2020年09月04日

2020年9月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年 第8番の月も過ぎました。
2020年の約67%を終えたとは速いものですね…



大空に 群れたるたづの さしながら
思ふ心の ありげなるかな




『拾遺和歌集』284番 伊勢の御 の和歌です。

「たづ」とは「田鶴」=「鶴」のこと。


大空に群れて飛ぶ鶴も 一つの方向を指して行く…
さながら彼らにも思うところがあるかのようだ


この和歌を詠んだのは祝賀の意だったので
「思うところ」は「祝賀の心」を意味します。

現代社会はコロナ禍で、祝賀ムードには
なりにくい世情ではあるましょうが…


ただ、気持ちの持ちようは「人生の浮沈」も
左右しますからね、内心では幸福感を持ちつつ
日々生きていくのに越したことはありません。

そういうわけで、「鶴」はともかく
日々の何気ない「事象」においても
ああ、何かを祝っているのかなぁと
穏やかな心持で過ごして参りましょう。



「2019年9月の始まり」でも述べましたが
自身の「心」が、鏡のように世に映る
という信じがたい真理を、改めて考えるに
「秋」というのは相応しい季節ですからね。


それでは、今回はこの辺で。

素晴らしい9月の日々をお過ごし下さい。


(今月も情勢が許す限り 16日前後に
 もう1回更新できれば良いなと思っています)
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2020年08月04日

2020年8月の始まり


皆さま、こんにちは。

2020年 第7番の月も過ぎました。
2020年の約58%経過したわけですけど、
例年より遅い梅雨も明けました。

今季も洪水被害が各地でありましたし、
試練の日々が続く昨今ではありますが、
お変わりなくお過ごしでしょうか。




ありとても たのむべきかは 世の中を
 しらする物は 朝がほの花


(いま生きているからと言って、明日も無事だとは限らない。
それを教えてくれるのは、あの朝顔の花です。)



和泉式部 『後拾遺和歌集』0317

アサガオ(朝顔、牽牛花)は、ヒルガオ科
サツマイモ属の一年性植物
(学名: Ipomoea nil、英名: Morning glory)。

日本自生の植物ではなく、奈良時代末期〜平安時代に
遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものに由来します。

『万葉集』で詠まれる「朝顔」は、我々が知る
アサガオではなく、桔梗(キキョウ)・槿(ムクゲ)
を指すというのが通説です。


さて、今回の和歌は平安中期に詠まれているので
アサガオの可能性が高いですが、和泉式部が
想定しているものがそうかは分かりません。

ともかく「アサガオ」は一日どころか
朝の午前中だけ咲いた後は枯れてしまう
「一日花」なので、儚さ(はかなさ)を
表す花として芸術に取り上げられてきました。

和泉式部の和歌も、ストレートに
世の儚さを詠んだものですが、
文字通り「真理」を突いたものです。

コロナ禍であったり、洪水などの天災で
いつ何が起こるか分からないのが世の常。

だからこそ「今」という掛け替えなき時を
敬意と感謝の念で大切にできるとも言えます。


まあ、あまり「しんみり」とするのも
生産的ではありませんが、前向きに
歩んでいく上でも「日々の非代替性」は
念頭に置いておくことが大切ですよね。


コロナ禍は収束まで程遠く、異常気象と
言うべき気候変動も今後続くだけでなく、
各々にとっての試練も適宜あるものと思いますが、

過ぎ行く「時間」に敬意を払いつつ、
夏の日々を歩んで参りましょう。

それでは、今回はこの辺で。


いつも本当にありがとうございます。



(今月も世界情勢が許せば 16日前後に
 もう1回更新しようと思っています)

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2020年07月06日

2020年7月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年 第6番の月も過ぎました。
2020年の半分が経過したことになりますが
今年は異常事態に近いですからね…
諸事順調とは行きにくいかもしれません。

それでも与えられた日々を感謝しながら
2020年後半も自身を高めて参りましょう。


※途中まで書いたままバタバタと7月6日となってしまいました…
 平常なら遅くとも5日には更新できているので
 チェック下さった方にはお手数おかけしてすみません!





一年に 一夜と思へど 七夕の
 逢ひ見む秋の かぎりなきかな



(ひととせに ひとよとおもへど たなばたの あひみむあきの かぎりなきかな)

(一年にたった一夜と思えても、七夕の出逢いは限りなく永遠に繰り返されるものよ。)



『拾遺和歌集』巻第三秋歌150番
紀貫之(866年or872年頃?〜945年6月30日?)の和歌。

7月7日は七夕ですが、本来は旧暦で考えるので
2020年では8月25日が本来の「七夕」です。
「秋の歌」であるのはそういう事情ですね。

現代では新暦7月7日に七夕祭りを
行ったりするので、良しとしましょう。

七夕は「織姫と彦星の夫婦が1年に1度
7月7日だけ会うことを 天帝に許されている」日。

夏の大三角形を構成する「こと座のベガ=織姫」
「わし座のアルタイル=彦星」とされています。

一年にたった一夜しか会えないなんて!
と思っても、毎年変わることなく限り無い時を
共有することに思いを馳せた作品です。

美しく壮大な和歌ですよね。


「人間の時間尺度」で考えれば
一年でたった一夜しかないと言うのは希少に思えます。

ただ、よくよく考えると「一年で一夜」どころか
「一生に一度だけの機会」なんて意外とあります。


受験・就職・採用試験なども「一年に一度」
どころか「一生に一度のチャンス」を
活かさないと行けなかったりします。

失敗して再挑戦できる場合もありますが、
毎年無限にやってくるわけではありませんし。

恋愛・結婚などにおいても
たった一度のボタンの掛け違いで
「縁」が解けることもあるでしょう。


そうしてみると「七夕」の二人のように
悠久の時を生きられない人間においては
より一層「その時その時」が貴重に思えます。

「一期一会」の出会い・チャンスなりに
敬意を払って存分に活かすことが大切です。



もちろん、失敗しても何度も挑戦し続けられる
性質のものも多いですが、そうはいかない場合も
意外と多いのが人間社会。

「幸運の女神」には前髪しかないなどと
あまり美しくない喩えで語られますが、
「一期一会」の「機会」は一生に一度しかない
と心得て、敬意を払って対峙することに通じます。

…と、今回の和歌の本意とはズレますが、
夏の星々を眺めながらも、中心軸はぶれないように
一つ一つの機会を活かして生きたいものですね。


それでは、今回はこの辺りで。


コロナ禍中の夏を迎えますが、
打ち克つべきモノは「自ら」のみです。
万全に対策は行いつつも澄み切った精神で
7月を楽しんで下さいますように。



いつも本当にありがとうございます!


(今月も情勢が許せば 16日前後に
 もう1回更新しようと思っています)


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2020年06月06日

2020年6月の始まり


皆さま、こんにちは。

2020年 第5番の月が早くも過ぎ、
2020年の約42%が経過しました。

※今回更新が遅くなってすみません…


「ラルース進学塾」も皆さまの温かいご支援の下で
9年間という時を存在していることになりました。

ひとえに各方面各位のご厚恩を賜った故と
心より御礼申し上げる次第です。

毎年 同じことを書いておりますが
「進学塾」というより「進学会」と称した方が
実態に適うところですけれど、


引き続きご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。





わが門(かど)ゆ 鳴き過ぎ渡る 霍公鳥(ほととぎす)
 いや懐かしく 聞けど飽き足らず


我門従 喧過度 霍公鳥 伊夜奈都可之久 雖聞飽不足
[毛能波氐尓乎六箇辞闕之]


我が家の門を鳴きながら飛び渡る霍公鳥は、
ひときわ心に染みて いくら聞いても飽きることがない。


『万葉集』 巻19-4176 大伴家持

[毛能波氐尓乎六箇辞闕之]とあり
「も・の・は・て・に・を」の六つの助詞を
 使わずに作ったものと言う意味です。

ちなみに4175番は・・・

霍公鳥 今来喧曽无 菖蒲
可都良久麻泥尓 加流々日安良米也 [毛能波三箇辞闕之]

霍公鳥今来鳴きそむ あやめぐさ 
 かづらくまでに離るる日あらめや


…で、「も・の・は」3詞を欠くものです。


4176番は使用頻度が高い助詞6つを使わずに
詠む「遊び」といったところでしょうか。

和歌の世界には「〜を題して詠める」とあって
五七五七七の句頭で「その御題の単語」を
組み入れるなど「知的な遊び」も見られます。

大友家持の「才」の現れで済ます方もいれば
「単なる遊戯」ではなく「何かの暗号」ではないか?
…と、読み込む研究者・探究家の方もおられ、
いずれにせよ「奥が深い」和歌です。


この歌の情景は、初夏の平穏そのものです。
何でもない情景ですが、毎年変わらない、
いやもっと長い期間繰り返される季節感。

本質的に「変わらない」ものなどありませんが
だからこそ「平穏に繰り返される日常」は
世人にとって 掛け替えなく愛おしいものです。



平穏でなくなった時には、その「価値」が
より実感できることは、昨今の混乱情勢で
多くの人に当てはまるでしょう。

人間社会も「平穏さ」を取り戻しつつありますが
蒸し暑くなる季節で体温調節も難しくなってきます。

「健康」についても出来る限り
「平穏のまま」を保てるように
自律管理して参りたいものですね。


兎も角も 長くお付き合い下さっている方々だけでなく
あらゆる面でご支援下さっている各方面の皆々様に
改めて節目の感謝を申し上げる次第です。

いつも本当にありがとうございます。


(今月も情勢が許せば 16日前後に
 もう1回更新しようと思っています)

posted by laluz at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2020年05月05日

2020年5月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年第4番の月も過ぎていきました、
2020年の約33%が早くも経過しましたが…

やはり今までにない異常事態なので
時間・季節感もズレますよね…


…毎月4日にはアップしているところ
今回ちょっと間に合いませんでした。
ご訪問下さった方ありがとうございます。




けふもけふ あやめもあやめ変らぬに
 宿こそありし宿とおぼえね



(去年と同じ5月5日の今日、見る菖蒲も同じなのに
 人がいなくなった家だけは 同じと思えないものだ…)


『後拾遺和歌集』213
 伊勢大輔(いせのたいふ)の和歌。
(中古三十六歌仙の一人)


昨年度は「元号も新たに祝賀ムードですね」
と述べたのが、不思議なくらい静かな5月です。

街並みも「人が少なくなって」
同じ日、同じ景色でも、同じ街とは思えない
…という心境に近いものがあります。

コロナ感染リスク以上に、生活に困難を極めて
おられる方々もいらっしゃると思いますので
あまりなことは申し上げられませんが…

全ては必然として、この大変動の機に
社会の膿を出し切っていくしかありません。


個人的には 趣味を兼ねて 新しいことを
始めたので、なかなか有意義な日々です。

嘆いても仕方ありませんし、全ては移り行き
変わらぬものは何もない世界ですので、
然るべき流れを読みながら生きていきましょう。

それでは、今回はこの辺で終わります。


長いお付き合いをさせて頂いている皆さま、
新しくご縁ができた方々の諸々の御配慮にも
併せて深く感謝申し上げます。

5月の緑風が 細やかな至福をもたらすことを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。



(今月も世界情勢が許す限り 16日前後に
 もう1回更新できれば良いなと企んでいます)

posted by laluz at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2020年04月18日

更新に代えて(4月)


皆さま、お疲れ様です。

今月も更新できるかどうか微妙でしたが
中旬に更新したい旨を記載していたので
チェックして下さった方にはお詫びします。

遅ればせながら簡単なご挨拶だけ。

コロナウイルスが収束気配がない現状、
皆さまご不便されておられると存じます。


わたしたちは踏みなれた生活の軌道から放りだされると
もうだめだ、と思います。が、実際はそこに、
ようやく新しいものが始まるのです。
生命のある間は幸福があります。

トルストイ
(ロシアの小説家、思想家 / 1828〜1910)



なかなか大変な日々を過ごされている方も
多いかもしれませんが、それも全て人生の
紆余曲折と思いつつ、それぞれの幸福感を
改めて考えてみる機会と捉えましょう。


それでは、本当に簡単ながら更新に代えて。
いつもありがとうございます。

posted by laluz at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2020年04月05日

2020年4月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年 第3番の月も過ぎていきました、
2020年の約25%が早くも終えたわけですが、

今年はコロナウイルス禍で 例年のように
春を満喫するという機運ではないのが心苦しいです。


闘病されておられる方はもちろんのこと、
現場で文字通り砕身粉骨日々支えて下さる
医療関係者の皆様に一刻も早く安らぎの時が
訪れるよう心から祈るばかりです。

悲観的なことは言うべきではありませんが
さすがに数日で収束するものではないので
(むしろ拡大する可能性の方が高い…)
皆様くれぐれもご自愛下さいますように。

さて、ここで終わってもよい状況ですが、
さすがに前回も簡単なご挨拶だけだったので
いつもながらの季節の和歌を引用します。




花の色は 霞にこめて 見せずとも
 香をだにぬすめ 春の山風


(桜の色は 霞に閉じ込めて見せないとしても
せめて香りだけでも盗んで届けてくれ、春の山風よ)



『古今和歌集』巻二91 遍昭(へんじょう)の和歌。
遍照は、三十六歌仙の一人です。

桜が咲き誇り、日本においては入学入社など
新しい舞台に進む方も多い晴れやかな時季…

…のはずが、今季は卒業式・入学式も
感染防止策の一環として中止・簡素化の
ところも多いと耳にします。

入試自体も中止になったところもありますし
文字通り振り回された方もおられるでしょう。

そういう意味で、折角の晴れ舞台を
晴れ晴れしく祝えない状況はもどかしい
と思いますが、儀式はあくまで儀式
本質的・人格的に咲き誇っていれば
それこそ最高に素晴らしいのは確かです。

遍照の和歌のように、いつものような
桜の色は霞がかっている状況ではありますが
輝かしい一歩を進めているのは事実。

こういう時勢だからこそ出来ることを
粛々と進めて参りましょう。


それでは、簡単ながら今回はこの辺りで。

いつもありがとうございます。


(今月も運命が許す限り16日前後に1つ更新したいところです…)

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