2019年04月04日

2019年4月の始まり



皆さま、こんにちは。

2019年 第3番の月も過ぎていきました、
2019年の約25%が早くも終えたわけですね。

(昨年も同じことを書きましたが)
1年の4分の1といって長いか短いか
感じ方は各々の時間感覚によるものの、
いずれにせよ 新しき「期」を
心機一転 楽しんで参りましょう。



見わたせば 柳桜を こきまぜて
 都ぞ春の 錦なりける




素性(そせい)の和歌(『古今和歌集』巻一56)

桜が咲き誇り、日本においては入学入社など
新しい舞台に進む方も多い晴れやかな時季。

柳など草:樹も優しい緑を輝かせながら
人々の陽気に呼応しているかのよう。

種々の色糸を用いて華麗な模様を織り出す
"錦"のように鮮やかに時空を彩る情景。

桜と緑が溶け合う優雅な風合いは
日本では馴染み深く愛されてきました。

「桜」の花言葉は "精神の美"
( 品種でも異なってきますが、
概ね "優美・純潔"といった感じ)



「柳」の花言葉は "従順・自由"

「シダレヤナギ」の花言葉は "悲哀"
学名(Salix babylonica)が示すように

By the rivers of Babylon, there we sat down, yea, we wept, when we remembered Zion./ We hanged our harps upon the willows in the midst thereof.
(Psalm137:1-2) King James Ver.

と、『詩篇137』の「シオンを思い出して涙を流し、
バビロン川のほとりのやなぎに琴をかけた」節に由来。
それゆえ?英名は Weeping willow

ただ、当時のバビロン川付近で枝垂柳は生育
していなかったそうで New International Ver.
(新国際訳)では" There on the poplars
we hung our harps,"とポプラになっています。
(ポプラ= ヤナギ科ハコヤナギ属)

それを含めて悲哀・哀愁を感じますね…
ヤナギ論の脱線はこの辺にしておいて

素性法師の時代には「花言葉」として
編纂されてはいなかったでしょうが
ある程度共有できるイメージはあるはず。

自由あるいは悲哀の"糸"と
精神の優美さの"糸"が織り成す
"錦"で 人の世が彩られるなら
それは趣深しと思います。

仏教用語で「因縁」とは
「物事はすべて その起原(=因)と、
 果を結ばせる作用(=縁)とによって
 定められていること」を意味しますが、

各々「因と縁」を横糸・縦糸のように
上手く紡ぎながら、自ら出色の運命を
織り上げていくことにも通じますね。



新年度・新学期ということで
小中高校・大学・大学院あるいは
企業等各組織の新たな舞台において
今後、時を経るにつれ期待・予想に
反した事態に陥る時もあるかしれません、

それは、自らの思い描く設計図から
かけ離れたように感じるもありましょうが、

因と縁、縦横の織糸を扱うが如く
ムリに固執して乱雑に絡ませないよう
素材を殺さず 互いを活かすよう
自ら適宜修正を施していけば、

結果的には当初のイメージより
深みある作品が生まれていくもの。

精神的に若い時期はそれこそ
悲哀・憎愛といった色地も出てくる
でしょうが、それはそれで作品の一部。

素晴らしい創造の季節を
気兼ねなく謳歌して参りましょう。



それでは 今回はこの辺で。

長いお付き合いをさせて頂いている皆さま、
新しくご縁ができた方々の諸々のお心遣いに
いつもながら深く感謝申し上げます。

春光が新たな創造の歩みを祝う4月
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます!


(月2回目更新は11月以来行っていないので
 運命が許す限り16日前後に1つ挙げたいです…)

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2019年03月04日

2019年3月の始まり



皆さま、こんにちは。

2019年第2の月も過ぎていきましたね、

毎年この時期には触れておりますけれど
個人的な節目となる誕生月・如月を見送り、
創造の光に照らされる時季を迎えました。

長いお付き合いをさせて頂いている皆様、
日々支えて下さる方々の諸々のお心遣いに
いつもながら深く感謝申し上げます。




朝夕に 花待つころは 思ひ寝の
 夢のうちにぞ咲きはじめける



(朝夕に花が開くのを待つ時期は、それを思いながら寝た夢の中では花が咲き始めているものです。)



『千載和歌集』巻第一41 崇徳院の和歌。

崇徳院=崇徳天皇は 2018年6月の始まり
で触れたように待賢門院璋子の第一子。

満3歳7か月で天皇として即位し、
22歳で譲位(させられる)。上皇と
なった後も鳥羽法皇に実権を握られ
法皇崩御後 保元の乱で讃岐に配流、
45歳で崩御…という波乱の生でした。

和歌の世界へ 心を注がれたのも
不自由な現世で吐露できない内心や
情熱を表現したかったのかも知れません。

…という背景知識は、鑑賞には不要な
先入観とも成り得ますけれど。

ともあれ、朝な夕な桜が開くのを
待ちわびている頃は、寝る時もそれを
イメージしているせいか夢の中では
すでに咲き始めているのですよと。

「思い寝」という語句には
恋する人のことを思いながら
寝るというニュアンスもあるので
優しい春の恋歌とも読めますが、

その辺りは「花・思ひ・咲き始め」
というところに何をイメージするかで
各々捉え方は自由で良いでしょう。

個人的には「深奥」「真理」に繋がる
叡智そのものだなぁと感じています。

「自らイメージすることができるものは
 全て現実である」と数多の名言でも
示唆されていますように、

人間の「想像力」は表音通り
「創造力」でもあります。

まあ、この辺りのお話は今までも
適宜触れてきたので繰り返しませんが、
良くも悪くも「思考」は現実化します。

朝な夕な 自ら意図する展開を念じ
寝る時さえイメージしているなら
夢(無意識)の中では事態は
確実に動き始めているのですよと。




引き寄せて 結べば柴の 庵にて
 解くれば元の 野原なりけり



全ては「そこかしこ」に用意されていて
あとは上手く庵のように引き寄せて結ぶのみ。

智力というかコツがいるのは「結び方」。
まあ 解けたらまた結べば良いだけですけど。


受験生にとっては人生を左右し得る試練が
2月にありましたが 各々の理想・志望を
力強い意志で現実のものとされんことを
心からお祈り申し上げるばかりです。

それでは、今回はこの辺りで。


慈愛に満ちた春の光が
生命を優しく育み始める3月も
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます!



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2019年02月04日

2019年2月の始まり



皆さま、こんにちは。

2019年の初月が過ぎていきましたが、
皆さま 益々ご清栄のことと存じます。

(「新年の誓い」…2018年に引き続いて
未更新のまま時宜を過ぎてしまいました。
今年はどうかな?とチェック下さった方には
お手数だけおかけして、すみません。)


2016年以来の「新年の誓い」記事更新ならずも

( 正確には「書いていた」のですけど
特別参拝に関して頂く御質問等に触れて
やや深入りした内容になってしまい
そのままお蔵入りしたといいますか、)


元日の恒例儀式として「精神を純化する」
神宮参拝を今年も終え 2019年の至高の日々と
来る2020年の開幕に御礼申し上げた次第です。

神宮には1年(或いは生前全て)の感謝を
申し述べに参りますが、その意味合いと等しく
皆さまにも 心からの御礼を申し上げます。


去る1月は センター試験・成人式と、
人生の節目となる行事がありましたけれど、

どのような経路にせよ 確かな志がある限り
目的地へ近づいているのは間違いありません。

節分を経てまた新たに与えられる日々が
充たされたものでありますように。



さて、2017年までは芭蕉の句を引用し
2018年からは西行法師の和歌から…
という流れでしたが、2019年は
特定せずに引用しようと思います。



雪のうちに 春はきにけり 鶯の 
 こほれる涙 いまや解くらん



(まだ雪の残っているうちに春が来ましたね、
 春を待っていた鶯の氷った涙も今は溶けているでしょう。)




『古今和歌集』巻一4番・藤原高子の歌です。

二条后の春のはじめの御歌 との詞書。
二条后=藤原高子(ふじわらのたかいこ)は
清和天皇の后で、陽成天皇の母(842-910年)。

『伊勢物語』における、在原業平との
恋愛物語でも有名な御方でしょう。

白玉か 何ぞと人の 問ひし時
露と答へて 消えなましものを


(あれは真珠?何?とあなたが聞いた時に
露というものですよと答えてそのまま私も
露のように消えてしまえばよかったのに。)



この『伊勢物語』の箇所は教科書等で
習う方が多いとは思いますけど、
藤原家としては皇后とさせたい高子を
業平との恋路などで無にする訳にはいかず
無理やり引き裂くという場面ですね。

…と、この辺りの背景、その後の展開を
踏まえてみると また違った意味合いを
読み込めましょうが、シンプルに捉えても
それはそれは 優しい歌だと思います。


2018年の世相を表す漢字が「災」と
なったように、多くの涙が流された
年でもありました。

2019年立春を迎え、冬に凍った涙も
溶け出されて、慶事には笑い涙と
変わっていけるよう願うばかりです。


既に春の陽気を麗らかに感じておられる方も
厳しい寒さの中を 頑張っておられる方も、
新しい春の巡りに際し、各々の「雪解け」が
雅に訪れる日を 祝福下さいますように。

適時適切に為すべきことを為していれば
自然の摂理に従って 雪が溶け出ずるように
各々の目指すべき道も湧き出ずるでしょう。



それでは、今回はこの辺で。

掛替えなき2月の日々もまた
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます。


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2019年01月04日

「2019年」の始まり



年頭にあたり、謹んでご挨拶申し上げます。

旧年中は並々ならぬご厚情を賜り、御礼申し上げます。

本年もご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。

 




 
正月立ち 春の来らば かくしこそ
 梅を招きつつ 楽しき終へめ
  




武都紀多知 波流能吉多良婆 可久斯許曽 烏梅乎乎<岐>都々 多努之岐乎倍米

むつきたち はるのきたらば かくしこそ うめををきつつ たのしきをへめ


(正月になり春がやって来たなら、今こうしているように 梅を寿ぎつつ楽しい時を過ごしましょう。)


「万葉集 巻第五 815番」大弐紀朝臣男人の歌。

現代日本の暦では 梅の花は少し先ですが
梅を愛でるに早いも遅いもありませんよね。

折りに触れ 述べていますけれど…

せいぜい数十億秒の人生です、
何気ない事象にさえ幸運の訪れを感じつつ
どうせなら楽しみながら生きて参りましょう。


この2019年という尊い月日を通して、

幸運とは思えない試練の期間もあるでしょうが
達成時の至上の幸福感をイメージしながら

周囲ともに楽しんで行かれますように。




それでは、年頭のご挨拶まで。

皆様の益々のご清栄を、心よりお祈り申し上げます。



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2018年12月31日

2018年の終わり


皆さま、こんばんは。

いよいよ2018年を見送って、
2019年を迎えることとなりました!

(12月中旬は更新できず仕舞いで 一応チェック下さった方には申し訳ありません…)

2018年の日々も 皆さまには
公私にわたって大変お世話になりました。

毎年毎回 同じことを申し述べておりますが
2018年も有り難い日々を過ごせましたのも
ひとえに皆々様の温かいご支援のお蔭と
ただただ感謝するばかりです。



あたらしき 柴のあみ戸を たちかへて
年のあくるを 待ちわたるかな



2017年に続いて 西行法師の歌です。

柴の網戸を新しく立て替えて、新年が
その新しい戸を開け訪ねてくるのを待ちわびています。


…と、新年が「明ける」と「(戸を)開ける」
とを掛けた ほのぼの優しい和歌ですね。

大掃除やらで身の回りの整理をされた方も
そうでない方も、少なくとも「精神」は
一新して2019年の訪れを心待ちに。

2018年が万事順調だった方も反省点が
多かった方も、2019年は素晴らしい日々
になると確信とともに寿ぎましょう。


兎にも角にも 2018年の終わりに際し、

私と時間を共有している生徒さんやご家庭、
関係諸子の方々全てに心から御礼申し上げます。

この1年間の御高恩に対する謝意を
言い尽くすことはできませんが…
2018年も本当に有難うございました!


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2018年12月04日

2018年12月の始まり


皆さま、こんにちは。

2018年の約93%が過ぎ去りましたね、
充実の日々を過ごされたことと存じます。

皆さまの御蔭で2018年も平穏に過ごせ
此度も師走を迎えることができました。

今までと これからの遍く「ご縁」に
心からの感謝を申し上げる次第です。




さゆと見えて 冬深くなる 月影は
水なき庭に 氷をぞ敷く



(冬も深まり 冴え渡って見える月の光は、
 水もない庭に氷が張られた如く照らしている。)



2018年は西行の和歌を引用しましたが
「月」の歌は やはり多いですね。

3月・6月・7月・9月・10月と
12月も合わせると実に半数が「月」。

「月」以外の歌を選ぼうとして
半数になるとは思いませんでした…
とはいえ どの「月」もそれぞれ
異なる趣具合ですので お許しを。

さて、2018年最後の引用となる
「月」ですけれど、張り詰めた寒気で
全てのモノが襟を正すがごとく
水が張っていない地面さえも
月光に照らされて氷のように
白く研ぎ澄まされていく情景。

身が引き締まるほどの寒さで
夜空が冴え渡る 美しい冬が訪れます。

6回もの「月」歌で触れましたように
月と水面・鏡というのは 心の安寧を
示唆しますが、今回は「水」がありません。

…と、今までご覧下さっていた方々には
これ以上解説を加える必要もないでしょう。

説法じみた解釈をする必要はなく
ただただ「寒さに襟を正す」ことで
精神の再調和を意識的に行えば
それに越したことはありません。

日々 心が乱された方もそうでない方も
来る2019年を前に 心音を整えながら
年末を過ごして参りましょう。



それでは、今回はこの辺で。

2018年の最終月も貴き時間に充ちていることを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます!



(今月の中旬更新は未定です…年末のみになるかも?)
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2018年11月04日

2018年11月の始まり



皆さま、こんにちは。

2018年 第10番の月も過ぎました。
2018年の約83%が過ぎたことになりますね。

もうすぐ冬の到来を感じさせるように
肌寒さを覚える時期ですが・・皆さま
お変わりなくお過ごしでしょうか。

季節の変わり目の中でも
秋冬の季節は体調を崩しやすいので
くれぐれもご自愛下さいますように。



吹き過ぐる風しやみなば たのもしき
 秋の野もせの つゆの白玉



(秋風がやめば、野原一面に 白玉のような
露が見られるでしょう、楽しみですね。)



『山家集』所収ではあるものの
西行の作か疑義があるようですが…
柔らかい和歌なので時宜に適うかと。


さて、この和歌は次の和歌への
返歌として詠まれています。

消えぬべき 露の命も 君がとふ
 ことの葉にこそ おきゐられけれ


(儚く消えゆく露のような我身も あなたが
かけて下さる言葉のお陰で起きていられるのです)



…と、「病床にある者が見舞いへの感謝を
込めて詠んだ歌」に 返しとして詠んだ
という状況を踏まえて解釈すると・・

(酷い風邪で今は露が消えそうなほど
お辛いでしょうが、お風邪が落ち着けば、
野原に美しい露がまた見られるように
お元気になられますよ、大丈夫です。)


というようなニュアンスが
込められているのでしょう。


激しい咳き・クシャミなど吹き荒ぶ
風邪に対して、風さえ止めば露も落ち着く
と温かく見舞っている やり取りは、

まさしく 消え落ちる露(=命)を
周りの草葉(=言の葉)が優しく
支え受け止めているという情景。

風邪といっても幼少・ご高齢の方には
侮れませんし、遥か昔なら尚更に
大変だったろうと思いますね。


ともあれ 病中にあってもなくとも
適切な心理的・精神的サポートは
活力を増進させるのは確かなので、

儚き露がこぼれ落ちないように
優しき言の葉で支え受け止める
ことが出来れば それは幸いです。



・・「善意の押しつけ」や「要らぬお節介」
にならぬよう意を払いながら 適切な時に
適切な言葉を 適切な分だけかける
というのは簡単ではないと思いますけど。

人間というものは言葉で優しく
包むどころか…トゲのある言葉で
相手を傷つけることもできるので
優しく受け止めるまで行かなくとも
最低限 傷つけなければ良しでしょう。




というわけで寒さを感じ始める季節、
風邪など引く引かないに関わらず
互いに言の葉で柔らかく慈しみながら
日々温かい心持ちでお過ごし下さいね 。


この11月も温かいご縁で充ちていることを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。



*11月は、半ば頃にもう一度
記事更新したいと思っています。


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