2012年11月22日

MENSA


皆さま、こんにちは。

IQについての記事も放置したままですが、
皆さまが忘れた頃には更新したいと思います。。

(私の言う「のんびり」は本当にのんびりなので。
 「年」単位が多かったりするのです…。)


さて、以前よりご質問なり話題なりに挙がる
MENSA についてコメントしておこうと思います。

IQ について書いていたりするために
「MENSA っていう団体はどういうものですか?」
という質問を受けたりすることがあります。

MENSA(メンサ)とは・・・

全人口上位2%の知能指数 (IQ) を有する者の交流を
主たる目的とした非営利団体、高lQ団体としては
最も長い歴史を持ち、会員数は全世界で約10万人。

イギリス人科学者で弁護士でもあるランス・ウェアと、
オーストラリア人弁護士のローランド・ベリルによって、
1946年10月1日にイギリスのオックスフォードで創設。
支部は世界40か国にある。

知性・才能を育成し、人類の向上に役立てること、
奨学支援などを目的に活動している支部もある。

日本支部においては、脳科学者の茂木健一郎氏、
タレントの宇治原史規氏(ロザン)も所属している。


・・・というような概要でしょうか。

IQについて記事を書く以上、私も一応 MENSA の
IDは持っています(会員資格の更新はしていませんが)。

日本においては、日本支部のジャパン・メンサが現在
色々と活動されていますが、一時期は日本支部が存在せず
メンサ・インターナショナル直轄となっていました。

(私はインターナショナルの会員だったので、
 ジャパン・メンサのメンバーは知りません。)


ただ、結論を言えば、単なる社交団体であって、
研究会を開いたり、お茶会をしたりするのが主旨です。


(「うどんを愛する会」みたいな感じで。。)

人口上位2%というのは高IQ団体の中では
極めてハードルが低い部類であって(だからこそ
会員数を確保できた唯一の成功例とも言えますが)、

たまに見る「天才集団MENSA」とかいう形容は
見聞きしていて、恥ずかしくなるものです、

その程度、天才でも何でもありませんからね…。

(1億人に1人すなわち上位0.000001%ならまだしも)

そもそもIQというのは「定義」によって変わりますし、
その曖昧とした数値で上位〜%かを区分するのは
その性質上、正確性を担保できないものです。

(実験者の想定する脳力値の定義によって変わるため)


ただ、実際に会合に来られる方々というのは
必然的に「変わり者」が多いので、面白いことが
比較的起こり易いというのは否定できません。

おそらく参加されている方々もIQがどうこうよりも
違った視点で会話できる人々との邂逅を求めて
気軽に参加されておられることと思います。


(うどんを愛するレベル上位2%の者だけが
 入会できる「うどんを愛する会」みたいな。)


私も顔を出していた頃は、参加者がほとんど
外国の方だったので、英語を話す好機にしていました。

(逆に、隠遁生活の今は、英語を話す機会がほとんど
 なくなったので トーク力は無きに等しいですけど…。)


MENSA に限らず、自分の資質を十分に伸ばしつつ
それを後進に還元していく団体なら素晴らしいと
思いますけれど、単なる表面的な数値を絶対視して
優越感に浸る者は、知的の対極にいることになります。


大学受験の世界で、全国最上位にあるならば
10万人〜100万人に1人の高学力と言えるでしょう、

しかし、「単なる数値」に奢ることなく
その高みから見えるヴィジョンを、還元する意志が
なければ、ただのテストマニアに堕してしまいます。

自分に自信がない時期において、肩書きや数値に
すがりたくなるのは人間の常ですけれど、

(実際、初対面の方に、肩書き・学歴・数値などが
 有効な自己紹介ツールとなることは多少あるものの、
 日本では爪を隠す方が良い場合も多いでしょう。)


他者に評価された「地位」「数値」ではなく
自らが規定・創造した「価値」に基づいて、

いかにして周りを笑顔に輝かせていけるか?
…という要素が、究極に在る「知性」と感じます。


…と、この記事を書き始めたのは20日(火)でしたが
今は24日(土)の日付になっています、不思議なことに。
(「中間値」をとって22日の更新にしておきます…。)


それでは、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 23:55| Comment(0) | IQ・知能

2012年10月11日

ボキャブラリー


皆さま、こんにちは。

ちょっと慌ただしくしてしまっていますが、
何だかんだで必要とされるのは光栄な限りです。

皆さまのご信頼に対して、深く感謝しています。

(それに見合う責務も痛感しますけれど。)


さて、以前ご紹介した Lumosity のゲームで
「Word Bubbles Rising」というものがあります。

これは、指定されたスペルに続く単語を、
時間内にタイプし続けるゲームですが、
(他にも文字数などのルールもあります)
案外なかなか有意義なものです。


漢字トレーニングで言えば、指定された部首を
持つ漢字を時間内に挙げていくといった感じです。

例えば、「 swe 」の場合については

sweet,sweety,sweetness,sweat,sweaty,
sweater,sweden,といった思いつき易い単語から
その複数形、比較・最上級、活用形を挙げていき、

それから、語彙力があれば swear,swede,sweep,
swept,sweeten,swell,swelter,swerve…と
挙げていくことになります(活用形も含めて)。


こう見ていくと簡単なのですが、制限時間内にいざ
挙げていけと言われると案外出てこないものもあり、

このゲームが「Flexibility (柔軟性・適応力)」を
高めるカテゴリーに含められているもの理解できます。

「cent」などは難しい部類に入るでしょうが、
「con 」など続く単語が多数にある場合であっても
語彙力がないと高得点は出ないものです。。

(英語ネイティブの人と判定が区別されないので)

…という感じで、負けず嫌いの人にはなかなか
良いトレーニングになることでしょう。

一瞬で柔軟に思い出さなければいけませんし、
もし次に「cent」が出たら完璧にしようとか、
「conc」が出たら…とか覚えていくものなので。

ゲームに限ったことではありませんが、
うまく接頭語・語源と関連付けていくと、
語彙力は飛躍的に増えていくと思います。

無味乾燥に単語集を覚えるよりは、楽しい方が
時間を忘れて取り組めるものなので。


…と、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 23:55| Comment(0) | IQ・知能

2012年09月28日

Lumosity


皆さま、こんばんは。

(今回も「名言の英語」はお休みです…)

脳トレーニングのゲームというのは
意味がありますか?というような質問を
たまに受けることがあります。

それはゲームに限りませんけれど。
意味があるように使えば意味はあります。


散歩をするというのは健康上意味がありますか?
朝食をとるのは、健康上・知育上意味がありますか?

…と言われているのと同じでしょう。

全て、意味があるように行えば意味はあります。

というより、その人の予期する「意味」というものを
しっかり分析・定義して、それに合致するように
思考・行動すれば、「意味のない」行動など
あり得ないのではないか?と個人的には感じます。


逆に、その「意味」という意味を考えもせず
なんとなく行動する先に「意味」などないでしょう。

「意味」というのは自分が設定するものです。


…と、そんな退屈な前置きはこの辺にして、
脳トレーニングゲームも使い方次第で有益です。

何にとって「有益」か?は各々違うでしょうけど。

「知能」育成に有益?

「集中力」養成に有益?

それらの意味は各々が決めることですので、
ここでは深くは触れません。

ただ、面白いと思いつつリラックスしながら
短時間取り組むなら、適度な脳刺激になることは
おそらく間違いないでしょう。

例えば、アメリカの脳トレーニング・サイトとして
「Lumosity (http://www.lumosity.com/)」

というものがあったりします。

英語版ですが、ゲーム自体はシンプルなので
おそらく誰でも出来るでしょう。

(英単語を問うモノとPC操作の巧拙が関わるモノ、
 これについては各人で差異が生じるとしても。)


ハーバード、スタンフォード、バークレーなどの
神経科学の研究者の監修のもとに作られたシステムを謳い、

毎日15分程度の簡単なゲームを継続して行うことによって
脳の活性化を促すことが出来るとして人気を集めています。


無料登録でもそれなりには有意義に遊べるので
興味がある方はトライしてみてもいいでしょう。

(メールアドレスだけで、住所など個人情報を入力する
 必要はありません。が、有料会員への案内や、その日の
 トレーニングを忘れていないですか?というメールが
 届くので、メインアドレスでの登録は避けた方が無難です…。

 とはいえ英語サイトなので、ご不安な時はお止め下さいね。
 トレーニングプログラムを個人向けにアレンジするため
 脳力のどの部分を伸ばしたいか?の質問が最初あるので。)



というわけで、私もたまにやっています(無料で…)。

「知能」開花に繋がるかは分かりませんが
「集中力」「暗記力」のメンテナンスにはなりそうです。

ゲームにせよ何にせよ、脳と遊ぶのは大切ですし、
心から楽しんでいけば、全てが脳への栄養になると思います。

脳にとっても過ごしやすい季節なので、
一緒に知的な時間を過ごしてあげましょう。


それでは、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 23:55| Comment(0) | IQ・知能

2012年09月05日

「 127 」


皆さま、こんにちは。

今回のテーマは「127」について。

「127」という数字は、個人的に好きなものです、
なぜなら、とても不思議でキレイだから。


まず、127は、31番目の素数なのですが、
ただの素数ではなく「メルセンヌ素数」です。

メルセンヌ素数(Mersenne prime)とは、
n − 1 で表せる素数。

(2の冪乗よりも1小さい素数、すなわち
 2進数では n 桁の 1111…1 で表わせます)


127=128−1=27−1 で、
4番目のメルセンヌ素数です。


3、7、31、127、8191、131071、524287、
…とメルセンヌ素数は続いていきますが、
現在のところ47番目まで確認されていて、

43,112,609 −1 は
12,978,189桁という巨大な素数です。。

ちなみに、2127−1=
170141183460469231731687303715884105727 は
12番目のメルセンヌ素数で、1876年に発見されました。

また、127=73−63 で、
連続する「立方数」の差として表わせます!


また、各桁の数字の順番通りに計算することで元の数に
戻る数を「ナイスフリードマン数(nice Friedman number)」
と言いますが、127はそのうち最小の数です。

(−1+27 というように)

2進数表記なら127⇒ 1111111 となりますが、
このことから 127=20+21+22+23+24+25+26 です。 


「127」は、個性的な子でしょう?

「225」も好きですけれど、それはまた
「三角数」などを交えて別の機会に。

「数論」分野は、東大など難関入試で聞かれますが
「数字」と遊んでいると親しめるものですよ。



それでは、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。



posted by laluz at 13:00| Comment(0) | IQ・知能

2012年07月25日

ピグマリオン効果


皆さま、こんばんは。

ランダム更新というか…決してサボっている
わけではないのですけれど、間が空きすぎですね。。

さて、先日「ピグマリオン効果」について
ご質問を受けましたので、簡単に述べておきます。

ピグマリオン効果(pygmalion effect)とは、
「教師の期待によって学習者の成績が向上する」
という心理的影響・状態を指して用いられます。


ピグマリオン効果を最初に提唱したのは、
ハーバード大学のローゼンタール博士でした。

博士は、ある小学校で「ハーバード式突発性学習能力
予測テスト」と名づけた普通の知能テストを行い、
その中から(テストと無関係にランダムで)数名を選んで、
「この子たちが伸びる」と偽りの情報を教師に伝えました。

それを信じた教師が、その子たちに対して期待をこめて
指導したところ、本当に成績が伸びていったという話です。


1964年の実験ですが、実験内容に不備があり、データが
実証・追証されてはいないことや、様々な複合的要素を
考慮せずに「期待効果」だけで成績向上したとは
いいにくい点などから科学的に批判も多い説です。


確かに、学術データとして評価するには
ある程度の規模で実証してデータを集めて
いかなければなりません。

しかしながら、追証・検証できなかったとしても
「ピグマリオン効果」が存在しないとは言えません。

そもそも「期待」というものが心の底から
真摯に湧き上がるものかどうかで、励ましの言動
ひとつ取ってみても、生徒にとってみれば
受け止め方が大きく違ってくるはずです。


どうしても「教師」の資質や、期待の適切性が
大きく結果を左右することになるからです。

学術的に定説化するには慎重を期するとしても
我々の直感としては受け入れやすい説でしょう。

「この程度の成績しか取れないなんて、ダメな子だな」
「運動神経がないのだから、練習したってムダだ」
「何も取り柄がない凡人だということを忘れるな」
「夢を見るだけバカだ、努力で夢が叶うはずがない」


…このようなネガティブな言動の中で
育てられてきたタイプの者と、

「少しずつミスも減っているし、良い感じだよ」
「運動神経がないと思うなら、これから磨けばいいよ」
「短所や失敗は、長所や成功につながる鍵じゃない?」
「夢を叶える!と本気で思った者だけが夢を現実にした」


…というようなポジティブな期待の中で
育てられたタイプの者とでは、

どちらが学習・練習成果に効果が上がりやすいか
一概に分かりませんが、後者の方が「人格的に
穏やかになる」ことは大いに予測されます。

ちなみに「教師が期待しない」ことによって
学習者の成績が下がることは「ゴーレム効果」と
(対比的に)呼ばれています。


実技分野においてはスパルタ教育も有益でしょうし、
その当人の性格によっては前者の指導が「悪い」
と必ずしも言うことはできないでしょう。

ただ、厳しい指導や叱責というものの背景に
心からの期待と応援の意思があるからこその
スパルタ英才教育だと思います。

(期待も全く伴わないただの軽蔑・軽視による
 叱責・罵倒では、そもそも教育でないでしょう)


いずれにせよ、こちら側が相手に対して「期待」する
ことによって、相手もその「期待」に応えるようになる、
という現象を「ピグマリオン効果」と言うわけですね。

この由来は「ギリシャ・キプロス島のピュグマリオーンが自ら理想の女性・ガラテアを彫刻し、そのうち彼は自らの彫刻に恋をするようになり。その像が人間になることを願った。その彫像から離れず、次第に衰弱していく姿を見かねた愛と美の女神アプロディーテがその願いを容れて彫像に生命を与えた」という神話に基づきます。

ただ、「ピグマリオン効果」といっても、
その適用は実際のところ難しい点もあります。

「期待」は適切なものでなければなりません。

「過度な期待」は本人を抑圧してしまいますし、
本人の望む道ではない分野について「期待」の
押しつけをすることも、むしろ逆効果です。

本人が望むことについて、自信を失いかけている時
「いや、あなたなら出来るって知っているよ」と
温かい声援を送ることは大きな助力となるでしょう。

本人が望まないことについても、柔らかく見守る
ニュアンスで、心地よい期待感で包んであげるのも
好ましい影響が出ることが容易に予測できます。

結局は「期待のかけ方」だと思います。

それは相手との距離の取り方でもあるでしょう。

近すぎず、しかし必要な時は傍にいる。

子供の教育だけではなく
人間教育においての真理だろうと感じます。



それでは、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。



posted by laluz at 23:30| Comment(0) | IQ・知能

2012年06月27日

「子供」のように。


皆さま、こんにちは。


「子供の頃、私はルネサンスの天才たちのように
 正確に上手に絵を描くことができた。しかし、
 この子供たちのように描けるようになるには一生かかった」


画家ピカソの晩年の言葉です。



《初聖体拝領》1896

ピカソ15歳の時の作品。


《科学と慈愛》1897

16歳で国の展覧会で入選した作品。
死を前にした人に対して科学は脈をとることしかできない。
しかし、慈愛は心の安らぎを与えることができる、と。


《鳩(連作)》1957


《音楽家》1972



…「子ども」というか、人間は「不完全」ながら
いや、不完全だからこそ「無定形」の無限性を
持って生まれ出てきます。

(ピカソの名言でも述べていますが)

その天才性を如何に保ちつつ、
自分の精神と調和を図っていけるか。

そのところが「知育の鍵」と思います。


生徒さん(特に小学生)と接していると、
天才性を見出す楽しみを身近に感じますね。


…と、中途半端ですが、時間的にこの辺で。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 15:00| Comment(0) | IQ・知能

2012年03月26日

「プライド」論


皆さま、こんにちは。

春というのに冷え込みが戻ったりして
体調をコントロールしにくい時候です、
くれぐれもご自愛下さいますように。


さて、今回は「プライド」について考えてみましょう。

私は昔から「プライドが高そう」と言われてきました。
今でもそう思われることがあるでしょう、きっと。

ただ、それは必ずしも褒め言葉でないはずですが、
「高そう」ではなく「ありえないくらい高い」ですよと
和かに訂正すると、相手も和やかに微笑んでくれます。


そういう訳で、人々の言う「プライド」とは
どういう定義なのだろう?と幼少から考えてきた
言葉なわけですが、改めて整理してみることに。


(一般的には「プライドが高そう」に見える子が、
 教え子に多いので、その見地からも有用でしょう。)


まず、「プライド」とは・・・

『広辞苑』では「誇り。自尊心。自負心。矜恃(きょうじ)」

『日本国語大辞典』では、「自分の才能や個性、また業績などに自信を持ち、他の人によって自分の優越性・能力が正当に評価されることを求める気持ち。また、そのために品位ある態度を崩すまいとすること。誇り。自尊心。自負心。矜恃(きょうじ)」

・・・とあります。さらに以下それぞれ、

「自尊心」=「自分を尊び他からの干渉を受けないで
        品位を保とうとする心理や態度。」

「自負心」=「自分の才能などに自信を持つ気持ち」

「矜持」=「自分の能力を優れたものとして、他に
      誇ること。尊大、荘重な態度をとること。」


というニュアンスのようです(『日本国語大辞典』参照)。


なるほど。あまり好ましい意味ではないようです。

こういう使われ方から「プライドが高い」というのは
必ずしも称賛する意味ではないのでしょう。

「プライドを傷つける」という表現もありますね。

しかし、「プライド」というものは
「傷つくこと」があり得るのでしょうか??

何物にも触れられないほど至高の精神、
究極に純化した「自我」そのもの、

そのレベルで自分に自信を持っていれば、
他者や浮世の状況によって惑わされることや
ましてや傷つき、汚されることなどないはずで。



「プライドを傷つけてしまった」という表現は
本来、成立しない性質のものだと思うわけです。

「豆腐でダイアモンドを割る」といった具合に。

シェークスピアの対義結合レトリックのように
「冷たい炎」「醜い美女」「傷ついたプライド」、

そのような「修辞表現」であれば機知に富んでいますけれど

実際にはプライドは傷つくものなのだと
思われているように感じてしまいます。。

傷つくようなプライドは、そもそも
「プライド」と言えないはずでしょう、

簡単に傷が入る石がダイアモンドではないように。

そして、ダイアモンドが自分が本物であることを
他に誇示したりしないように、「誇り高き者」も
自分自身を他者に誇示したりしないはずです。


優越感や他者を見下したりは未熟さを露呈するだけ。

ただ、超然と自分がそこに在るということが
真理であり、重要なことだと思いますね。


精神が成熟する過程においては、自分を守るための
自分勝手な理想を「プライド」と思い込んで
他者に押しつけることはあるでしょう。

特に男の子は「プライドの生き物」として
思春期になると「彼のプライド的なもの」を
尊重しないと扱いは難しくなったりします。


逆にいえば「彼のプライド的なもの」をうまく
褒めて育ててあげれば、芯の強い精神力に導いて
あげることができるわけですけれども。

(女の子は、男の子より精神成熟が早いので
 下らないプライドに踊らされることは少ないとしても)


幼虫・サナギ・羽化した成虫と進化していく昆虫も
進化の節目はまだ柔らかく、容易に捕食されてしまいます。

その節目節目で、まだ十分固まっていない各々の
「プライド的な何か」を、ご家庭や周りの支援者が
温かく保護してあげて、本当の意味での「プライド」に
高めていくことも、教育の大切な要素かも知れません。


私の教え子にも、負けん気が強く、自分の才能に
自信を持っている子は少なからずいますが、
今はまだ「辞書的な意味のプライド」だとしても

事象に左右されない「真の誇り」にまで
育ってくれると教育者としては嬉しい限りですね。


「プライド」論 とした割には中途半端ですが、
これ以上長いのも読みにくいので、この辺で終えましょう。


それでは、今週も宜しくお願い致します。



posted by laluz at 16:00| Comment(0) | IQ・知能