2017年06月14日

「小さな歪み」


皆さま、こんにちは。

前回に書き留めておきましたように
「小さな歪み」のお話の続きです。


とりあえず月初のご挨拶(芭蕉の句を添えて)のみ
というのが恒常化していて、それ以外の記事を
更新する日というのはいつ以来か!…どうやら
2015年3月22日「芸術との共振」以来のよう。

27カ月ぶりです、控えめに言っても短時間ではない。
私と面識がある方々なら27カ月ぶりとは奇跡的速さよ!
と絶賛してくれるかもしれませんけれど。

そもそも当ブログの存在意義さえ定かでありませんが
(生徒募集や広告収入といった付随目的も全くない上
 そもそもblogという形式自体が旧時代の遺物…)

のんびり続けることに意義があるということで。
いつもご覧下さる方々には心から感謝しております。

此岸(或いは彼岸)のあれこれを語りたいという
稀有な方々は、私と直接お話しできる方でしょうし、
実際どれだけの方が「ラルースの塔」という記事から
プラスのモノを得ておられるか分かりませんけれど。

創世記18章で、神がソドムの街を滅ぼそうとされた時
アブラハムは神の行われる正義について懇願し、主は
「その十人のために私は滅ぼさない。」と答えました。

このブログについて意義を感じて下さる方がおられるなら
私も「その10人のためにラルースの塔を滅ぼさない。」
という心持ちで、ゆったり存続させておこうと思います。



…前置きが長くなりましたのでそろそろ本題に。


この世で観念できる「組織」は概ね様々な階層ごと
適切なバランスを取りつつ動くことが想定されています。

微小組織におけるバランスを無視して
とりあえず大きな枠組みでのバランスのみを
図るということは往々にありますが、
小さな歪みはやがて大きな亀裂となって
枠組みを歪めてしまうことは必然の理です。


・・と、いう前回の流れで書きますと

例えば機械組織であれば小さな部品であっても
僅かなズレ・欠陥で長期的には大きな負荷となって
全体を大きく歪め、損傷を与えることはあります。
機械部品なら不具合があれば交換修復で問題ありませんが
人的組織・有機生命組織であればそうもいきません。

大きな社会組織において、全体のバランスを図るために
末端・下部組織を棄捨するというのは常道でしょうが、
バランスの取り方というのが非常に難しいので
単純に切り捨てるだけだと後顧の憂いを残し
長期的には大きな歪みとなる原因となったり。

人体組織においても、単純に患部位を切除するだけでは
根本的解決に至らず、中長期的には修復不可能な歪みと
なって、なんとかバランスを取り戻そうと軋む苦痛の中
残る命数を数えることになったり。

・・・と、このような流れで書いてしまうと
どうしてもお説教ぽくなるので、視点を変えて。

ほんの僅かな歪みはやがて修復不能なほどの歪みとなる
というのは、概ねの組織に共通することだと思いますが、
数値による視覚化をしてみると把握しやすいでしょう。


まず基準となる状態を1とします。

そして毎日0.01%ずつ前日より減少するとした場合
(0.9999)^365=0.9641 となり、約1年で3.6%
衰えたといえます。まだ許せる範囲差ですね。

しかし、これが10年という期間になると
(0.9999)^3650=0.6941となって
基準値からの減少が明らかとなってきます。

20年ならば…0.4819 となって約半分以下に…。



「身体的老化」について考えると上記数値は
何となく実感が沸くことでしょう。若い時の状態から
経年劣化により少しづつ摩耗していき、数十年単位では
身体的機能は著しく低下して行ってしまうという。

これが0.01%という設定であって この有様です。
0.01%の摩耗というのは日々のメンテナンスに
気を配っていても生じ得るレベルかもしれません。


例えば、日々0.1%の減少であったらどうかというと
(0.999)^365=0.694 となり1年で30%減となりますね。

暴飲暴食・過剰な飲酒喫煙などで心身を蝕むなら
このように短期間で機能が減退する数値イメージです。

これは「基礎学習」の面においても当てはまります。

日々学習したことを定着させるように意識だけは
していたとしても、実際1%ずつ減少していたなら
1年で(0.99)^365=0.0259 と全く実力として
身についていない様子を冷酷に物語ります。



日々全力=100%で生きなければならない!というのは
上記イメージを考えるとなかなか至言と言えるでしょう。

ただ、毎日全力投球するのは疲れます。

自分にとっての基礎値=100%というのが何か?を
考えるとき、長期戦でいくなら基準値は低めが良いです。

リハビリでもそうですよね、以前出来ていたことを
基準にしてしまうと「何でこんなこともできないんだ…」
と、ネガティブになるのと同様に。勉強が苦手な子でも
基本からクリアしていくことで「おお!進化してるな〜」
と、毎回達成感を感じて「勝ち癖」が付いていくもので。

基準値1から0.1%減るのではなく、0.1%上昇するとしたら
(1.001)^365=1.44 となり約1.4倍にまで進化します。
1%上昇するなら(1.01)^365=37.78となり約37倍!

毎日1%上昇など身体的機能についてはあり得ませんが
学習面においてはあり得なくないと納得されるでしょう。
毎日たった1%だけ進化するように心がけて1年頑張れば
37倍にまでなっていく!というイメージが大切です。

昨日の2倍がんばれ!といってもムリですけど
毎日たった0.5〜1%だけ上乗せして行こう!なら
誰でも出来そうだなと思えるのがポイントというか。


基礎値自体が極めて高い優秀な頭脳においては
毎日0.1%の進化というのも難しくなってきますが
少なくとも機能低下させないようにすることが肝です。


「歪み(ひずみ・ゆがみ)」とは何か?と言っても
対象組織の各々で異なってくるでしょうが、
イメージとしては0.01%という小さな摩耗でも
中長期的には無視できない減衰になるという訳です。

必ずしも物理的減退に留まらず、心理的影響による
機能不全・低下というファクターも考慮に入れると
各組織運営において「歪み」は小さなうちに正せ!
というようなことが共通して言えるでしょう。

国家レベルの歪みについては歴史的不幸もあって
なかなか簡単に修復できなくなってしまいますが、
家族間・友人・恋人の間の行き違いについては
どんなものも基本的には修復可能だと思います。。

(あえて修復せず離れるのも悪くありませんが…)


何にせよ、今ある基礎値にこそ感謝と敬意をもって
(足りない…と不平不満で嘆くのではなく)
それを無為に損ねることなく存分に用いながら
ほんの0.01%でも少しずつ高めていければ
それだけで既に「人の生」の活かし方としては
合格点なのではないかと思いますね。

「今 あること」を存分に活かすどころか
「歪み」によって減らすことがないようにすれば…
というのが今回のお話でした。



久々でしたのでムダに長話となりましたが
まあ27カ月ぶりの戯れということでお許しを。

「名言の英語」とか草稿自体は色々眠っているので
気が向いた時に適宜引っ張って来たりしつつ
月2回更新にしようと企んでいるところです。


それでは、今回はこの辺で。
6月後半も素晴らしい日々をお過ごし下さいね。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | IQ・知能

2013年10月13日

number place


皆さま、こんにちは。

充実した日々をお過ごしのことと思います。

まさに「秋」といった風情ですね。

学問・研究や、芸術・技芸に親しみ、
深めていくにも良い時候です。


(台風がたまに訪れたりはしますけれど…)

私も変わらず気儘に生息している秋の日々、
「ナンバープレイス(ナンプレ・数独)」など
なんとなく久々に解いていたりします。

(「数独(すうどく)」「ナンプレ」というのは、
 3×3のブロックに区切られた 9×9の正方形の枠内に
 1〜9までの数字を入れる数字パズルの一種です。)


先日、家庭教師先の生徒さんがナンプレ等の
パズル問題集をやっていたときのこと。

休憩時間に解くコツなど教えてあげましたら
「先生、これ一瞬で解いて〜」と差し出されたのは

東大パズル研究会が出題するちょっと難し目?の
パズルで、賞金がある懸賞問題(抽選ながら)。


一時期、ナンプレが流行る前から結構解いてまして
超難問・名人クラスの問題ばかり解いていたので
余裕と思いつつ「うん、いいよ」と言いました。

それがそれが。もちろん解けましたが、
すごく時間がかかりまして。20分くらい?

まあ、難問なら普通に考えると軽く1時間以上
かかる問題もあるので別に遅くはないかもですが、


のんびりライフを送りすぎて?処理スピードが
明らかに鈍っているぞ…と痛感したわけです。

その子は小学生ながら、無限の知性を秘めた頭脳が
相手だとパズルとかすぐに追いつかれますからね。。

そこで、秋にウォーキングを始めなさる方々と
同じようなノリで、脳の柔軟運動?を兼ねて
ナンプレを久々に解いているという次第です。


PCはもちろん、携帯・スマホの無料アプリでも
気楽に楽しめますし、頭の体操には良いでしょう。
ご興味がある方は、秋の夜長に懐かしんで下されば。


・・・と、途中まで書いて一週間ほど経過してしまいました、

(空き時間はパズルばかり解いていたので…すみません。

 一旦やり出すと納得して飽きるまで全集中するのは
 昔から変わらないところです、良くも悪くも。

 お陰様で、少しは脳の回転にキレが戻ったはず。。)



久々の更新の割に内容に乏しいですが、
一週間前の記事だったということでお許しを。

(その分「名言の英語」は早めに更新する予定です。)


御訪問下さり、いつもありがとうございます。



posted by laluz at 05:00| Comment(0) | IQ・知能

2013年07月15日

World Intelligence Network


皆さま、こんにちは。

人の世には様々な組織・集団があります。

同じ志向・思考・嗜好の者たちが集まって
微力を結集させて大義を為すのは有益でしょう。

WIN( World Intelligence Network)
…という知的ネットワークが世にはあります。

世界には、高知能団体というものが散在していて
IQ(知能指数)によって入会資格を規定していますが、

その知的ネットワークを適度に集約しつつ
リンケージを保っていこうとする試みがWINです。


設立年によるIQ団体リストについて@WIN )

高知能団体については「MENSA」の記事でも
以前に触れましたけれど、個人的にIQ(知能指数)は
現在において、ほとんど意味をなさないと感じます。。

究極的に正確な精度でIQというものが測定出来るなら、
信頼に値する指標になり得るとしても(想定しにくいですが…)、

少なくとも現代の脳科学・心理学レベルでは
人間の「知能」について十分に解明できていません。


平均的多数人が出来ることが出来ない、という点で
相対的に知能が低いという判断は根拠足り得るとしても
(そのことさえ個人的には賛同できませんけれど)

平均的多数人が出来ないことが出来るから
知能が高いと判断するのは…合理性に欠けましょう。

特に、幼児期〜未成年期の能力差など!
成長とともに逆転していくことは珍しくありません。

その意味で、IQというものに妄動・扇動されず
その内実を賢く把握して付き合うことが大切です。


IQが高いという結果が出れば、脳力を雄大に伸ばし、
謙虚に自己を高めていけば良いでしょう。

仮にIQは高くないという結果でも、知能検査で
測り切れない領域の方が多いのは事実なので、
やがて出てくる新芽を慈しみ、優しい心で、
脳という未知の領域に愛情を注ぐことです。

WIN の知能関連ページで「IQテストの点数が高くとも
その子が天才であるかどうかは結局亡くなるまで分からない」
とあるように、世界・社会に有益な貢献を為せたかどうかこそ
知力の本質的指標であって、数値自体は意味を為しません。


いずれにせよ、与えられた脳力で自ら能力を磨き、
周囲に感謝しながら 謙虚に運命を全うして逝くという
その摂理において万人に差異はないでしょう!


ちなみにWINの日本サイト「英才教育機関」のページで
「ラルース進学塾」が挙げられています(いつの間にか)。

確かにウェブサイトでIQ開発とか書いていますけど
ラルース進学塾 が「英才教育機関」か?と言えば
よく分かりません、「英才教育」の定義にもよりますし。


ただ、IQ180〜になりますよ?とか
IQを伸ばすのは〜しないとダメですよ?とか、
そういうのは「英才教育」ではない気がしますね…。


広大な土地に、ぽつんと立っている子供、
その大地は、荒れ果てているかもしれないし
元々キレイな草花が咲いているかもしれない。

荒地で「芽」を育てるには大変かもしれないが
地質や時期を見極めながら、優しく耕していく。
そこに充ちるであろう花々や大樹をイメージしつつ。

逆に、元々キレイな花が咲いているような地は
「天が愛された地」として讃えられるかもしれないが、
自分で手入れし育んで行かなければ、やがて腐るもの。


教育、こと知育については画一的なものなどなく
その土地にあった方策で、エネルギーの注ぎ方や
耕し方、あるいは才能を間引くことetc.を通じて

当人が「知力の泉」から自ら力を引き出せるまで
最小限度で助力することでしかありません。

全ての生命がそのまま「英でた才」であると知れば
「英才教育」でないものは存在しないと言えましょう。


何だかんだで、お声掛け下さる皆さま方には
そのご信頼に深く感謝するのみですけれど、
(夏休みもほとんど追加授業で埋まりましたし…)

いつも申し上げておりますように、
特別なことは何もしておりませんので…。

ただ、お子様が自主的に頑張っておられ、
また健やかに存在しておられることのみを
心から慈しみ讃えてあげて下さればと思います。


…ちょっとまとまりに欠けますが、
長くなったのでこの辺で終わりましょう。

いつもありがとうございます。



posted by laluz at 01:00| Comment(0) | IQ・知能

2013年03月28日

「 錯視の世界 」.


皆さま、こんにちは。

今回も随分と間が開いてしまいましたが、
有意義な日々をお過ごしのことと思います。

ブログをサボり過ぎなのでは?!という
生温かいお言葉も頂きましたが、否定できませんね…

去年のように「時間を取って書く!」方針ではなく
「時間が取れたら書こう」になっているのは確かなので。


それにしても、ちょっとサボり気味ではあるので
楽しみにして下さる方々がおられる以上、
記事更新していこうと思います。。


さて、今回は「錯視」についての動画などを。

2011.11.5「Moon Illusion」でも錯視を取り上げましたが。

下の画像は、有名な「the rotating snake 」。

(拡大表示すれば、より効果的ですが・・・
 気分が悪くなり易い方は、凝視されませんよう!)

snake

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2003 (September 2, 2003)

画像自体は動いていないのに、動いているように見えます。
このような「錯視」はネコたちもするのかどうか?





上段の子は、ヘビが動いて見えているようですね。。
下段の子は…全く関心がない様子。動いて見えたかはともかく。

この子たちを「愛らしい」と思うのは必然としても
(全くそう思わない反ネコ派もおられるでしょうけど)

「存在しないもの」に対して「あるように見ている」、
「存在するもの」に対して「ないように見ている」、

…という事態は、人間において往々にあります。


「真実のところは存在しないもの」であっても
社会において、大多数が「その存在を信じる」ならば
その仮想のものは「社会的現実」と看做されます。


「天動説」と「地動説」のように。

あるいは「真実のところは存在するもの」であっても
社会において、大多数が「その存在を信じない」なら
その実在のものは「一部の妄想」と看做されます。


上のネコたちのように、一つの事象において
世界の見方というのは各々変わりうるものです。

「それ」は、知力・経験・文化的背景によっては
驚くほどに見方が変わりうるものであるので、

あらゆる事象において意見が対立する場合でも
相手において「そう見えている」前提を
思慮深く推し量る視点が重要です。


「対立」というものは対等なものの間で起こること、

一方が、圧倒的知力や精神性を持つ場合、
好ましくない「対立」など起こらないでしょう。

(好ましい「対立」を楽しむ場合は良いとして。)


人間においても様々な視点がありますが、
そのどちらが正しいか?を声を荒げて問うのは
上記ネコのどちらが正しいか?を問うようなもの。

「上から目線」で受け流すというのでもなく
する人しない人いるけど「錯視」って不思議だよね?!
というような緩やかな感覚で、互いの視点を楽しめば。


人間世界も「錯視」で満ちていますからね、
各々の「錯視」の世界を一々正すのは無粋でしょう。

「幸せな錯視」なら、むしろ健康的です。

(もちろん「錯視」を理由に「他者を害する者」には
 その限りで相応の矯正・粛正が必要と思いますけれど。)



…と、これ以上はムダに長くなってしまいそうなので
まとまりに欠けますが、今回はこの辺で。

いつもご訪問ありがとうございます。



posted by laluz at 06:00| Comment(0) | IQ・知能

2012年12月06日

「焦点」を合わせる


皆さま、こんにちは。

10月は中間考査月間だったわけですが、
早いもので今や期末考査の期間です。。

各々の目標レベルに応じて頑張って下さいね。

(定期考査は大丈夫ということで、考査前日でも
 先取りを進める生徒さんもいますけれど、人は人。
 自分のペースで深化させていくことが大切です。)


さて、色々と書くべきことはあるのですが、
当分お昼から授業が続くので(今日も14時半から24時まで)、
寸暇を見て、書ける時に書き留めておきますと。

先生にとって「頭の良さ」って何だと思いますか?
という質問を、たまに受けることがあります。


結論を言えば、「頭脳」というのは「善し悪し」という
相対的価値で区分できないと思いますけれど、

(そもそも「頭の良さ」の定義によりますし。)

色々な人々とお話ししてきた僅かな経験において、

(こう見えても首脳レベルを含めた多種多様の方々と
お話してきた方だと思います、交友範囲は狭いですが。)


この方は知性が深いな…と感じるのは
「焦点を合わせる」能力が秀でている時です。

人々と話している時には、各々の問題解釈・理解状況を
推測・把握し、その争点・興味次元に焦点を合わせて
会話・議論を調整していくスキル。


自由気ままに万物に思索を巡らせている時や
新しい問題について柔軟にアイデアを練る時は、

様々な視点から、巨視的・微視的、横断的・縦断的、
個別的・総体的に、自由に焦点を遊ばせながら、
それでいて確かな論理を展開できる人。


そういう人は、頭が良いなぁと敬服します。

(あえて「頭の良さ」という言葉を用いれば。)

情熱的にはなっても、感情的になることはなく。
そういう会話は、とても知的な時間でしょう。

曖昧とした「知能」という中身においても
重要なエッセンスは、この「焦点調節能力」だと
(個人的には)勝手に思っています。


この世界においても、メインの視点からでは
見えないこと・見過ごしてしまうことが沢山あります。

一見、何の法則性もない事象においても
焦点を確かに合わせてみると、別の法則が
すぅーと眼前に浮かび上がってくるもので。

日々の暮らしでレンズの焦点を固定していると
凝り固まって近視眼になってしまうように、

思考の焦点も、意識していないと先入観や
偏見などで凝り固まってしまいます。


周りの観ている世界と、自分の観ている世界とが
あまりに違い続ける時、どうしても不安になり、
自分の見ている世界こそ不自然なのだと考えますが、

その状況においてはピントがズレていただけで、
その視点自体は必ずしも間違いとは限りません。

IQ というものの中身は誰にも分かりませんが
「知能」という何かを育てていくとしたら、

その様々な視点を、そのまま自由に遊ばせること
それがとても大切なことだろうと今は感じます。


一見、取り留めもない発想や、荒唐無稽な言動でも
表層的判断で終わらせずに、深層を推し量ると
(相手が幼い子どもである場合は特に)

とても有意義で、奥深いアイデアが
秘められていることも多いものです。

多くの人が「何を言ってるの?(苦笑)」と思うことでも
「もしかして、こういうことを言っているの?」と
意味を掘り下げようと洞察する人が1人でもいれば、
大きく輝くであろう天才の卵は多く在るはず。


名画を扱う高名な画廊にいれば、そこに在るのは
高名な画家か有望な若手の作品だろうと推測されますが、

フリーマーケット(flea market)においては
おそらく贋作か低級品であろうという推定が働きます。
(ごく稀に名画が埋もれていたりしますけれど…)

相手の言動は、肩書きや学歴によって信頼性が
確かに多少付与されるものの、絶対的ではありません。

自分の言動はもとより、どのような相手の言動も
秀逸な作品かもしれないという推定で捉えると
「興味深い知性」を見つけることが出来ます。


もちろん、贋作や複製版を名画として有り難がるのは
ナンセンスかもしれませんが、こと「人の言動」は
ブランドによって真贋が分かれるものではないので、

どの人の言動もそれぞれ名画たりうるものと言えます。

(私も、私と接する生徒さんは天才性を有すると
 いう前提で、賢察を怠らないように心掛けています。
 私が幼い頃、周囲にそうしてもらえたように。)


焦点の合わせ方というのは、様々な人々や環境・
事象において、それぞれピントの合わせ方次第で
多種多様な側面を持つということを知り、

その多様性を包括的に「1つ」の存在として
解釈・受容できる能力と(勝手に)考えます。


ミクロな世界からマクロな世界まで
焦点を自由自在に遊ばせながら、

劇的に変化しつつ同時に全く変化しない日々を
有意義に楽しんで参りましょう。。

それでは、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます!



posted by laluz at 23:55| Comment(0) | IQ・知能

2012年11月22日

MENSA


皆さま、こんにちは。

IQについての記事も放置したままですが、
皆さまが忘れた頃には更新したいと思います。。

(私の言う「のんびり」は本当にのんびりなので。
 「年」単位が多かったりするのです…。)


さて、以前よりご質問なり話題なりに挙がる
MENSA についてコメントしておこうと思います。

IQ について書いていたりするために
「MENSA っていう団体はどういうものですか?」
という質問を受けたりすることがあります。

MENSA(メンサ)とは・・・

全人口上位2%の知能指数 (IQ) を有する者の交流を
主たる目的とした非営利団体、高lQ団体としては
最も長い歴史を持ち、会員数は全世界で約10万人。

イギリス人科学者で弁護士でもあるランス・ウェアと、
オーストラリア人弁護士のローランド・ベリルによって、
1946年10月1日にイギリスのオックスフォードで創設。
支部は世界40か国にある。

知性・才能を育成し、人類の向上に役立てること、
奨学支援などを目的に活動している支部もある。

日本支部においては、脳科学者の茂木健一郎氏、
タレントの宇治原史規氏(ロザン)も所属している。


・・・というような概要でしょうか。

IQについて記事を書く以上、私も一応 MENSA の
IDは持っています(会員資格の更新はしていませんが)。

日本においては、日本支部のジャパン・メンサが現在
色々と活動されていますが、一時期は日本支部が存在せず
メンサ・インターナショナル直轄となっていました。

(私はインターナショナルの会員だったので、
 ジャパン・メンサのメンバーは知りません。)


ただ、結論を言えば、単なる社交団体であって、
研究会を開いたり、お茶会をしたりするのが主旨です。


(「うどんを愛する会」みたいな感じで。。)

人口上位2%というのは高IQ団体の中では
極めてハードルが低い部類であって(だからこそ
会員数を確保できた唯一の成功例とも言えますが)、

たまに見る「天才集団MENSA」とかいう形容は
見聞きしていて、恥ずかしくなるものです、

その程度、天才でも何でもありませんからね…。

(1億人に1人すなわち上位0.000001%ならまだしも)

そもそもIQというのは「定義」によって変わりますし、
その曖昧とした数値で上位〜%かを区分するのは
その性質上、正確性を担保できないものです。

(実験者の想定する脳力値の定義によって変わるため)


ただ、実際に会合に来られる方々というのは
必然的に「変わり者」が多いので、面白いことが
比較的起こり易いというのは否定できません。

おそらく参加されている方々もIQがどうこうよりも
違った視点で会話できる人々との邂逅を求めて
気軽に参加されておられることと思います。


(うどんを愛するレベル上位2%の者だけが
 入会できる「うどんを愛する会」みたいな。)


私も顔を出していた頃は、参加者がほとんど
外国の方だったので、英語を話す好機にしていました。

(逆に、隠遁生活の今は、英語を話す機会がほとんど
 なくなったので トーク力は無きに等しいですけど…。)


MENSA に限らず、自分の資質を十分に伸ばしつつ
それを後進に還元していく団体なら素晴らしいと
思いますけれど、単なる表面的な数値を絶対視して
優越感に浸る者は、知的の対極にいることになります。


大学受験の世界で、全国最上位にあるならば
10万人〜100万人に1人の高学力と言えるでしょう、

しかし、「単なる数値」に奢ることなく
その高みから見えるヴィジョンを、還元する意志が
なければ、ただのテストマニアに堕してしまいます。

自分に自信がない時期において、肩書きや数値に
すがりたくなるのは人間の常ですけれど、

(実際、初対面の方に、肩書き・学歴・数値などが
 有効な自己紹介ツールとなることは多少あるものの、
 日本では爪を隠す方が良い場合も多いでしょう。)


他者に評価された「地位」「数値」ではなく
自らが規定・創造した「価値」に基づいて、

いかにして周りを笑顔に輝かせていけるか?
…という要素が、究極に在る「知性」と感じます。


…と、この記事を書き始めたのは20日(火)でしたが
今は24日(土)の日付になっています、不思議なことに。
(「中間値」をとって22日の更新にしておきます…。)


それでは、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 23:55| Comment(0) | IQ・知能

2012年10月11日

ボキャブラリー


皆さま、こんにちは。

ちょっと慌ただしくしてしまっていますが、
何だかんだで必要とされるのは光栄な限りです。

皆さまのご信頼に対して、深く感謝しています。

(それに見合う責務も痛感しますけれど。)


さて、以前ご紹介した Lumosity のゲームで
「Word Bubbles Rising」というものがあります。

これは、指定されたスペルに続く単語を、
時間内にタイプし続けるゲームですが、
(他にも文字数などのルールもあります)
案外なかなか有意義なものです。


漢字トレーニングで言えば、指定された部首を
持つ漢字を時間内に挙げていくといった感じです。

例えば、「 swe 」の場合については

sweet,sweety,sweetness,sweat,sweaty,
sweater,sweden,といった思いつき易い単語から
その複数形、比較・最上級、活用形を挙げていき、

それから、語彙力があれば swear,swede,sweep,
swept,sweeten,swell,swelter,swerve…と
挙げていくことになります(活用形も含めて)。


こう見ていくと簡単なのですが、制限時間内にいざ
挙げていけと言われると案外出てこないものもあり、

このゲームが「Flexibility (柔軟性・適応力)」を
高めるカテゴリーに含められているもの理解できます。

「cent」などは難しい部類に入るでしょうが、
「con 」など続く単語が多数にある場合であっても
語彙力がないと高得点は出ないものです。。

(英語ネイティブの人と判定が区別されないので)

…という感じで、負けず嫌いの人にはなかなか
良いトレーニングになることでしょう。

一瞬で柔軟に思い出さなければいけませんし、
もし次に「cent」が出たら完璧にしようとか、
「conc」が出たら…とか覚えていくものなので。

ゲームに限ったことではありませんが、
うまく接頭語・語源と関連付けていくと、
語彙力は飛躍的に増えていくと思います。

無味乾燥に単語集を覚えるよりは、楽しい方が
時間を忘れて取り組めるものなので。


…と、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 23:55| Comment(0) | IQ・知能