多々ありますが
「人工知能/時間遡行」も良作が多くあります。


トランセンデンス(Transcendence,2014年/アメリカ)

人類の未来のため、意識をもったスーパーコンピューターを
研究開発している科学者が死亡後も人工知能として存続し、
過度に高度化した科学技術がもたらす危機を描く作品。

…と、こんな感じで紹介されるのですけど「科学技術の
もたらす危機」であって「人工知能のもたらす危機」
ではないんですよ。よく観て考えると深い作品です。

時間の制限やらで説明不足の部分も多いでしょうが
(というか2回目を観ないと分からないかも?)
Transcendence=超越(?)という意味を考え
それを補いつつ読み解くと得られる何かがあります。


her/世界でひとつの彼女(Her,2013年/アメリカ)

人間女性より魅力的な「人工知能型OSサマンサ」と
彼女(?)に惹かれる主人公の恋愛(?)を描く作品。

直接的な対人関係は面倒なことが多く、仮想現実の
相手の方が気楽だと思われる世界は現実化しつつ
あります。VR(仮想現実)上の相手と結婚式を
挙げる御仁もおられる昨今ですからね。

性差を超えた同性婚も許容されつつある現代、
「心」を通わせていることが至上なら
「肉体」の有無は問題ないのでは?と、
そんな議論も普通に起こり得る時代です。

ただ、「愛する他者の喪失」というのは
肉体の有無で差異は無いんですよね。やはり
離別を苦しむのが人間。愛とは何か?を
現代的状況から繊細に描く秀作と思います。


ウォーリー(WALL-E,2008年/アメリカ)

ピクサー&ディズニーのCGアニメ映画。
西暦2700年の荒廃した地球と宇宙を舞台に、
独りぼっちで地球に残されたゴミ処理ロボット
WALL・E(ウォーリー)の恋と冒険のお話。
「人工知能」との闘いと言えなくもない…

ディズニー映画で最も好きな作品ですね。
名作です。ほとんど会話がないのですけど、
仕草で意図が伝わるというか…温かいです。

「肉体」を超えた「愛」ということで。



トランス・ワールド
(ENTER NOWHERE,2011年/アメリカ)


森の中に迷い込んだ3人の見知らぬ男女を待ち受ける
奇妙な運命を描いたサスペンスミステリー。
ジャンルとしては「時間遡行・転移」…かな?

書くとネタバレになるので控えますが
先の読めない展開で引き込まれます、
隠れた名作じゃないでしょうか。

この作品については邦訳も秀逸ですけど、
ENTER NOWHEREの原題も是非考えつつ。


バタフライ・エフェクト
(The Butterfly Effect,2004年/アメリカ)


butterfly effect=バタフライ効果とは、
蝶の羽ばたきが、遠地の竜巻を引き起こし得るか?
という命題で有名ですが、力学系の状態に"変化"を
与えると、その変化がごく僅かであったとしても
その後の系の状態は 変化 が加わらない場合と
大きく異なってしまうという カオス理論上の用語。

この「バタフライ効果」を題材とした作品ですが
過去に戻って現在、未来の出来事を変えることが
出来る主人公の 愛と苦悩を描いたSFスリラー。

もう13年前の作品になりますけれど、
当時は先進的なテーマだったと思います。
実際にこの映画から派生的に考えられたものも
多いはず。評価も高く 名作の一つでしょう。

ただ、高評価だと思って観ると肩透かし
かもしれません、じっくり考えながら
消化していくことで滋味深いというか。




…と、ご紹介に値する作品はまだまだ沢山
ありますけれど、今回はこの辺で。

それでは、久々の月2回目更新でした。
いつもご訪問ありがとうございます!

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2017年11月18日

「映画」のお話


皆さま、こんにちは。

11月は半ば頃にもう1度記事更新します
と申しておりましたけれど既に18日午後…。

当初予定より遅くなってしまいましたので
16日以降チェックして下さった方には
申し訳なく思います。お待たせしましたが
11月第2回目の更新は、映画論のようなものを。

「名言の英語」でボードレール(baudelaire)を
取り上げる構想でしたが、ちょっとまとまり悪く、
なんとなくピンと来ない出来だったので熟成中です。

もう少し寝かせてみて、読むに耐えられるものに
なれば、改めて載せようかなと思います。


さて、以前にも少し触れたかもしれませんが
映画はそこそこ観る方です。年に100本くらい。
多くはないけど少なくもない…微妙な数ですね。

今までには?と問われたら分かりませんけど
1000本は観ていると思います、ここ4年の
鑑賞リストだけでも400本弱はあったので。

玄人的評価が高いものは一応目を通すように
していますが、逆にあまりメジャーな作品は
観ていないことも多々あります。

というわけで、今回は個人的に良かったと
思う映画を(「ラルースの塔」で取り上げて
問題ない範疇で)
取り挙げてみようと思います。


まずは、無難に数学者を取り上げたものから。


奇蹟がくれた数式(The Man Who Knew Infinity,
 2015年/イギリス)


インドの数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャンの
史実に基づいた映画。天才数学者としての苦悩・
差別などにはあまり深く立ち入っていませんが、
(長々描写して冗長になったり退屈になるよりは)
良い意味であっさりとまとまっている良作です。


イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密
(The Imitation Game, 2014年/アメリカ)


第二次世界大戦中にナチスドイツが用いていた
「エニグマ」暗号の解読に取り組み、戦局打開に寄与した
イギリスの暗号解読者アラン・チューリングを描いた映画。
同性愛者としての苦悩も含め、 B・カンバーバッチの
演技は秀逸。TV映画版『ホーキング(2004)』もお薦め。



・・まだまだ沢山ありますが、少しずつテーマを
変えて行くことにしましょう。ほのぼの系で、
あまり有名ではないものを挙げてみますと。


氷の上のふたり (MIDNIGHT SUN,
2014年/カナダ・イタリア)


納屋に迷い込んだ子グマを母グマのもとに帰すため
奮闘する少年のお話。極寒の地の中での温かさが
光るハートウォーミングな作品。映像もキレイで
北極圏での撮影大変だったろうなぁと感心します。
「深み」はないけど、子シロクマが可愛いです。


こねこ (THE KITTEN, 1996年/ロシア)

子猫と家族の触れ合いをハラハラほのぼのと
描いた猫映画。ネコ好きなら観るべきと言われる
隠れた名作ですけど…あまりに名演技過ぎて
過度な演技指導されてなかったか心配なくらい。
(まあネコ好きじゃないとあの映画は撮れないし
 その辺りは大丈夫だと思います)。

主役子猫のチグラーシャが可愛いです。


アップルとわたしのカラフルな世界
(APPLE OF MY EYE, 2017年/アメリカ)


乗馬中の転倒事故で視力を失った少女が、
盲導馬に出会い、新たな人生を歩む姿を描く。
これだけで盛大なネタバレになったような…
それくらい「内容は浅い」のですけど、
ハートウォーミング映画としては良い作品。
盲導馬のアップルが可愛いです。

本当にハンデキャップを負ってしまった方や
ご家族にとっては、そんなに軽いものではない!
と思われるでしょうが…その苦悩を深く描写して
いない点、そこは苦悩を乗り越えて行く過程を
受け手側が加味する必要はもちろんあります。



・・まだまだ枚挙に暇ありませんが、
最後に、ラブストーリー的なものを。


ぼくとアールと彼女のさよなら
(Me and Earl and the Dying Girl,2015年/アメリカ)


映画オタクの男子高校生が余命僅かな同級生女子との
交流を通して成長していくお話(日本未公開?)。
年層によってはおバカな学生ノリは鬱陶しいかも。
学生の皆さんは観る価値があるでしょう。よくある
お涙頂戴的な話ではありませんが、かといって
重すぎず軽すぎず、深いと言えば深い良作。


世界一キライなあなたに(Me Before You,
2015年/アメリカ・イギリス)


障害者の自殺幇助・安楽死を扱った話題作。
ラブストーリーとしても秀逸ですが、幕引きに
ついて賛否両論があったのも理解できます。
アリがちな展開でないのが高評価な点かも?

この映画に限ったことではありませんが
邦題がヒドイことが多々ありまして
この作品も邦題と原題の乖離が激しいです…

「Me Before You」の意味を考えながら
鑑賞されると、より深く考察できるでしょう。


アデライン 100年目の恋
(The Age of Adaline,2015年/アメリカ)


29歳の美しさのまま100年以上生き続けた女性が
真実の愛を見出すまでを描くラブストーリー。

今回取り上げた映画の中では
最も一般受けしやすい映画でしょうか。

数あるラブストーリーの中でも秀作の一つ
に挙げられるものと個人的には思います。



…と、ご紹介に値する作品はまだまだ沢山
ありますけれど、今回はこの辺で。

映画批評ブログではないので…気が向けば
他の作品も挙げてみたいと思います。

(もっと複雑怪奇・難解を極めるような作品も
 脳に有用な範囲で、いつかご紹介できれば)



それでは、久々の月2回目更新でした。
いつもご訪問ありがとうございます!


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2013年11月06日

「 幽玄の花 」


皆さま、こんにちは。

「芸術の秋」という素晴らしい時候、
趣向溢れる催しが各所で在るもので、
先日『後楽能』に 足を運んで参りました。

岡山後楽園・能舞台における毎秋の恒例催事ですが、
金沢兼六園、水戸偕楽園とあわせ「日本三名園」の一で
しとしと雨の降る中の「能」は、趣も深く感じます。


1707年に建てられた能舞台は戦災で焼失しますが、
1958年(昭和33年)に再建され、昭和42年に
見所の栄唱の間などが復元されました。


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能舞台と見所は小庭を挟んだ半屋外と言えるので、
雨が降ると雨ごしに能を鑑賞することとなりますが、

悲しみの演目に際して、天も泣いている如く
気温や天候が 「幽玄の美」に 花を添えてくれます。

…件の 後楽能2013 の演目は、以下の通り。


・能 「鸚鵡小町 杖三段老女ノ舞

 西出明雄(シテ)福王和幸(ワキ)

・狂言「飛越」  茂山茂、田賀屋夙生

・能 「船弁慶 〜前後ノ替〜

 桑田貴志(前シテ)、観世喜正(後シテ)
 桑田潤之介(子方)福王知登(ワキ)、



凡そ 劇・舞台の類は、一期一会の交感であるとしても
その中でも「能」は格別に一期一会の舞台だと思います。

(今回のように雨天での公演と、夏の晴天時では
  響き方も、舞の趣も全く変わってくるでしょう。

 屋内能楽堂であっても基本的に昼夜連続公演など
 繰り返さないのが「能」。散る「花」の意趣を感じます。

 その意味でも、絢爛なミュージカルや 歌舞伎は
 浅学故に未だ「良さ」が分からない感じです…。)



さて「鸚鵡小町(おうむこまち)」は、平安前期
「六歌仙」の一人で才色兼備と名高い小野小町が、
老い落ちぶれて逢坂山の関寺辺りに隠れ暮した…
という謂れを題材にした 能の一つです。

(鸚鵡小町・通(かよい)小町・卒都婆(そとば)小町
 関寺小町・清水小町・草子洗小町・雨乞小町の
 計7曲を指して「七小町」と言われています。)


「鸚鵡小町」は舞われるのが比較的少ない演目ですが、
齢100歳にして老落した小野小町の元に新大納言行家が
陽成天皇の御詠を携え赴き、老小町は「ぞ」一文字のみ
差し替える鸚鵡返しで返歌をした…という内容です。


雲の上は ありし昔にかはらねど 見し玉だれの 内やゆかしき

(宮中は、昔と何ら変わりないけれども、
 以前に見ていた御簾の中が見たいでしょうか?)


雲の上は ありし昔にかはらねど 見し玉だれの 内ぞゆかしき

(宮中は、昔と何ら変わりないけれども、
 以前に見ていた御簾の中が見たいものです。)


疑問の「や」を、強調の「ぞ」に変えて、
「見たいか?」の問いに「見たいです」と答えた次第。

(この「鸚鵡返し」の出典は、『十訓抄』で
 藤原成範(しげのり)が、流罪を許されて
 京都に戻った際、上記返歌をしたという話です。)



「それ 歌は三十一字を連ねてだに 心の足らぬ歌もあるに。
 一字の返歌と申す事。これも狂気の故やらん。」


31文字を連ねてさえ 心を伝えるには足らないことも
多いのに、一文字だけの返歌とは…狂気に落ちた故か?!

…とまで言われますが、その1文字で小町の心は
伝えることが出来てしまう悲哀の心境や如何に。

見たいと言っても、以前の美しさも失われた今では
宮中に戻ることもできずに、在原業平が玉津島明神で
舞った法楽の舞を、華の昔を思い出しつつ舞うのです。

ただ、若さに充ちた美貌はなく老醜化しても、
本来秘めた気品の舞は、幽玄な魅力を放ちます。



和歌の浦 汐満ちくれば 片男波(かたをなみ)
芦辺(あしべ)をさして 田鶴(たづ)鳴き渡る


(万葉集 巻六・919番)山部赤人の歌も引用されますし、
能 というものは知的に面白いことこの上なしです。

2013年は世阿弥生誕650年、観阿弥生誕680年という
節目の年でしたが、この崇高なる芸術・古典芸能は
確かに受け継がれて、本物は残っていくでしょう。


(「船弁慶」は著名な演目なので触れませんけれど。
 退屈な学校教育で古典嫌いに拍車をかけるよりは、
 能の1シーンを映像で観せる方が国益に適う気も…。)



『後楽能』の他、好事家を賑わせているアニメ映画
『(新編)叛逆の物語』を遅ればせながら観ました。

…非常に奥深く考えさせられる良作でした。
じっくり見ないと分からないので、2回3回と
繰り返し観に行かれる方が多いのも納得でしょうか。


一見、可愛らしいアニメ画なので、好きではない方には
全くもって興味の範疇外(或いは嫌悪の対象)でしょうが…
まあ、それは「能楽」についても同じことが言えます。

ただ、どういう表現形態であれ、本質的に深みある
芸術作品には、やはり心動かされるものです。

永遠に連環する悲劇のサイクルから唯一の親友まどかを
救うために果てなく抗うほむら(そして世界そのもの)を
苦しみの螺旋から救うために、全自己を犠牲にして
因果法則そのもの(「円環の理」)となったまどか。

神に近い概念となったまどかが再構築した新世界で
その因果を捻じ曲げるのは、絶望でも希望でもなく
「愛」そのもの。それが「善」か「悪」かは兎も角。


愛する人々を守り、救うために自己を犠牲にした時、
その世界においては自らは従前のようには存在しない」、
それは「本当に自分が望んだ結末」なのか??

まあ、何にせよ我が国では言うまでもなく海外でも
多角的視点で哲学的に解釈・議論されている作品、
現代的文学表現の秀でた在り方の一つと思います。。


世阿弥『風姿花伝(花伝第七・別紙口伝)』に曰く、

「因果の花を知ること 極めなるべし。一切みな因果なり。」

「この道を極め終りて見れば、花とて別にはなきものなり。
 奥義を極めて、よろづにめづらしき理をわれと知る
 ならでは、花はあるべからず。」


能楽論を超えて「人の道」としても含蓄がある書物と
「因果」あるいは「円環の理」などを考えていますと
夏に弛緩しきった知能に冴えが戻りそうな晩秋です。

(…やはり「能」のお話だけにしていた方が
 まとまりが良かった気もしますけれど、
 「因果」で繋がっているということで。)



いよいよ「立冬」です、「寒」さえ慈しまれ、
御心こそ温かくお過ごし下さいますように。

いつも ありがとうございます。



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2013年06月23日

『 火の鳥 』


皆さま、こんにちは。

「夏至」も既に過ぎ去りましたが、日本では
蒸し暑さを増して夏本番を迎える時期ですね?

23日20時32分にsuper moon(超月?)になりました、
次回super moonは2014年8月11日3時頃の予定。


(月は、地球を焦点とする楕円軌道上を動きますが、
地球との距離が最も近い「近地点」で満月となる時
「スーパームーン(super moon)」と言います。(


さて、月だけでなくおよそ地球生命の営みは
果てしなく「太陽の光」に左右されます。

焼けつくような日照りによる猛暑・干ばつだけでなく
磁気嵐・太陽フレアによる現代的影響もありましょう。


その太陽を神格化して敬うのも自然の成り行きです。
古代日本においても「天照大神」を通して太陽を敬い、
万物(八百万?)に対して敬意を払ってきました。



…と(長くなる前に)今回の本題に入りましょうか。

『火の鳥』:手塚治虫が亡くなる前年(1988年)まで約34年に
渡って書き続けられたライフワークと言うべき未完の傑作。


火の鳥は、永遠の命を持つ生命体(宇宙生命の具象)。

太古から超未来へ続く全ての時代を舞台にしながら
人類の興亡を見つめ続けてきた「火の鳥」の視点で、

いつの世でも変わらぬ「人間の生への執着」と
それに関連して起こる「様々な欲」との葛藤、

「限りある命」を精一杯に生きることの尊さ、
連環する生命そのものへの讃歌が壮大に描かれます。


「人間は虫よりも魚よりも 犬や猫や猿よりも長生きだわ。
 その一生のあいだに生きている喜びを見つけられれば、
 それが幸福じゃないの?(黎明編)」


「火の鳥」の血を飲めば、不老不死になれる伝説を
信じて足掻く若者に、火の鳥が語りかけた言葉。

虫たちは人間より短い一生の中で生を全うして死んでいく、
どうして人間は「与えられた今」を満足して生きないのか?

…という『火の鳥』の本質的メッセージの一つです。



「問題は永遠の生命を手に入れて……
 なぜ生きるのかということですよ(復活編)」


2482年、事故死したレオナは最新医療技術によって
脳の半分を人工頭脳にされ(人間的)死から復活します。


医学の進歩により人間の肉体的寿命は延びましたが、
どこまでをもって「治療」というのか??

新しい肉体に「脳」だけ移植して延命させること、
あるいは「記憶」をデータ化してロボット的構造体に
埋め込み、ある意味「記憶」だけで永遠に生きることが
可能になった時、それは「人間」という存在なのか?


「おねがいだ ぼくを人間かロボットか 
 どっちかにはっきりさせてくれっ!」

…とレオナは叫びますが、「なぜ生きるのか?」

それは「有限の生」が与えられた者だけが思う問い、
逆に言えばそれを問えることが「人間」の証明でしょうか。


「虫魚禽獣、死ねばどれもみんなおなじ!人が仏になるなら
 生きとし生けるものはみんな仏だ!(鳳凰編)』


数多くの人々を殺した報いを受けた後に、人の命、
生物の命の大切さに気付く主人公(我王)の言葉。

この「仏」という言葉の内実・定義については
センシティヴな問題ですので(「神」の定義と同じく)

このブログでは深く立ち入りませんけれど、
各々の感性あるいは世界観・宗教観において
じっくり再考されて見るのは有益でしょう。

(考えをまとめたレポートなど提出されるなら
 もちろんコメントを付したいと思います…。)



「なぜ機械のいうことなど聞いたのだ!
 なぜ人間が自分の頭で判断しなかった(未来編)」
 

西暦3404年から始まる「未来編」の世界では、
汚染された地上に住めなくなった人類は地下都市を作り、
コンピューターの計算を「絶対」としていましたが、

ある契機でコンピューターが戦争を決定したため、
3人の人間を残して、人類は滅亡してしまいます。
その生き残った1人、猿田博士の言葉。


計算処理においては現代でも既に、
人間はコンピュータに敵いません。

しかし、客観的データ・表層に現れない要素を
直観的に拾い上げて、臨機応変に微調整していくのは
およそコンピューターでは出来ない複雑な処理です。


「人間は常に合理的判断をするとは限らない」点
まで計算に入れたとしても、個々のミクロ視点と
社会・国家単位のマクロ視点での微調整は至難の業。

(…人間でも出来る人など僅かでしょうけれど)

少なくとも、決断の主体は「自ら」でなければ。
決断は責任を伴いますが、それでこそ「生」に緊張感が。


「今度の人類こそ きっとどこかで間違いに気がついて……
 生命を正しく使ってくれるようになるだろう(未来編)」


「未来編」では、人類は生まれては滅亡するという
サイクルを果てしなく繰り返しますが、その未来編の
最後を締めくくる「火の鳥」の荘厳な願い。

「生命の連環」「輪廻転生」の思想というものは
自身の信念からは相容れない方もおられるとしても、

遍く万物との繋がりを感じ、等しく慈しむことに
特別な障壁があるわけではないでしょう。



・・・と、のんびり書いているうちに
前回更新から10日経過してしまいました、

たった10日しか経っていないことに驚くくらい
有益かつ至高の日々を過ごさせて頂いています。

「与えられた時間を最上に用い、人の生を楽しむ」
これこそが「知力の核」にあるものと思いますが、

自分一人だけが楽しい人生を送るのではなく
自らの周りも健やかに輝かしく過ごせるように
臨機応変に諸事采配するのが「知力」の根幹。


(現在だけでなく、過去、未来の多くの生のために
 真理法則を追究する学問が広く尊ばれる理由も
 ここにありましょう。癌や難病根治の研究など…)


ミクロな視点では我々も不死鳥のように
組織的な死と再生を日々繰り返していますし、

(もちろんマクロな視点でも、人類は世代を
 継いで消滅と再生を繰り返しています。)


「火の鳥」のように雄大かつ優雅に、
 燃え盛る夏の日々を楽しんで参りましょう。


…ちょっとまとまりのない感じですけれど、
さらに長くなりそうなので、今回はこの辺で。

いつもご訪問下さり、ありがとうございます。


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2012年06月21日

『別れの曲』


皆さま、こんにちは。

「テキスト・書評」ではないのですが、
映画的なものについて書いておきます。

ショパンのエチュード第3番が「別れの曲」と
呼ばれる由来となった映画で、1934年に
ドイツで制作されたこの作品は1935年に
日本でも公開され(フランス語版)話題作となりました。


ショパン生誕200年記念の2010年にDVDとなったので
ご覧になった方もおられると思いますけれど。。

dvd.jpg

原題は「Abschiedswalzer=別れのワルツ」ですが、
公開されたフランス語版では「Chanson de L'adieu」
だったので、邦題は「別れの曲」となり、主題旋律の
エチュード第3番(op.10−3ホ長調)もそのように
呼ばれるようになったそうです。


劇中で流れる旋律はこのようなもの。

 エチュード「別れの曲」Op.10-3
 エチュード「革命」Op.10-12
 エチュード「木枯らし」Op.25-11
 ワルツ No.1「華麗なる大円舞曲」Op.18
 ワルツ No.3「華麗なる円舞曲」Op.34-2
 ワルツ No.5「大円舞曲」Op.42
 ワルツ No.6「小犬のワルツ」Op.64-1
 ワルツ No.7 Op.64-2
 ワルツ No.9「別れのワルツ」Op.69-1
 ワルツ No.13 Op.70-3
 ワルツ No.14 (遺作)
 マズルカ No.5 Op.7-1
 マズルカ No.24 Op.33-3
 ポロネーズ No.6「英雄」Op.53


もちろん この映画は適度に脚色が加えられ
史実と異なる部分も相応にありますが、

劇中で師が 「このような音楽を生み出すには
非常に大きな苦しみか―――大きな愛が必要だ」


…と言うのですけれど、それに尽きると思います。

映画は「別れの曲」を弾きながら幕を閉じますが、

1849年10月17日午前2時、姉たちに看取られて
39歳で天に召されていくことになります。

祖国ポーランドへの愛や、それにまつわる
多くの悲しみをピアノに乗せていったわけですが
人類史に輝く名曲を遺しているのはまさに天才。

ただ、女性の慈愛に支えられたのは確かでしょう。

芸術の分野では特に、女性たちがその天才を
育んでいるようなところは多くありますね。



・・・というわけで、映画「別れの曲」、
ご興味があればご覧になってみては?

(生徒さんで向学・教養のため、購入参考のため
 ということであればお貸ししますけど。)


それでは、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 23:00| Comment(0) | 書物・映画etc..

2012年05月02日

「ももたろう」


皆さま、こんにちは。

先日、生徒の子から興味深い質問を受けました。

新中1生で「干支(十干十二支)」を調べている時

「桃太郎のお供はなぜ、猿・雉・犬?
 干支の申・酉・戌と関係ある??」


という質問を。素晴らしい視点ですよね?

この子のお蔭でルービックキューブに興味を持ちましたし、

(その上位版のルービック・リベンジも試しました。
 その辺りの経緯については Rubik's Cube を)

なかなか知的なパスを投げてくれます。

私も幼い頃、疑問に思ったはずなのですが、
そこまで真剣に調べなかったんでしょうね、

というより調べても「詳細は分からない」ので。

とはいえ「自分で少し調べれば分かる問題」を
一々尋ねられるのはどうかと思いますけれど、

自分で調べて分からない難問を教育者に聞く
というのは「学習の根幹」そのものですので、

私も相応の礼をもって応えねばなりません。



そもそも「ももたろう」に限らず、童話・昔話は
神話や古来の風習・伝承をその内奥に隠し持って
いることが往々にしてあります。


時代を経、子供向けにデフォルメされた形象の中に
在るべき姿を再現させるのは至難の業です。

それゆえ「ももたろう」についても各説があり、

桃太郎の誕生に関しても、初期の伝承では
「桃を食べた老夫婦が若返って子供を産んだ」
とする場合が、実際に見られます。。

「桃」というのは古来より仙木・仙果とされ、
邪気を祓い不老長寿を与えるものと珍重されます。

『古事記』においても、伊弉諸尊(いざなぎのみこと)が
桃を投げつけて鬼女「黄泉醜女(よもつしこめ)」を
退散させた、という神話が残されています。


ただ、童話においては「桃から生まれた」方が
「かわいい」ので、それはそれで適切でしょう。

さて、「申・酉・戌」の関連ですが、
ただの「偶然の一致」とは思えません。。

鬼は「鬼門」の方角(北東=丑・寅(ウシトラ))から
来るという訳で、虎柄の衣に、牛の角があったりする
描写に、少なからず反映されているようですが、

その「鬼門」の鬼に対抗して、「裏鬼門」に位置する動物
(申(サル)、酉(キジ)、戌(イヌ))を率いた、
という解釈(曲亭馬琴「燕石雑志」)もあるようです。

しかし、北東=(艮・ウシトラ)の逆の方位に当たるのは、
申、酉、戌ではなく、南西=(坤・ヒツジサル)なので、
この解釈も十分な説得力には欠けるでしょう。


『吉備津神社縁起物語』によると、吉備津彦命が、
犬飼健命(いぬかいたけるのみこと)、楽々森彦命
(ささもりひこのみこと)、留玉臣命(とめたまおみの
みこと)という三人の家臣と共に、鬼ノ城に住む
「鬼」=温羅(うら)を倒したとされているようです。

この家臣たちの役職はそれぞれ「犬飼部」「猿飼部」
「鳥飼部」であったという一説からすれば、

それぞれの家臣が「犬飼健=犬」「楽々森彦=猿」
「留玉臣= 雉」という親しみやすい形に変容・
伝承していったという解釈は、説得力があります。


しかしながら、「桃太郎」伝承の発祥自体に争いもあり
岡山県以外でも同種の「桃太郎」伝説は残されています。

そうなると「犬飼部」「猿飼部」「鳥飼部」の
解釈も、根拠不十分ということになりましょう…。

この問題は、文化人類学・民俗学・日本神話研究
といった専門的分析が必要な、学術的課題なので、
私が片手間に即答できる性質のものではありません。

とはいえ、色々な解釈や伝承があるということを
改めて学べたというのは何よりの収穫です。


「陰陽五行」からの解釈もあるようですし、
その辺りも教養として深めておこうと思いますね。

興味深い質問をくれる生徒の子たちに
改めて感謝したいと思います。

以上、「テキスト・書評」カテゴリーに相応しいかは
わかりませんが、そんなところで今回は終わりましょう。


いつもありがとうございます。


posted by laluz at 15:00| Comment(0) | 書物・映画etc..