2014年05月09日

芸術との交響


皆さま、こんにちは。

連休的なものが終わりましたが、
有意義な日々を過ごされたでしょうか。

一般的な暦で動いていないので、連休という概念は
個人的に馴染み薄いのですけれど、人出が多いという
現象から間接的に「黄金週間」の習慣を実感しますね。


雑踏を避け、連休的なものが一段落した頃に
アート的な散策をのんびり致しておりました。

今回のセットメニューは以下の通り(今回もリンクは張っていません…)。

「特別展 医は仁術」 国立科学博物館@上野
石の世界と宮澤賢治」  〃
法隆寺 祈りとかたち」 東京藝術大学美術館@上野
バルテュス展」 東京都美術館@上野
「特別展 キトラ古墳壁画」 東京国立博物館本館@上野
開山・栄西禅師800年遠忌特別展 栄西と建仁寺」〃平成館@上野

こども展 名画にみるこどもと画家の絆 」 森アーツセンター@六本木
燕子花図と藤花図」 根津美術館@南青山
ルドルフ・シュタイナー展」 ワタリウム美術館@神宮前
ポルディ・ペッツォーリ美術館 華麗なる貴族コレクション展」Bunkamura@渋谷

「企画展:糖尿病の真実」 東大医学部・健康と医学の博物館@本郷
ジャコメッティとパリの版画展」 東大駒場博物館@駒場


・・・というアート内容です。

「ねこ・猫・ネコ」@松濤美術館
「富士と桜と春の花」@山種美術館
「大江戸と洛中」@江戸東京博物館
「オランダハーグ派展」@東郷青児美術館
「101年目のロバート・キャパ」@東京都写真美術館
 
…など見ておきたい企画展は他にもありましたけれど。


どの在り様でさえ趣深く、深い学びがありました。


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貝原益軒『大和本草』1709年刊
近代日本史上最高の生物学書・農学書。

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杉田玄白『解体新書』1774年刊

江戸の医から未来を眺める「医は仁術」展では
『解体新書』等の医学書古典から先端医療に至るまで

身分の貴賎なく万人に訪れ得る「病(死)」に対して
医学者や為政者が如何に世人を思い、立ち向かってきたか、

『「仁」とは "他を想う心" である。』と気付かされます。


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根津美術館庭園の「燕子花(かきつばた)」

国宝・尾形光琳「燕子花図屏風」と、
庭園散策しながら優美な「カキツバタ」を
のんびりと味わえる、初夏の根津美術館。


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約1,300年前のキトラ古墳壁画からiPS等最先端医学研究まで
短くも長い人世の営みの中、いつの世も変わらない、

「社会進化への献身」「子を思う親の慈愛」あるいは
「悲劇からの復興・復活への祈り」「生命への賛歌」。

全身全霊で「全き幸福を願い、平穏なる和を祈る」ことで
様々な材質・要素の中に「魂」が吹き込まれ「力」が宿ります。


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46億年の「地球の営み」を刻む鉱物たち(@科学科学館)と
人工的な都市光彩の上に輝く半月光のコントラスト。


「思考するときの私たちは、光の中を生きている」 とは、

R.シュタイナーの言葉ですけれど、その真意を
少しずつ実感・実践できているように思います。

(彼の著作に初めて触れてから15年は経つので…
 ようやく理解が及ぶようになれたかも知れません)



芸術との交響という観点では「料理」という総合芸術も
重要な位置づけとなりますが(医食同源と概ね言えますし)、
JG:Jean George tokyo の作品も趣深い味わいでした。


ニューヨークを拠点に世界的に有名なミシュラン3つ星シェフ
ジャン-ジョルジュ・ヴォンゲリスティン氏が今年3月12日に
日本初出店したフレンチレストラン:Jean George tokyo 。

アジア食文化に刺激を受けた"vibrant cuisine"
(活力溢れる料理)は、素材のエッセンスを引き出し
感動的な風味と躍動的な展開で魅了させてくれます。


今回の作品メニューはこちら(拡大表示されます)
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全て必然のご縁でしょうが、ほぼ貸し切り状態の中、
私1人の為にスタッフの方々が眼前で調理・解説して下さり
劇場型レストランの真骨頂を独占堪能できたのは天恵です。


料理とは、食材に敬意を払い、無限の組合せの中から
各々の持ち味を引き出して交響させるという総合芸術。

そして、その作品は料理人の手だけで完結するのではなく
食する者の姿勢・意識・感覚のメンテナンスによって
その芸術性の行方が大きく左右されるものです。


食材と料理人への敬意を持って、五感覚(あるいは六感覚)を
研ぎ澄ませて味わうと、素晴らしい料理はより真価を発揮します。

正統フレンチではなく、アジアンテイストの創作フレンチなので
好みが分かれるところではありましょうが、スパイスが効いて
濃厚な「動・激」と、優雅で繊細な「静・優」のテイストの
織り込み方は、個人的にとても趣深いものでした。

コースの締めは、マリアージュ・フレールの燻製茶
「Empereur Chen-Nung(エンペラー・チェン・ヌン)」

「神農帝:Empereur Chen-Nung 」は、医と農を司り、
民の為に医薬についての調査をし、処方を集大成して
東洋医学の基礎を固めたとされています。

「医と仁術」展でも、西洋の医聖ヒポクラテスと並んで
東洋の医神として資料展示されておりましたけれど、
茶の起源においても伝説となっている人物です。



鉱物・植物・動物・人物・神霊物・不可知物、
それらを繋ぐ「祈り」「敬愛」の神聖な交響。

各々時代という時間軸上の立ち位置を超えて、
物質的構成の統一(あるいは限界)を解き外して
より荘厳な音脈の中で、自身と響き合う感覚。

単なる「鑑賞」ではなく「同化・交響」するとき
そこに在るのは、美醜・真贋・新旧という相対性を超えて
ただ「今、在り難きが在る」ことへの崇敬のみです。



「審美眼」など、もはや重要ではなくなってきますけれど
教養素地として様々な知見を育んで来れたのも関係諸子の
御厚意・御温情の故と日々実感するばかりです。

(特に紅茶の知見については、教養深く聡明なお母様方の
 ご指導・ご手配の賜物に他なりません。。)



医師を目指して医学部に入られる生徒さんが必然的に多いですが
「自他を慈しむ心」を根本に抱いて、遍く必然と交響しながら
世を「癒す者」として進化して欲しいと願います。


久々に書いたので長くなりましたね…
今回はこの辺に致しましょう。

いつも本当にありがとうございます。


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2014年02月20日

芸術との同化


皆さま、こんにちは。

従来以上に御無沙汰しておりましたが、
有意義な日々をお過ごしのことと存じます。

(書き始め日から実際の更新まで更に空きましたが…)

2月中盤は全国的に雪となりましたけれど
その雪景色の中を「芸術の冬」という趣で
しばしの間、アート巡拝しておりました。

今回のセットメニューは以下の通り(今回もリンクは張っていません…)。

・「モネ 風景を見る眼」国立西洋美術館@上野
・「世紀の日本画 展」東京都美術館@上野
・「クリーヴランド美術館展」東京国立博物館@上野

・「シャヴァンヌ展」Bunkamura@渋谷
・「ラファエル前派展」森アーツセンターギャラリー@六本木
・「アンディ・ウォーホル展」森美術館@六本木

・「大浮世絵展」東京江戸博物館@両国
・「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義」三菱第一号美術館@丸の内
・「クリスチャン・ボヌフォワ展」メゾンエルメス@銀座


・・・というアート内容です。

「和歌を愛でる」@根津美術館、
「Kawaiiかわいい 日本美術」@山種美術館、
「サビーヌ・ピガール展」@シャネル銀座
 …など、見るべき作品は他にもありましたけれど。



「芸術の冬」に相応しく、清浄な心持で
「知性と感性」を荘厳に解放できました。

期待した以上に知的対話が楽しめたのは
「ラファエル前派」展、「モネ」展、

望外に趣深く、深い学びがあったものは
「クリスチャン・ボヌフォワ展」、


あとは 良い意味で予想通りという感じです。
(「全て」から良き学びが得られましたので。)


日本では初個展となる「クリスチャン・ボヌフォワ」の新作
《銀座の上空の黄道十二宮の星座》は、とても優しい空間でした。
参照:メゾンエルメス「ボヌフォワ展」サイト


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Auguste Rodin ,Burghers of Calais

雪の残る西洋美術館前庭の ロダン『カレーの市民』。

ウスターシュ・ド・サン・ピエールは、中世百年戦争の時代、
イギリス国王が1347年に英仏海峡を越えて同市を包囲した際、
他の5人の地位の高いカレー市民と共に人質としてイギリスの
陣営に赴き、カレー市と市民の生命を救ったのでした。


(引用元・「国立西洋美術館」解説ページ

6人の市民がそれぞれの絶望と苦悩の中、市の鍵を手に、
首に縄を巻いて裸足で市の門を出て行く群像の名作が、
雪の反射光で荘厳に照らされていました。


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アンディ・ウォーホルが自らペイントした「BMWアート・カー」
1979年式BMW M1 Group 4 Racing Version@ウォーホル展

個人的にクルマも好きなのですが、有名な作品です。
(今となっては時代を感じさせますけれども。)

M1は古いので運転したことがありませんが、
色々なご縁から興味深いクルマに乗る機会もあります。

感性を研ぎ澄ませてくれるクルマは確かに存在しますね。


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日本銀行も、雪の白でお化粧されていました。
よく眺める景色も、雪景色は格別に趣深いものです。

有名なお話ですが、日銀旧館は「円」の形をしています。


マンダリン・オリエンタルからちょうど眼下に眺めることができ、
場所的に外資・金融関係の方々も多いので、お金のパワースポット
と言われたりもするようですが、それは定かではありません。

ただ(個人的に)とても居心地がよい場所ではあるので
自ずと謙虚かつ穏やかになり、笑顔で他者に接することが
できる限り、自然と運気も高まるでしょう(金運に限らず)。

ただ、パワースポットとかあまり関係ないと思います、
どんな平凡な場所でも上記の心持を忘れずにいる限り、
その人がいる場所そのものが「パワースポット」です。

他者や他の場所からパワーを得るという思考よりは、
自らがパワーを高めて周りに返そうとする意識が大切かと。

そういう意識で生きていると、本当に多くの方々が
手伝って下さったり、味方になって下さいます。


(目に見えないあらゆる「縁」も不思議と繋がりますし。)


あと、教え子のお嬢様が東京で演奏される機会に
意図せぬ巡り合わせで同席出来たのも、至高の芸術的時間でした。

詳述すると個人情報に関わるので避けますけれど…
優雅に「世界」を飛翔して行って下さいますように。



・・・と、書き始めから随分と時間が経ってしまって
タイムリーではなくなりましたが、そんな感じで
冬のアート散策をしておりました次第です。


「同化(どうか)」とは、異なる性質・思想などが、
影響・感化されて同じになること。同じにさせること。

意図せずに、ふと訪れる何気ない気付きや閃きの数々が
まさに「芸術との同化」というべき至高の時空間を形成します。


「名画」「至宝」の前に立つ自分=「非・芸術」ではなく
むしろ「あなた」こそ「芸術」そのものと言われる時、

その内容は、森羅万象が「色・音・香・味・形」や
「雰囲気」を通して日々示していることと同じだと気づけます。


あらゆる意味で「同じであること」。

各々の個性と差異を尊重しつつも有機生命体としては
「本質的に同じ」であることを実感できた散策でした。



聖バレンタインデイも、国立2次試験も既に終えて
なんだかフワフワ生き過ぎな気も致しますが、

そのようなペースにお付き合い下さる皆さまには
心より感謝しています。私と関わった方々が
各々にとっての「在るべき道」に導かれますように。


いつもありがとうございます。


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2013年10月27日

芸術との邂逅


皆さま、こんにちは。

文字通り「芸術の秋」という季節柄、
こっそりアート巡拝しておりました。

今回のセットメニューは以下の通り(今回、リンクは張っていません…)。
(時間調整にご協力下さった方々に感謝申し上げます。)

・「システィーナ礼拝堂500年祭記念 ミケランジェロ展  天才の軌跡
・「ル・コルビュジエと20世紀美術
・「内と外(スペイン・アンフォルメル絵画の二つの『顔』)」
 (上記 全て)国立西洋美術館@上野
・「ターナー展」東京都美術館@上野
・「興福寺創建1300年記念 国宝興福寺仏頭展
  東京藝術大学美術館@上野
・「京都 洛中洛外図と障壁画の美」東京国立博物館@上野

・「カブリエーレ・ダンヌンツィオ生誕150周年記念展
  東京大学駒場博物館@駒場
・「バルビゾンへの道(山寺 後藤美術館コレクション)」Bunkamura@渋谷
・「渋谷パルコ40周年記念 シブカル祭。2013」 Parco Museum@渋谷
・「アメリカン・ポップ・アート展」国立新美術館@乃木坂
・「スヌーピー展」森アーツセンターギャラリー@六本木

・「グレン・グールド展」カナダ大使館(高円宮記念ギャラリー)@赤坂
・「国宝『卯花墻』と桃山の名陶」三井記念美術館@日本橋
・「モローとルオー 聖なるものの継承と変容 」汐留ミュージアム@汐留


・・・というアート内容です。

「印象派を超えて 点描の画家たち」@国立新美術館
「近代への眼差し 印象派と世紀末美術」@三菱一号館美術館
「カイユボット展 都市の印象派」@ブリヂストン美術館
フィレンツェ・ピッティ宮近代美術館トスカーナと近代絵画」@損保ジャパン東郷青児美術館、
スミルハン・ラディック+マルセラ・コレア展」@メゾンエルメス


…などなど、まだまだ見るべき展覧会は枚挙に
暇なしですけれど、年内まで開かれている場合も
ありますから、時間が取れれば?という感じですね。。



さて、「芸術の秋」に相応しく、質量ともに
本格的に「知性と感性」を自由に解放できました。

全てにコメントを付すのは長編化しますので
(数回に分けて更新するという手もあるとしても…)
とりあえず知的に高揚したものを挙げてみます。

期待した以上に 知的対話が楽しめたのは
「ターナー展」、「モローとルオー」展、

それほど期待をしていなかったけれども
望外に趣深く、深い学びがあったものは
「ダンヌンツィオ展」、「グールド展」、


あとは 良い意味で予想通りという感じです。
(「全て」から良き学びが得られましたので。)

「ダンヌンツィオ展」も「グールド展」も政府等の
研究助成があるためか入場無料ですが、来場者が
ほとんどいなかったので、ゆっくり思索できました。

「ダンヌンツィオ展」の解説論集も無料ながら、
東大のダンヌンツィオ研究論稿で知的作品でしたし。

ダンヌンツィオは政治思想・政治活動において
イタリアファシズムの先駆と見做される面もありますが、


夏目漱石や芥川龍之介も話題に取り上げていたり、
三島由紀夫にも深い影響を与えるなど、日本文学とも
意外な繋がりがある文学者・芸術家でもあります…。



また「グールド展」も素晴らしいものでした、

ドキュメンタリー映画『Glenn Gould's Toronto
(グレン・グールドのトロント)』(1979年)が公開されていて
(グールド研究者・宮澤淳一教授(青山学院大)監修の字幕で、
 グールド生誕80年&没後30年に当たる2012年に公開された版)


知的かつ饒舌に都市トロントを語るグールドに
親しみを覚え、演奏とは違った魅力を感じさせます。

ちなみに、グレン・グールド(Glenn Herbert Gould,
1932.9.25〜1982.10.4 )は カナダのピアニストで、

真夏でも厚手のコートとマフラー、手袋を離さず、
極度の人間(世俗)嫌い、絶対に水道水は飲まない、
極めて少食で 少量のビスケットとフルーツジュース、
サプリメント(ビタミン剤など)しか摂らなかった…

などなど、非凡な習性や奇行の数々でも有名ですが、
彼の音は今なお世界を惹きつける 天才音楽家です。


映画中でも、太陽の光や鮮やかな色が苦手なグールドは、
「私の信条は『輝きの場を信ずることなかれ』だ」と語り、

「6歳の時に、私は人間より動物と会話する方が
向いていると理解した」、「12歳で人類の自滅を
テーマにしたオペラ『蛙と変容』を書いた」と微笑みます。

リヒャルト・シュトラウスの交響詩『死と変容』の原題
「Tod und Verklarung」のTod(死)とToad(ヒキガエル)
の言葉遊びをかけていますが、ユーモアあるお話です。


G.マーラーの歌曲集「子供の魔法の角笛」より
「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」を牛の前で
歌った時の「心」が通った感覚、あれ以上の聴衆はない…
と言いながら、動物園の象たちに同じように歌いかけたり。。

プロコフィエフ「ピアノソナタ第7番」のエピソードでは、
「プロコフィエフといえば家庭教師先のお嬢様が 先日に
弾いて聴かせてくれたなぁ」と余計に趣深くありました。


…と、グールド展の内容で埋まってしまいそうですが、

夜行性だったり、極小食だったりする習慣的にも
個人的に共感する発言が多く、知的な時空でした。

まあ、グールドに関しては 「名言の英語」等で
改めて取り上げたいと思います、書き切れないので。


あとは・・・どの会場も素晴らしかったものの、
「ターナー展」「モローとルオー」展 は秀逸でした。

風景画の中に「崇高」を描き切らんとする
ターナーの精神性を、多くの作品から感じられます。

「モローとルオー」展は「聖なるものの継承と変容」
という副題にあるように、師モローと弟子ルオーの絆、
師から弟子への親愛など、受け繋がれた精神について
また違った視点から深く考えることが出来ましょう。


(図録も見応えがありますので、御希望の方にはお貸しします。)

最後に、「スヌーピー展」。実のところを言いますれば、
スヌーピーは好きです(スヌーピー派の母親の好みか、
幼稚園の持ち物などスヌーピーグッズだった影響で)。

哲学的に深い話も意外と多いのがスヌーピーの世界。

まあ、図録はピーナッツの作品をふんだんに収録し
ゆっくり読み返せますので2,500円は安いと思いますが、
企画展自体2,000円の価値があるかどうかは微妙。。

図録や原作で予習してから原画に触れないと
大きな感動は得られないでしょうね。。


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ヒルズ自体、ハロウィン・ムードで可愛かったです。

ミケランジェロの「キリストの磔刑」も、興福寺仏頭も、
洛中洛外図屏風も、国宝『卯花墻』茶碗も、言わずもがな。


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現代都市の彩光の美はそれはそれで趣深くありますし、

『シグネチャー』の料理も、眼耳鼻舌身の五感だけでなく
精神的にも味わえる芸術作品でありました。


「邂逅(かいこう)」とは、思いがけなく出会う、
偶然の出合い、巡り逢い、のこと。

意図せずに、ふと気づかされた芸術的な瞬間の数々が
まさに「芸術との邂逅」というべき至高の時間に思えます。


それは「名画」「至宝」の前に立つからではなく
日々あらゆる瞬間でさえ実感できるもので、

むしろ、小さな瞬間に敬意を払っているからこそ
至高の瞬間に気づける…というのが真理でしょう。



…と、長い割に内容に乏しいですが、また追々に。
今回はこの辺りで終わっておこうと思います。

いつも温かいおもてなしを下さり、
本当にありがとうございます。

皆さまとお会いするのも、芸術との邂逅です。


posted by laluz at 23:55| Comment(0) | アートな話

2013年07月25日

芸術との対峙


皆さま、こんにちは。

もう夏休みの時期ですね、すでに夏季休業に入った人や
まだまだ学校が続く人、いや夏休みなんてものは建前で
補習や特別授業の連続で休みなど存在しませんよ…と言う人、

学校・学年で様々でしょうが、各々有意義な夏で
雄大に進化して下さればと思います


さて、夏休みも例年通り 授業依頼は詰んでいますが、

(先生の時間が許す限り毎日でも授業をお願いしたいと
 仰って下さるご家庭も例年少なからずおられるので、
 暇な夏はありませんけれど…光栄に思うばかりです。)


夏休みの境目に、所用がてらアート巡拝して来ました。

<遊ぶ>シュールレアリスム」東郷青児美術館@新宿〜8/25
ルーヴル美術館展」東京都美術館@上野〜9/23
和様の書 」東京国立博物館@上野〜9/8

プーシキン美術館展」横浜美術館@横浜市〜9/16
アンドレアス・グルスキー展」国立新美術館@六本木〜9/16
レオ・レオニ 絵本の仕事」bunkamura@渋谷〜8/4

おかねの材料とつくりかた」日本銀行貨幣博物館@日本橋
色を見る 色を楽しむ」ブリジストン美術館@京橋〜9/18
浮世絵 Floating World(第二期)」三菱一号館美術館@丸の内〜9/8


「ハリーポッター展」も六本木ヒルズであり、
少し覗いてみようかなとも考えましたが、残念ながら
作品を詳しくは知らないので止めておきました…。


(空想の魔法世界ではなく「現実世界」での魔術論なら
 実際に知力と敬意を以て接していたりしますけれど。)


他にも、色々と秀逸な展覧会などはありましたし、
(「マリーアントワネットと東洋の貴婦人」@本駒込、
 「『深海』展」@上野などは本来行く予定でした…)


芸術に優劣を付けられるものでもありませんが、
「展覧会」の質・本気度という見地で秀逸なのは
文句無しに「 和様の書 」展 でしょうか。

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「三跡(小野道風、藤原佐理、藤原行成)」の
高貴で優美な書の数々を拝見できるのみならず、

国宝『御堂関白記』の「藤原道長」書跡を筆頭に
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など天下人の書体を
実際に見比べながら読む機会というのは貴重でしょう。


「書」の成りは「人」の成りを表すと言われます。
名だたる大器が、何を想いながら筆を運んだのか。

奥方や孫娘へのいたわりを示す消息文では
天下人の前に「男」としての温かみを感じます。

時空を超えて天下人たちの書跡が「そこに在る」
(『御堂関白記』は1000年の時を超えています)

悠久な時筆の流れと、和歌集など和文化の雅を
趣深く感じられる知的な特別展でした。



和様に劣らず心躍ったのは「レオ・レオ二」展、
(昨年末、京都でも開催されていたようですね?)

『スイミー』で有名な絵本作家ですけれど、
私も 幼い頃から大好きな作家の1人です。


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「フレデリック」(c)1967, renewed 1995 by Leo Lionni
/ Pantheon Works by Leo Lionni, On Loan By The Lionni Family

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「アレクサンダとぜんまいねずみ」(c)1969, renewed 1997 by Leo Lionni / Pantheon

美しい想像の世界を作り出し、読む人たちを
魅惑的な空想の旅へ引き込んでしまう「色の魔術師」。

絵本の原画が展示されていて、絵本では現れてない繊細な
切り絵原画のニュアンスなど、愛読家なら癒されましょう。

大人になって読んでも得るところが多いですし。

絵本スペースではレオ二の絵本が誰でも自由に
読めるようになっていて、実際に小さな子とお母様が
ご一緒に読まれているのは微笑ましく思いました。

私も 絵本はよく読み聞かされて育ちましたし、
どの子も健やかに聡明に育って欲しいと思います!



「グルスキー展」も高度に知的な空間でした…。

地球上に存在する写真の中で最高額(4億3000万円)が
付けられた現役写真家グルスキー、という形容文は
氏の芸術性を 俗的にも受け入れやすくするとしても、

日常の中の非日常、世俗の中に潜む崇高性、
あらゆる視点の集積(神の視点さえ!)

それらと哲学的に対話していくのは集中力が問われます。


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ANDREAS GURSKY「カミオカンデ」2007
/ JASPAR, 2013 Courtesy SPRÜTH MAGERS BERLIN LONDON


とりあえず実際の圧倒的なスケール感は
縮小画像や図録サイズでは全く伝わりませんけれど、

日本での初個展ということで3500円と良心的価格
だった図録(写真集)は買っておきました。というか、
展覧会図録は反芻資料として原則持っておく主義ですが、
さすがに膨大になって書庫スペースに困ります…。


グルスキーに感化されて撮ってみた構図。

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「ガラスで隔たれた空間は ガラスで統合される」2013(c)ラルースの塔


アングル『聖杯の前の聖母』@プーシキン美術館 は
言うまでもなく神々しい美しさです( 「美しい」と
表現することすら怖れ多い存在ではありますけれど…)


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ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル≪聖杯の前の聖母≫1841年


「人間」という永い試みは、それ自体において
「芸術」であり「至芸」でありましょう。

教え子の中には、上記至宝より私を感動させる
アート作品を作った子もいます、非凡な観察眼で。

国宝・名画といった「芸術」と対峙・対話するのは
それはそれで掛け替えのない知的邂逅ですけれど、

全ての生命そのものが「神の芸術」であるなら
どの不完全な現れ方でさえも学ぶところはあります。



アート巡礼のみならず、日々のどの瞬間においても

「芸術」との対峙・対話が隠されていることに
そして「善き指針」を与えられていることに

心からの敬意と感謝を申し上げるばかりです。



いつも本当にありがとうございます!


posted by laluz at 23:55| Comment(0) | アートな話

2013年05月25日

芸術との対話


皆さま、こんにちは。

中間考査の時期ですね、もう終わった人も
これからだという人も、学校で様々ですけれど、
各々進化してくれているようで嬉しく思います。


さて、お昼で終わる試験日や中休みに振替する等で
まとまった時間ができると、ふらりと散歩をします。

お散歩というよりはアート巡拝という趣ですが、

オディロン・ルドン 夢の起源」 東郷青児美術館@新宿
レオナルド・ダヴィンチ展」 東京都美術館@上野
国宝 大神社展」 東京国立博物館@上野

東大 古生物学 130年の軌跡」 東大総合研究博物館@本郷
フランシス・ベーコン展」 東京国立近代美術館@竹橋
貴婦人と一角獣展」 国立新美術館@六本木
LOVE展・アートにみる愛のかたち」 森美術館@六本木


…という内容で、混沌とした35時間を過ごしておりました。

「牧野邦夫―写実の精髄」@練馬区立美術館、
「『もののあはれ』と日本の美」@サントリー美術館、
「夏目漱石の美術世界展」@東京芸術大学美術館、
(特に牧野展)を鑑賞できなかったのは惜しまれます…。


各々について学んだことやコメントを付すには長くなりますし、
秀逸な芸術ブログも多くありますから、それは止めておくとして。

芸術との対話は、敬意をもって心から行う方針のため
あまり多く詰め込み過ぎると精神感応の疲労を覚えますが、
あえて混沌とさせた時間の中でこそ閃く何かもあります。

「大神社展」では、文字通り「国宝」「神器」が連ねられ、
古墳時代4〜5世紀「方格規矩鏡」「三角縁神獣鏡」、
5〜6世紀「人物画像鏡」や「海獣葡萄鏡」などなど
日本史で学ぶ伝説の銅鏡たちに目を奪われます。


東京会場は6月2日までですが、来年2014年1月15日から
3月9日まで九州国立博物館にも来るようなので、
機会を作って再見しておきたいところです。。


「ダ・ヴィンチ展」が学術的に 「ベーコン展」が激情的に
秀逸なコレクションであったのは、予想通りとして、
「東大古生物学」の展示は、予想外に有意義でした。

(本郷に訪れても、博物館まで中々寄れなかったので)

比較的長期に展示していたことも影響しましょうが、
とりあえず鑑賞者が誰もいなかったので。異質空間の中を
(常設展示の「人骨」「頭蓋骨」の群れもありますし)
コツコツと靴音を響かせながら、自由な思索が巡ります。

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原初の生命に連なる欠片を、光が幻想的に照らします。

荘厳な生命の連脈を、創造主のような心持で慈しみながら、
今までの進化と「これからの進化」を考える時空のよう。


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「LOVE展」の作品「草間彌生《愛が呼んでいる》2013 」

六本木ヒルズ10周年記念という「LOVE展」、
その頃は当地にいたので、巨大な電動回転ドアが
不幸な事故を起こしてしまい、撤去されたりした事も
10年前なのだと思うと、東大の古生物化石のように
時空間の歪みさえ感じてしまいますね。。


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「初音ミク @ miku cafe 」です。

2007年8月に世に出された「歌を歌うソフトウェア」の
キャラクター「初音ミク」も、発売前から生徒の子とか
色々と教えてくれていたので、世界的広がりを見せた今を
感慨深く思います、人気者になって良かったぁ的な。


会場内壁に記された哲学者や芸術家たちの
「愛」に関する言葉たちも印象的でした。

「 愛とは異質なものの中に共通性を見出す力である 」 T.アドルノ

「 愛は 2つの体に宿る1つの魂である 」 アリストテレス



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「貴婦人と一角獣 &ゴンチャロフ」コラボのチョコ。

お世話になっている方へのプチみやげに?と思うも
そのような方々は、YVAN VALENTIN, PASCAL LEGAC,
PIERRE MARCOLINI,JEAN-PAUL HEVIN...などを
私に下さるのに不相応だろうと思い留まりましたが…
(既にご覧になっている可能性もありますし)

缶ケース入りなので、記念に残るお品と思います。

6連作タピスリー「貴婦人と一角獣」の第6面
『我が唯一の望み』がケースに描かれていますが、

「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」に続く
第6面 「我が唯一の望み」は、何を意味するのか?

五感を統べる第六の感覚である「知性・精神」、
あるいは、愛や結婚といった意味も暗示されましょう。


手に持った宝石を、貴婦人は「箱に仕舞う」のか?
それとも「これから身につける」のか?

それらの解釈が「謎」であり、観る者の心境・視点に
委ねられるからこそ神秘的・魅力的なのでしょうね。

この「貴婦人と一角獣」、東京展は7月15日までですが、
その後は7月27日〜10月20日の大阪展があります。


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最後に…ルドン 最期の未完作『聖母』。

サルヴァドール・ダリ『ポルト・リガトの聖母』も
LOVE展に来ており、ひときわ「魂」を放っていましたが、

ルドンの「聖母」は、とても柔らかな色彩で。
戦地に赴いた息子の無事を祈りながら描いた作品らしく
本当に優しい祈りが観ているものに伝わってきます。


白地部分の空白がまた余韻を残していて、
ある意味ここで完成だったのかもしれません。

あるいは、

「我が唯一の望み」の解釈が各々に委ねられているように

 ルドンの『 聖母 』の余白も、各々がそれぞれ祈りや
 愛で満たしていくよう委ねられているかもしれませんね。



…長くなりましたので、終わりましょう、

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 02:00| Comment(0) | アートな話

2013年01月16日

Diamond


皆さま、こんにちは。

14日は「成人の日」でしたね(遅ればせながら)、

国民の祝日に関する法律・第2条によれば
「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こう
とする青年を祝いはげます」日だったわけですが、

元生徒の子たちから近況連絡などもらうと、
いつも以上に「時の流れ」を不思議に感じます。


ご家族、特にお母様にとって20年という歳月は
格別のものに感じられると推察致しますが、

それぞれの時を、今まで以上に誇り高く
謙虚に進化して欲しいと願っています。


大きな圧力の中で、じっくりと自らを凝縮・完成させる
という意味で、人生はダイヤモンドの形成に似ています。


ダイヤモンドという鉱物は、学術的にも趣深く
個人的に知的興味を惹かれる対象の一つです。

(親の影響も多分にあると思いますけれど)

生徒さんでも女の子はジュエリーに興味がある場合も
少なくはないので、宝石の本など貸すこともありますが、
審美眼というのは高尚な知力の一つだと思いますね。

モース硬度10、地球で最も硬い天然物質。

(人工物質では、ダイヤモンド・ナノロッド凝集体
[ADNR:Aggregated diamond nanorod]いわゆる
ハイパーダイヤモンドの方が硬いとされます。。)


地球が、何千万年〜何億年以上もかけて形成する
悠久の時を思うと敬意を払わざるを得ません。


まあ、地球から約40光年という至近距離には
「かに座55番e星(55 Cancri e)」という
ダイヤモンドで覆われた星もあるものの、


人間など生命を生息させつつ、ダイヤモンドも
育んでいる地球という惑星は、奇蹟的な星です。。

永い時間をかけてダイヤモンドが形成されていくように
(条件が整わないと、ただの黒鉛にしかなりません)、

人間も時間をかけて、人格が完成されていきます。

そして、運命によって適度に研磨されつつ、
輝きを増していく点も、よく似ているでしょう?



…と、あまり長くなると更新できないので、
今回はこの辺にしておきます。

(その代わり、興味深い動画を載せておきます。
 前者は英語ですが、リスニング練習を兼ねて下さいね…。)


.How GIA Grades Diamonds


.TOP 10 BIGGEST DIAMONDS OF THE WORLD



それでは、また次回に。

いつもありがとうございます!


posted by laluz at 23:55| Comment(0) | アートな話

2012年06月20日

「さそりの火」


皆さま、こんにちは。

不規則・変則的な更新が続いていますが
いつもご訪問下さりありがとうございます。

季節外れの台風などありますが
お変わりありませんでしょうか?


記事の草稿などは空き時間に軽く書いている
のですけれど、どうもピンとこない時が多く
ちょっと未更新の回が増えていますね。。


さて、自宅近くでネズミの亡骸を見ました。

亡骸と言っても、頭部と内臓の一部だけの
見る形もなき哀れな姿でしたけれども、
どうやら猫などに捕食されたのでしょう。

ハエがたくさん舞っていましたが、
その頭部は不思議と安らかに見えました。

苦痛に歪んでいるのではなく、
ある意味「可愛らしい顔」に。

その姿を見て「蠍の火(さそりのひ)」を
思いだしたので、これと言って有益なものでも
ないでしょうが、それを書き述べておきます。


「さそりの火」作詞:宮沢賢治(童話「銀河鉄道の夜」より)

 あれは何の火だろう あんな赤く光る火は
 何を燃やせばできるんだろう

 あれはさそりの火だよ さそりが焼けて死んだのさ
 その火が今でも燃えていると言う

 むかしのバルドラの野原に一匹のさそりがいて
 小さな虫やなんか殺して食べて生きていた
 するとある日、イタチに見つかり食べられそうになった
 さそりは一生懸命逃げた

 けれどもとうとうイタチに押さえられそうになった
 その時、前にあった井戸に落ちてしまった
 どうしても上がる事が出来ずに さそりは溺れはじめた
 その時、さそりはこうお祈りした

 ああ、私は今まで幾つもの命を 奪い取ったかわからない
 そして今度は私がイタチにとられようとした時、
 あんなに一生懸命逃げた

 それでもとうとうこんなになってしまった
 どうして私は私の身体を
 黙ってイタチにくれてやらなかったろう
 そしたらイタチも一日、生きのびたろうに

 どうか神様、私の心をごらん下さい
 こんなに虚しく命を捨てずに
 どうかこの次には誠にみんなの幸いの為に
 私の身体をお使いください

 そしたらいつかさそりは 自分の身体が真っ赤な
 美しい火になって燃えて 夜の闇を照らしているのを見た
 その火が今でも燃えていると言う

 どうか神様、私の心をごらん下さい
 こんなに虚しく命を捨てずに
 どうかこの次には誠のみんなの幸いの為に

 僕はもうあのさそりのように
 本当にみんなの幸いの為なら
 僕の身体なんか 百ぺん焼いてもかまわない



安らかに眠るにはハエが煩そうだったので、
地に還れるように埋めてあげました。

それが「正しいこと」かどうかは分かりませんが、
(ハエたちの食事を邪魔したとも言えますし)

その小さなネズミの安らかな顔は
終生、覚えていることでしょう。

(些細なことでも忘れない体質なので)

私にできるのは、遍く生死の連鎖の中で
在り難き「今」を楽しむだけですが、

いつも変わらぬ皆さまのご厚意に
いつも感謝しています。


それでは、今回はこの辺で。



posted by laluz at 23:30| Comment(0) | アートな話