2019年08月17日

スーパーフード



皆さま、こんにちは。

暑さも少しずつ和らぎそうな晩夏
(暦的には初秋の時候ですけど)
いかがお過ごしでしょうか?

さて 今回は久々に健康のテーマです。

「健康」論については学習・教育論よりも
個々人の特性に応じた調整幅が大きいので、
原則論というものが成立しにくい分野。

「健康には〜した方が良い」とか
「〜してはいけない」という通説に
根拠が全くないとは言いませんが、
自分に当てはまるとは限りませんよね。

(早寝早起きや1日3食さえ 人によって
無条件に有益とは限らないように。 )


メディア等で紹介されていたからといって
飛び付く前に「自分にも当てはまるかどうか
慎重かつ冷静に分析判断する」ことが大切です。
健康に限ったことではありませんけども。

実際「何となく良い」と信じられてきたことが
最近になって「効果なし」とか「むしろ有害」
という研究結果が出たりすることもあります。

(枚挙に暇ありませんが…例えば「栄養サプリメントとしてのカルシウム+ビタミンDの併用は脳卒中になるリスクを高める可能性」について Effects of Nutritional Supplements and Dietary Interventions on Cardiovascular Outcomes: An Umbrella Review and Evidence Map

そういう意味で、ラルースブログも
決め付けた健康論は述べませんので、
今回も「〜した方が良い」という趣旨ではなく
健康を考える上での鍵(?)を探るという
ニュアンスで書いてみようと思います。

(そもそも論として、「食べないで生きられるならそれに越したことはない」と考える私の健康法など、一般的には有害でしょうし…)

まず、健康論においては特に顕著と感じますが、
極端な思考を持つ方もおられますよね。。
西洋医学を全否定したり、自然食材崇拝というか
加工食や添加物を狂信的に排除するような。

それはそれで、当人が心から良いと思っていれば
(特に他者に押し付けない限り)問題ないと思いますが、
バランスのとれた知性とは少し離れてしまいます。

(「不食」を考えるあなたはどうなの?っていう
冷酷なツッコミは無しでお願いします)


健康に限らず、偏向的な思考に陥る場合、
自分が信じる主義主張の補強に熱心過ぎて
自説の弱点には眼を背けることが少なくありません。

科学的にあり得ない!という人に限って
科学に無知であったり、健康にうるさい割に
生物学・化学の基礎さえご存知なかったり。

相手を説得するつもりなら、まず反対説の立場になりきって
徹底的に反論を考えてみることがバランスある知的訓練…
ラルースブログで言うところの対極思考ですね。
(「ネガティブ思考?」も参照)

(まあ、究極的には「量子論的に『そのように思考を向けるなら』そのような世界しか観測できないね」とか、「並行宇宙間の『ゆらぎ』は現世軸では双方リンクしないようだ」とかなっちゃうかも知れませんけど、そこまで行き着くとしたら、もはやお互いクスクス笑っていると思います、要するに「溝」など無い。)

その「対極思考」を徹底的に突き詰めて行くと、
『色即是空 空即是色』に至ってしまうので

全ての話題が語るまでもなく「ただ在る」を
肯定して終わってしまうのですけど・・


その少し手前の世界で「思考を遊ばせる」としますと。


西洋医学の進歩は多くの人間のQOLを向上させて来ましたし、新生児の延命率も格段に伸びたことは素晴らしい奇蹟と思います。ただ、先端医療も万能ではなく、まだまだ未知の分野があるので研究者の方々は心血注いでおられますね。

反面で、現代の予防医療が「病を生む」という矛盾が生まれたのも否定できないことです。伝染病を根絶するために公衆衛生を整えた先人のお陰で、多大な命が救われてきました。しかし、その理念は時代とともに変質し、過度の殺菌消毒が謳われて衛生環境としてはかえって「人間に優しくない」事態になりつつあります。要するに、健康を維持するために必要な常在菌まで殺してしまい、自浄防衛作用が著しく減退してしまうという事態です。

これはすごく難しい問題です、いわば「成熟社会の現代病」というか。社会全体としては、一人でも感染罹患させたくないから、効果のある対策を広く勧める。短期的には効果ありだし正解?でも長期的には違う問題が出てきたかも?という。

食糧生産消費システムにおいても、消費者に食中毒など有害な結果は一人も出したくない(企業の自衛の為にも)から、安全のために防腐剤・保存料など添加する。コストを押さえる為に色々と工夫して影響がほぼない範囲で添加物など使用してきたけど、研究が進んで人体には影響軽微な添加物も体内常在菌には意外と無視できない影響がありそうかも?的な。

ただ、影響あるかどうか未知数の対策より 必ず影響ある食中毒防止を優先させるのは、社会の公衆衛生としては問題ないというか当然の判断と思います。

同様に、学校養護施設など幼年・高齢者を守るべき区域で、しっかりと殺菌消毒手洗いうがいというのは、域内感染を防止する意味では間違った施策とは言い難いですよね。それがかえって「病原菌への抵抗力を失わせている」面を重視すれば、学校では少し揺り戻しがあるかも知れませんが、仮にそれで集団感染したら?…責任者として「予防」は過剰になりやすいもの。。


というような現代で、人間の健康には「共生菌」が予想以上に大きく関わっているようだと示す研究結果が色々と現れて来ました。健康業界も「腸活」「菌活」という謎フレーズ(何を伝えたいかは分かるけど)で賑わって久しいですね。


人間は(個人差・測定差に幅があるものの)1000種類以上で約100兆個〜、総重量にして1.0〜2.0Kgもの微生物たちと共生していて、その約90%は腸内細菌叢(腸内フローラ)を形成しています。

我々の身体を形成する細胞数は約60兆個と言われますので、自身を直接形成する細胞よりも(自分自身ではない?)細菌の方が多いという人体=不思議な生態系。皮膚・口腔内・消化管と至るところに細菌たちは常在してくれています。


実際、免疫系も常在菌たちが大きく関わっていることが分かってきました。それらの常在菌たちにとっては、宿主=ヒトの健康は死活問題ですから 日々健康であるよう頑張ってくれている訳ですね〜 別にヒトの為ではなく細菌たちの未来の為なんですけど…。ちなみに腸内細菌のうち、善玉菌・日和見菌・悪玉菌に大別した理想比は 2:7:1 …悪玉菌も存在しないといけないところがまさに人間社会の構造と同じで、儚く愛おしく感じます。。


そういうわけで、常在菌のバランス・多様性は人間の健康を左右し、ある種の共生菌が失われていることで疾病疾患に陥ることも有り得ます。有効な共生菌を「適切に定住させる」ために保菌者の大便をカプセル服用する等の 腸内細菌叢移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)が行われていたり、「便バンク」で便の買取?すごいなぁと感じたのもつい数年前のこと。

「菌とヒトの共生」というテーマは非常にホットで、なかなか面白い研究も多いです。まあサンプルが少ない例もあるので信用できるにはまだまだこれからという側面もありますが、その知見によって、地産の伝統食がなぜ身体に良いのかという論拠や、アレルギーと常在菌の関係、遺伝的疾患の特効薬など道が開けそうな分野も多々あります。

「共生どころかむしろ菌がヒトの性格や疾病を決定している!」とまでは断言しにくいですけど、生命維持活動に少なからぬ影響を与えているのは否定できないようです。

(個人的に「蚊に刺されにくい」のですけど、皮膚常在菌の多様性が保たれているヒトほど刺されにくいかも?という研究例は興味深いところ。「あまりに神聖な血なので 蚊も畏れ多くて寄ってこない」という自説とどちらに軍配があがるか見ものです。)


・・と、テーマが多岐に壮大なので
1回分の記事では到底書き切れませんけれど、
個人的には今一番ワクワクする話題ですね。

以前も述べましたように、私個人は「食べずに生きられるならそれに越したことはない」と幼い頃から思ってきたわけですけど(食事と不老)、共生菌にゴハンをあげるという視点を得てからは、この子たち(=菌)どんな食材は喜ぶだろう?とより楽しみながら食を考えるようになった気がします(その分、何だか「原始農法」崇拝者に近付いたかも知れませんけど)

といっても、1日1食に±何か(気分で2食だったり0食だったり)という形態や主食(雑穀米&ブロッコリースプラウト)は変わりませんけど、「何か」の部分が変わってきました。味噌・納豆・煮干しなど日本原産のスーパーフードは特筆することもないと思いますので、海外産ながら私と共生している菌たち的にはお好みらしい(一般的にも有益そうな)ものをサラッと書いて今回は終わりにしたいと思います。

@ カカオニブ
A マキベリー
B ナッツ類
C モリンガ

上記いずれも raw(非加熱)のものが理想です、できればナッツ類も。ただ、例えばアーモンドはカリフォルニア産が広く流通していますが、今のところ生のままでは(原則)輸入できません。有機アーモンドと書いてあっても薬剤燻蒸処理されていたり、生アーモンドも低温殺菌されていたりするので、こだわるならイタリア産にするとか、その辺りは興味に応じて調べてみると面白い発見も多いと思います(じっくり調べないとネット情報は不正確だったり虚偽も多いので慎重に)。何にせよ信頼できるルートか確認できるものを選ぶことが安心です(その分コストは高くなりますけど)。また、非加熱だと共生菌的には喜びますけど、お腹が繊細な方にはオススメしません。小さいお子さんも止めた方が良いですね、もちろんアレルギー持ちの方も…

…と、本当は詳しく補足していこうと
思ったのですけど、あまりに長くなるので
文字通りサラッと書いて終わります。。


何にせよ 健康食やスーパーフードの類を
食べるだけで健康になれるわけではなく、

心身ともに深くリラックスしながら
いつも支えてくれてありがとうと
諸器官・常在菌に感謝する心持ちで食すれば
食物全てスーパーフードになる気がします。



という感じで草稿を書いたのは早かったのに
参考文献とか数値に誤りがないかチェック等
してたら18日になってしまいました・・
16日前後…まあ許容して下されば幸いです。


それでは、引き続き
100兆ほどの共生菌たちと仲良く
充実した夏を過ごして参りましょう。


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2013年01月28日

「 生体防御システム 」


皆さま、こんにちは。

ちょっとご無沙汰してしまいましたが、
お変わりなくお過ごしでしょうか?

時期的に、勉強の記事を書こうと思いながら
大学入試問題や、灘中など難関中学入試など目を通し、
なんとなく面白い記事になればよいかなと試みたものの、

なんとなくボツになる記事が多く、
未更新が続いてしまいました。。


怠惰で更新しないというよりは、以前よりも
記事公開へのハードルが上がっているというか…
草稿自体は意外と溜まってはいるのですけれど。

にもかかわらず、ご訪問下さる方は依然として
多くいらっしゃるようで光栄に思います。


さて、インフルエンザ流行の季節であります、
受験生の方は体調管理も戦略の一つになりますね。


今回も未更新が続いたので、体調をご心配下さる方も
おられますが、私は極めて元気なので大丈夫です。。

(最高レベルの「生体防御システム」を有すると
 勝手に思ってしまえるくらい能天気なので。)


あらゆるウィルスの侵入をブロックし、仮に
一部侵入を許しても早急に鎮圧化できるシステムに、

穏やかな感謝の心を以て、絶え間ない働きを慈しみ、
労っていると、体調不良に陥る可能性は極小化します。


実際、瞬間瞬間ごと、身体の免疫システムは
働いてくれていますし、あらゆる生命維持機構に
畏敬の念を以て、働かせ過ぎないようにしましょう。

要するに、身体に過度な負担を掛けずに
ムダな仕事の量は可能な限り減らすという配慮です。


これは身体組織に対する場合だけでなく、
家庭や企業、自治体、国家あるいは地球という
あらゆる組織体において当てはまることでしょう。

各々が少し考えて行動すればムダな労力が減るのに
その配慮を怠り、余分な働きを周りに強いる者に
人望も幸運も寄って来ないように、

身体への労わりの出来る人は、体調も良く
生気に充ちていくことで活気も引き寄せます。


自己身体への労わりを習慣化した人は、
相手に対する身体への配慮も自然とできますし、
家族や組織システムへの配慮もできるでしょう。

神ならぬ人間は、単独では生存できません。

だからこそ、他の存在への敬意を以て、
周りが喜んで支援して下さるような存在に
各々が進化していくことが「組織」の進化です。

まずは、自己の「生体防御システム」に
感謝することから始めて、家族やその周りへと、

自己を取り巻くあらゆるモノの支援を感じ、
自分の力が支えられてきた軌跡・奇蹟に思い至るなら

その力は、より一層引き上げられるでしょう!


受験生の方々だけでなく、あらゆる舞台で
ご活躍されていかれる聡明な皆さまにおいて、
その御力が更に解き放たれますように!



それでは、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。


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2012年09月13日

「中庸の道」


皆さま、こんばんは。

日々多くの方々にご訪問頂き、光栄です。

内容があるかどうかは分かりませんが、
聡明な皆さまのこと、乱雑文であっても
何かを得て下さることでしょう。。


さて、今回は「健康面について」の分野で
更新しておきます(これも久々ですね…)。

「食事」というものは一般的には
欠くことのできない営みです。

不可避的に栄養を体内に取りこむならば
「楽しい食事」である方が有益でしょう。

ただ、「楽しい」ことは至上なのですが、
長期的スパンで考えてみると、必ずしも
「楽しくない」結果に導く食生活もあります。

食事が楽しいからと言って好きなだけ
貪るように食するのは、長期的には不健康に
導く可能性が高いでしょう(内臓への負荷で)。


(以前も述べたように)創造器官である「脳」
については貪欲に負荷をかけても良いと思いますが
(それを楽しいと思っている限りでは)、

臓器については負荷をかけないに
越したことはありません。

こと、食事においては「偏り過ぎず」、
「量」においても過剰摂取ではないこと、

すなわち「中庸」の姿勢が最適です。


何をもって「中庸」とするか?は深い問題ですが、

「酸性度」のバランスであったり
「消化リズムの一定」であったり
「栄養バランス」の均衡であったり、

ある程度は「バランス感覚」という視点で
自制できるところが多いように思います。

ある人にとって有益だからと言って
別の人にとっても有益とは限りません。

その前提条件が各々違うからです。

バランスの重心は、各々の弱点に応じて
慎重に決めなければなりません。


それは何も食生活に限ったことではなく
「学習」においても当てはまります。

(Aさんにとってベストな参考書・授業でも
 Bさんにとってもベストとは限らないように。

 弱点や理解具合で対策内容は変わるからです。)

また、誰にとっても「良いこと」であるのに
度が過ぎたりバランスを欠いてしまうと、
害になってしまうこともあります。


例えば、健康志向の人が野菜ジュースや
黒酢などを毎日欠かさずに飲んでいるとします。

そして、健康に意を払う人なので歯磨きも
しっかり欠かさず念入りに行うとしましょう。

しかし、ある日「歯」に痛みを覚えます。
あれ?知覚過敏?誰でもなるものかな?と。

毎日ブラッシングも欠かさず、虫歯には
なるはずがないものの、それから更に丁寧に
食後や飲用後すぐブラッシングすることにします。

しかし、歯の状況は悪化するばかり。。

…と、これは「酸蝕歯」のケースです。


野菜ジュースや黒酢などは酸性度が高いので、
歯のエナメル層を「酸」で溶かしていくのです。

もちろん、人体というのは高度なメカニズムを
持っているので、少々のことは自己修復していきます。

しかし、「酸」の摂取量が多すぎたりすると
唾液による口内の中和・修復も追いつきません。


何より問題なのは、酸で溶かされそうになっている時に
その歯を丁寧に磨きすぎるのは、柔らかくなっている
エナメル層を自分で剥がしていくことになる点です。

野菜ジュースや黒酢は、健康に良いものです。
しかし、摂り過ぎは体内にも歯にも良くありません。

歯磨きは大切です。
しかし、磨きすぎは良くありません。

健康志向の高い方こそ、
この「酸蝕歯」は増えているようです。

酸性度の高いものを飲食した場合には
水やお茶など中性のもので口内をすすぎ、
少し安定化させてから、力を入れずに
優しくブラッシングするのが大切です。

・・・と、歯科医師のブログみたいになって
しまいましたが…万事「バランス良く」ですね。


現時点で必要なものを必要なだけ取り入れて、
あとはしっかり着実に吸収していくという意識。

それは食事でも、学習でも同じだと思います。



ちょっと「歯」の話が予定外に長くなり、
「バランスは悪い」ですけど…今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。



posted by laluz at 23:55| Comment(0) | 健康面について

2012年05月16日

「 黄 茶 」


皆さま、こんにちは。

「健康のため」に何かをする・しない
という思考は基本的にありませんが、

「紅茶」は日常的に愛飲しています。


コーヒーもこだわりがない方ではありませんが
(時間があればミルで挽いて淹れたい程度に)

紅茶の方が好きですね。

…という嗜好を踏まえて、お伺いするご家庭でも
紅茶をお出し下さるのですが、冷たい飲み物は
飲まないので、真夏でも熱い紅茶を淹れて
下さるお母様方には、心から感謝しています。


あまり(というか全く)アクティブではない
性質上、私自身の交友関係は広くありませんが、
その私にお付き合い下さるような皆さま方は、

寛容で、かつ影響力(教養・人脈・財力など)
をお持ちでいらっしゃるので、私に対しても
有形無形のお心遣いを下さります。

その全てを枚挙することはできませんし、
当ブログの性質上 列挙することもありませんが
皆さまの御心にはいつも温かみを感じます。

(もちろん直接お会いしていなくともブログに
 ご訪問下さる方々の温かいご支援も含まれます。)


というわけで、紅茶好きと知って下さる方々から
色々と茶葉も頂くので、有り難く淹れていますが
(Mariage Frères、Castleton茶園etc.)

料理と同じで、敬意をもって淹れるか否かで
同じ茶葉でも「開き具合」が違うものです。


素材に敬意を払って、同じ時空を共有する
ことを心から楽しみ 味わうというのは
「茶」だけではなく、人に対しても同様です。

まさに「一期一会」。

どの茶会でも一生に一度のものと心得て、
主客ともに最上の意を尽くすべきこと、

それは、「茶」に限らず、どの対象、どの生命に
対しても等しく言うことが出来るでしょう。


さて、どの茶葉でもそれぞれ「個性」があり、
希少性で優劣が定まるものではありませんが、
先日、とても知的な茶葉を頂きました。

Mariage Frères
『THÉ JAUNE DES CINQ DYNASTIES』
(テ ジョーヌ デ サンク ディナスティ)


the.jpg

紅茶ではなく「黄茶」の逸品です。

「君山銀針(ジュンシャンインジェン)」という
黄茶の葉は世界で最も希少なお茶の一つですが、
これはその中でも最高峰でしょう。

(市販されない秘伝のものは別として。)

五代十国時代(907−960頃)の皇帝へ献上されていた
銘茶という趣旨で、少し前までは日本でも正規販売
されていたようですが、今は取扱っておらず、
直接お取り寄せしないとダメみたいですね。

(数年前の国内価格では20g 約10,000〜15,000円でしたが
 現地なら20g 66 ユーロ +α でしょうか。)


もともと流通量が極少量の中、今季は世界的にも
希少らしく、貴重な茶葉と出会えたご縁に感謝します。


さて、慌ただしい中で淹れるお茶ではないので
なかなか味わうタイミングがなかったのですが、

今日は少しのんびりできたので
「一期一会」を楽しむことが出来ました。

Offrant dans la tasse le spectacle d'un ballet élégant, ses précieux bourgeons dorés libèrent une infusion suave légèrement sucrée d'un doux jaune d'or. Absolument magique !

(カップの中で優雅なバレエの光景が繰り広げられると、金色に輝く高貴な芽は、優しい黄金色の中で、心地よいほのかな甘さを解き放ちます。まさしく魔法のように!)

このような紹介文(意訳したので、正確ではないですけど)
なので「魔法のような味わい」を出せるか微妙でしたが…

「とても上品な、感覚を澄ませば微かに
聞こえてくるような繊細な甘さ」です。

「神々しい味わい」「荘厳性」という点では
「BRUMES D'HIMALAYA(ヒマラヤの霧)」という
紅茶(ダージリン)の方が印象的でしたが、


単に「皇帝」と認めて貰えていない気もするので
あと数回のチャンス(20gだと4〜5杯程度)で
本来の味わいを引き出そうと思います。

…と、個人ブログのようなお話になりましたが、
「一期一会」の妙味を書きたかっただけです。

「紅茶」などに限らず、神聖で荘厳なものは
多少高価であっても時宜に味わっておくと、
身が引き締まり、自らの神性を高めます。

幅広い視野で「知性」を高めて行くには、
「自然の妙味」を知りつつ「対極思考」で
相対的な境界線を越えていくことが大切だと、

改めて感じた「一期一会」の茶葉でした。



皆さまとの「時空間」も、そのどれもが
かけがえなきものとして、大切に思っています。

それでは、今回はこの辺りで。



posted by laluz at 16:00| Comment(0) | 健康面について

2012年01月23日

「身体に感謝する」


皆様、こんにちは。

インフルエンザが流行している模様です、
受験生の方は特に気を付けて下さいね。

健康管理も実力のうちですから。

この「健康管理」能力というもので
知力を大きく推し量ることができます。


幼稚園児から社会人の方まで、様々な方を
何らかの形で教えて参った私ですが、

最も嬉しいのは「学力向上」よりも
持病などを自ら克服してくれた時です。

このブログでも述べていますが、

大抵のことは自分の強い意志で直接間接的に
左右していくことができると私は信じています

(対象に応じて相応の時間は必要としても)。


生徒さんでも、花粉症に悩まされている子や
毎年しもやけで大変だという子、巻爪で長年
困っているという子など様々な例がありました。

もし「〜で大変なんですよ…」と私が聞いたら
「〜で大変だと思っていると治らないかもね」
と言うでしょう(相手の性格にもよりますが)。

むしろ、何らかの伝えたい意味を持って
それらの徴候・サインが出てきているのだから、

「あー鬱陶しい!」と邪険に扱うのではなく
真摯にそれらに向き合ってそのサインを
受け入れてみる、そして「もう大丈夫」と
そのサインに感謝すること、

このことを「半信半疑」ではなく「真剣に」
行えば、通常の症例で改善しない人はいません。


(生徒でなければ難病の方などもおられますが、
 完治せずとも大きく改善した方は複数例あります。
 笑顔になられるのは私も嬉しいものです。)


この点、事故等で身体機能を大きく失った場合や
末期癌の方を完治させることは難しいでしょうし、
それらの方の苦しみを軽々しく語ることはできません、

ただ、生活の質(QOL)を改善することができれば
当人も周囲の方の空間も少し柔らかになるはずです。


・・・と、ちょっと脱線してしまいましたが、

しもやけや花粉症など、日常的に悩まされる
軽い症例について、生徒の子が「自分の意志」で
克服してくれた時はとても嬉しく思うのです。

そのように「自分の意志」で困難だった何かを
変えたという経験があれば、学力などについても
自分で左右できることに疑いがなくなります。



自分の脳力・治癒能力を引き出す手段として
「感謝」という行為はあまりに強大です。

「感謝しなさい」とか言われると偽善的で
むしろ反発したくなるものですが。

どのような状況にあっても、自分を支えてくれる
「身体」に対して日々感謝の気持ちを忘れなければ、
健康リスクは大きく軽減されるでしょう。


…と、この記事に限ったことではありませんが、
私は自分の意見を他者に押し付ける意図は
全くありません(そういう思考がありません)。

自分ではその方が近道だと思っているだけで
他者には近道でないかもしれませんから。。
持病等のある方は医師の助言に従って下さいね。



それでは、今回はこの辺で。。



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2011年09月20日

永遠の「生」


本来的に昨日19日に掲載される予定だったものの
色々な手違い等で本日の記事になったものですが、

「“永遠の命”は実現できるか!?」というNHK番組を視聴しました。

再生医療の最前線や拒絶反応のない臓器の可能性、
生物の寿命を左右する遺伝子研究、などが
映像で概観できる知的な番組でした。

肉体の死が訪れてもコンピューターネットワークの
仮想現実世界に「分身=アバター」として生き続ける
ことで「永遠の命」を実現させようという、一昔前は
SF的空想でしかなかったような研究についても、
現実化できそうで興味深いものがあります。

「永遠の命」というものを「人類の夢」と言って
良いかは分かりませんが、有限・不完全な存在で
ある人間が「永遠性」「完全性」に憧れるのは、
ある意味「性(さが)」と言えるのでしょう。


仮に「不死」を手にした人間が現れるとしても、
今度は「いつ、いかに死ぬか」を考え出すのに
多くの歳月はかからないはずです。

「完全」と「不完全」、「有限」と「無限」の
境界そのものさえ分からない人間にとって、
「永遠の何か(愛であったり不老不死であったり、
あるいは永遠の完全性を「神」と崇めつつ)」
を追い求めるのは、本能的必然かもしれません。



あらゆる細胞レベルの「小さな死」の集積の上に
一個体の「大きな死」というものが帰結されるならば
その小さな生と死を極限まで優しく引き伸ばす先に
「大きな生」が永遠に近づいて行くのでしょう。

一瞬一秒の生死の連続を慈しみ、大きな個の生死と
等しく捉えるならば、細胞それぞれと一個体の関係は
動植物それぞれと地球体の関係のごとく思い至り、

あらゆる星々と宇宙総体の関係にさえその相似を
見出せるならば、その瞬間「永遠の生」を生きて
いると言えるのかもしれません。


永遠と思えるほど愛おしい時間を一瞬でも過ごし、
ほんの1時間が1年に匹敵するほど思索に遊び、
行き交う出会いと別れに感謝して過ごすならば

たった数10年の「生」でもその価値は
無為の500年に劣らないことでしょう。

私のように「頑張らない」怠惰な者にとっては
「究極の締切効果」として「死」は必要でしょうし
(寿命5000年でも退屈しない自信はありますが)

多くの人間にとっても「有限の生」を最大限に
生きているかと言えば、そうでもないでしょう。

有限だからこそ「生」の価値が分かるというより
未熟だから「寿命を限らないと生の価値が分からない」
という方が正確な表現かもしれませんね?

「生死」の価値を等しく分かるようになれば
「永遠の生」を既に生きているように思えます。


今のところ避けられない「人との死別」までに
どこまで「生」の価値を高めてあげられるのか?
という観点で、過ごした敬老の日でした。

支えて下さる方々と共有する有限の時間を
お互いの生死が安らかに収束していく時まで
日々大事にしていきたいものです。


書き直した割に(いつもながら)まとまりがない
乱文ですが、今回はこの辺で。。



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2011年09月07日

「朝型」と「夜型」


大分涼しくなって参りました。
朝は肌寒いくらいですね。

家庭教師の日は凡そ24時まで授業しているのですが
どの生徒さんも非常に集中してくれています。

ただ、夜型と朝型のリズムには個人差があり、
21時には就寝して朝3時に起きて勉強する
という模範的な朝型タイプの子もいます。

一般的に、朝型生活の方が健康的という風潮もありますが
体内時計リズムには遺伝子レベルで個人差がありますし、
それぞれにあったリズムで生活するのが本道と思います。


ベルギー・リエージュ大学クリスティーナ・シュミット氏の
研究チームによれば「朝型生活者と夜型生活者の脳を調べた
ところ、早い時間帯では朝型の方が元気だが、持続力は
夜型の方が優れている」という研究データもあります。


眠い中だらだらと勉強しても、脳への定着度は低いので
脳をリフレッシュする策に切り替える方が効果的です。

例えば、深夜2時まで勉強しても、学校授業が眠くて
暗記に差し支えるならば、全体としての学習効率は低いと
言わざるを得ません。学校から帰って1〜2時間仮眠し、
それから深夜2時まで勉強するなど工夫することで
学校生活が眠くならないなら、夜型生活も良いと思います。

ちなみに、私は模範的な夜型人間です。

ただ、「入試」の多くは朝9時頃から始まりますし、
朝型・夜型を問わず、朝9時には「脳力」を最大限に
起動・出力できるようにしておくことが重要です。


今、夜型リズムで調子が良い人はムリに朝型に修正する
必要はありませんが、ご家族の方にご負担をかけている
可能性は大いにあります。そのようなご家族の協力には
心から感謝して、日々自己を高めていきましょう。

それでは、季節の変わり目、急激な温度変化で
体調を崩さないよう皆様お気を付け下さい。


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