2020年06月06日

2020年6月の始まり


皆さま、こんにちは。

2020年 第5番の月が早くも過ぎ、
2020年の約42%が経過しました。

※今回更新が遅くなってすみません…


「ラルース進学塾」も皆さまの温かいご支援の下で
9年間という時を存在していることになりました。

ひとえに各方面各位のご厚恩を賜った故と
心より御礼申し上げる次第です。

毎年 同じことを書いておりますが
「進学塾」というより「進学会」と称した方が
実態に適うところですけれど、


引き続きご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。





わが門(かど)ゆ 鳴き過ぎ渡る 霍公鳥(ほととぎす)
 いや懐かしく 聞けど飽き足らず


我門従 喧過度 霍公鳥 伊夜奈都可之久 雖聞飽不足
[毛能波氐尓乎六箇辞闕之]


我が家の門を鳴きながら飛び渡る霍公鳥は、
ひときわ心に染みて いくら聞いても飽きることがない。


『万葉集』 巻19-4176 大伴家持

[毛能波氐尓乎六箇辞闕之]とあり
「も・の・は・て・に・を」の六つの助詞を
 使わずに作ったものと言う意味です。

ちなみに4175番は・・・

霍公鳥 今来喧曽无 菖蒲
可都良久麻泥尓 加流々日安良米也 [毛能波三箇辞闕之]

霍公鳥今来鳴きそむ あやめぐさ 
 かづらくまでに離るる日あらめや


…で、「も・の・は」3詞を欠くものです。


4176番は使用頻度が高い助詞6つを使わずに
詠む「遊び」といったところでしょうか。

和歌の世界には「〜を題して詠める」とあって
五七五七七の句頭で「その御題の単語」を
組み入れるなど「知的な遊び」も見られます。

大友家持の「才」の現れで済ます方もいれば
「単なる遊戯」ではなく「何かの暗号」ではないか?
…と、読み込む研究者・探究家の方もおられ、
いずれにせよ「奥が深い」和歌です。


この歌の情景は、初夏の平穏そのものです。
何でもない情景ですが、毎年変わらない、
いやもっと長い期間繰り返される季節感。

本質的に「変わらない」ものなどありませんが
だからこそ「平穏に繰り返される日常」は
世人にとって 掛け替えなく愛おしいものです。



平穏でなくなった時には、その「価値」が
より実感できることは、昨今の混乱情勢で
多くの人に当てはまるでしょう。

人間社会も「平穏さ」を取り戻しつつありますが
蒸し暑くなる季節で体温調節も難しくなってきます。

「健康」についても出来る限り
「平穏のまま」を保てるように
自律管理して参りたいものですね。


兎も角も 長くお付き合い下さっている方々だけでなく
あらゆる面でご支援下さっている各方面の皆々様に
改めて節目の感謝を申し上げる次第です。

いつも本当にありがとうございます。


(今月も情勢が許せば 16日前後に
 もう1回更新しようと思っています)

posted by laluz at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2020年05月05日

2020年5月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年第4番の月も過ぎていきました、
2020年の約33%が早くも経過しましたが…

やはり今までにない異常事態なので
時間・季節感もズレますよね…


…毎月4日にはアップしているところ
今回ちょっと間に合いませんでした。
ご訪問下さった方ありがとうございます。




けふもけふ あやめもあやめ変らぬに
 宿こそありし宿とおぼえね



(去年と同じ5月5日の今日、見る菖蒲も同じなのに
 人がいなくなった家だけは 同じと思えないものだ…)


『後拾遺和歌集』213
 伊勢大輔(いせのたいふ)の和歌。
(中古三十六歌仙の一人)


昨年度は「元号も新たに祝賀ムードですね」
と述べたのが、不思議なくらい静かな5月です。

街並みも「人が少なくなって」
同じ日、同じ景色でも、同じ街とは思えない
…という心境に近いものがあります。

コロナ感染リスク以上に、生活に困難を極めて
おられる方々もいらっしゃると思いますので
あまりなことは申し上げられませんが…

全ては必然として、この大変動の機に
社会の膿を出し切っていくしかありません。


個人的には 趣味を兼ねて 新しいことを
始めたので、なかなか有意義な日々です。

嘆いても仕方ありませんし、全ては移り行き
変わらぬものは何もない世界ですので、
然るべき流れを読みながら生きていきましょう。

それでは、今回はこの辺で終わります。


長いお付き合いをさせて頂いている皆さま、
新しくご縁ができた方々の諸々の御配慮にも
併せて深く感謝申し上げます。

5月の緑風が 細やかな至福をもたらすことを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。



(今月も世界情勢が許す限り 16日前後に
 もう1回更新できれば良いなと企んでいます)

posted by laluz at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2020年04月18日

更新に代えて(4月)


皆さま、お疲れ様です。

今月も更新できるかどうか微妙でしたが
中旬に更新したい旨を記載していたので
チェックして下さった方にはお詫びします。

遅ればせながら簡単なご挨拶だけ。

コロナウイルスが収束気配がない現状、
皆さまご不便されておられると存じます。


わたしたちは踏みなれた生活の軌道から放りだされると
もうだめだ、と思います。が、実際はそこに、
ようやく新しいものが始まるのです。
生命のある間は幸福があります。

トルストイ
(ロシアの小説家、思想家 / 1828〜1910)



なかなか大変な日々を過ごされている方も
多いかもしれませんが、それも全て人生の
紆余曲折と思いつつ、それぞれの幸福感を
改めて考えてみる機会と捉えましょう。


それでは、本当に簡単ながら更新に代えて。
いつもありがとうございます。

posted by laluz at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2020年04月05日

2020年4月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年 第3番の月も過ぎていきました、
2020年の約25%が早くも終えたわけですが、

今年はコロナウイルス禍で 例年のように
春を満喫するという機運ではないのが心苦しいです。


闘病されておられる方はもちろんのこと、
現場で文字通り砕身粉骨日々支えて下さる
医療関係者の皆様に一刻も早く安らぎの時が
訪れるよう心から祈るばかりです。

悲観的なことは言うべきではありませんが
さすがに数日で収束するものではないので
(むしろ拡大する可能性の方が高い…)
皆様くれぐれもご自愛下さいますように。

さて、ここで終わってもよい状況ですが、
さすがに前回も簡単なご挨拶だけだったので
いつもながらの季節の和歌を引用します。




花の色は 霞にこめて 見せずとも
 香をだにぬすめ 春の山風


(桜の色は 霞に閉じ込めて見せないとしても
せめて香りだけでも盗んで届けてくれ、春の山風よ)



『古今和歌集』巻二91 遍昭(へんじょう)の和歌。
遍照は、三十六歌仙の一人です。

桜が咲き誇り、日本においては入学入社など
新しい舞台に進む方も多い晴れやかな時季…

…のはずが、今季は卒業式・入学式も
感染防止策の一環として中止・簡素化の
ところも多いと耳にします。

入試自体も中止になったところもありますし
文字通り振り回された方もおられるでしょう。

そういう意味で、折角の晴れ舞台を
晴れ晴れしく祝えない状況はもどかしい
と思いますが、儀式はあくまで儀式
本質的・人格的に咲き誇っていれば
それこそ最高に素晴らしいのは確かです。

遍照の和歌のように、いつものような
桜の色は霞がかっている状況ではありますが
輝かしい一歩を進めているのは事実。

こういう時勢だからこそ出来ることを
粛々と進めて参りましょう。


それでは、簡単ながら今回はこの辺りで。

いつもありがとうございます。


(今月も運命が許す限り16日前後に1つ更新したいところです…)

posted by laluz at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2020年03月04日

2020年3月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年第2の月も過ぎていきましたね、

毎年この時期には触れておりますけれど
個人的な節目となる誕生月・如月を見送り、
創造の光が照らし始める季節を迎えました。

長いお付き合いをさせて頂いている皆様、
日々支えて下さる方々の諸々のお心遣いに
いつもながら深く感謝申し上げます。


件のコロナウイルスは沈静化どころか
まずます全国的に拡散している状況下、
関係各位各所は大変なご苦労をされて
おられることと存じますが、くれぐれも
ご無理なさらずご自愛下さいますように。。





春くれば 宿にまづ咲く 梅の花
君が千歳(ちとせ)の かざしとぞ見る



(春になれば家の庭にまず咲く梅の花は
 あなたの千歳へのお祝いの飾りのようです。)



『古今和歌集』巻第七 352 紀貫之の和歌。

詞書に「もとやすのみこの 七十の賀のうしろの屏風によみてかきける」
仁明天皇の第5皇子・本康親王の70歳の祝賀で
読まれたとされる和歌です。

生年は不明ながら没年は901年なので
「七十の賀」は899〜901年の間と推定。
要するに、この祝賀の後まもなくして
天に召されることになります。。

とすればこの和歌を詠んだ時、親王は相応に
老いていたと推察されますけど、その状況下で
「梅の花がこれからの千年も祝っているようです」
と、元気づけているような優しさを感じます。

まあ70歳のお祝いで、1000歳までお元気で…
というのは極端すぎますし、肉体的寿命
というよりは、名声・名誉が千歳(ちとせ)に
続くと捉えた方が適切でしょうね。


2020年の梅花も3月に入って北日本で咲き始めていきます。
(南部は平年より開花が早かったようですが)

今は梅の香りを愛でるどころか、マスク必須で
ゆっくり外気を吸い込むことも避けたい情勢ですが…

せめて心持としては春の優雅を感じつつ
心を穏やかに保ちつつ過ごしたいところです。


梅の花を始め、万物自然は「理(ことわり)」に
従って、時季(時機)の訪れを告げます。

人間社会の状況変化でなかなか予定通りに
行かないもどかしさもある時はありましょうが
そういう時こそ「自然」の営為に目を向けて
千歳(ちとせ)を寿いでいるなぁと、あえて
微笑んでみるのも 予想外に効果的ですよ。

荒波に無理に抗うよりは、その流れに逆らわず
冷静に乗ってみるといいましょうか…。

ともかく、過度な不安・悲嘆が状況を好転させる
ことは通常ないので、そういう時ほど冷静に
周囲日常の「当たり前」に敬意を払いながら
「力」を蓄えて参りましょう。



それでは、今回はこの辺りで。


春光が 生命を優しく育み始める3月の日々も
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます!


posted by laluz at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2020年02月03日

2020年2月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年の初月が過ぎていきましたが、
皆さま 益々ご清栄のことと存じます。


去る1月は(最後の)センター試験・成人式と、
人生の節目となる行事がありましたけれど、

世上では 新型コロナウイルス(2019-nCoV)
対応で関係各位各所は大変なご苦労をされて
おられることと存じます。受験生に限らず
疲労は溜め込まないよう休息は確保しつつ
手洗い等の予防措置を怠らないことが肝要です。

節分を経てまた新たに始まる季期が
平穏に充たされたものでありますよう
お祈り申し上げるばかりです。




袖ひぢて むすびし水の こほれるを
 春立つ今日の 風やとくらむ



(夏には袖を濡らしながら掬っていた水が
 冬に凍っていたのを、立春である今日の今頃
 春風が解かしているのだろうか。)



『古今和歌集』(巻一 春歌上2)
紀 貫之の和歌です。

「袖ひつ」は夏の情景を、
「こほれる」は冬の情景を、
「春立つ」は春の情景を 表します。

夏から秋冬そして今や立春と…本当に
早い(速い)ものだなぁと感じる方も
多くいらっしゃることでしょう。

現実社会(正確には現代社会)に生きていると、
好むと好まざると"タイムリミット"を
要所要所で意識させられますし。
その終節が心臓停止と言えましょうか。


このような物言いは何か自分はそうではないけど…的な
ニュアンスを感じる方もおられるかも知れませんが、
うーん、果たしてどうなのでしょう。

先生は最近どんなことにハマってるの?とか、
どんなことを考えて生きているの?とか聞かれた場合
(相手によりますが)対極思考の例を出しつつ
「時間が存在する」という立場の対極に立つと
どうなるか考えてるかなぁと答えます。

時間が存在しない、或いは過去現在未来という区別は
排他的ではなく"共時に存在"しているという次元観の
獲得と言いましょうか。これがなかなか難しいんですが
夢の中では興味深い示唆・講義(?)を得られたりして、
それをメモしながら更に探究…という。趣深いパズルです。

とか書いていますと「オカシイ人」にしか
思えないので(否定も出来ませんけれど…)
この辺で止めておくとして、兎も角そういう訳で

昔ほど「時間」に振り回されないと言いますか、
速いとも遅いとも特に思わないと言いますか、
ただただ「今・現在」が幸せで有り難いなぁ
としか感じていないというのが本音です。



脱線はこの辺りで今月の和歌に戻りますと。

夏冬春が"同時"に詠み込まれていて。
今春の情景も"想像"しているに過ぎず。

秋そのものは明示されないものの、必然に
夏冬の以降間に秋の情景は想起されますよね。


すなわち去年の夏(過去)から今の立春(現在)
そして新しく始まる春(未来)に渡る"水"の
変移を完全な心証風景として詠んでいる美。

去年に限らず幼少の情景さえ想起されるなら
まさに三十一字に悠久の過去現在未来という
「時」を包み込んだかのような優雅を感じます。



あー そこに着地したかった故の時間のお話ね…
なるほど。。と思われるかは兎も角そんな感じで
個人的には趣深く感じられる名歌の1つです。


それでは、今回はこの辺で。


2020年立春に際し、各々にとっての「春」が
麗らかに訪れる時を 祝福申し上げます。

適時適切に為すべきことを為していれば
自然の摂理に従って"水"が流れ出ずるように
各々の目指すべき道も開かれるでしょう。




掛替えなき2月の日々もまた
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます。


(2月も世界情勢が許す限り 16日前後に
 もう1回更新できれば良いなと思っています)
posted by laluz at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2020年01月05日

「2020年」の始まり



年頭にあたり、謹んでご挨拶申し上げます。

旧年中は並々ならぬご厚情を賜り、御礼申し上げます。

本年もご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。

 



 
新しき 年の初めに 豊の年
 しるすとならし 雪の降れるは
  



新 年乃婆自米尓 豊乃登之 思流須登奈良思 雪能敷礼流波

あらたしき としのはじめに とよのとし しるすとならし ゆきのふれるは



( 新しい年の初めに実り多い年になるだろうと
告げる吉兆に相違ない。この降り続く雪は。)




『万葉集』巻第十七 3925」葛井連諸会
(ふぢいのむらじもろあい)の和歌。

年末年始は大寒波到来という予測ながら
大混乱はなく何よりでした。もちろん
雪国の方々は大変だったと思います…

(雪が降るかなと予測して 今回の和歌を引用した草稿を
書いていたところ 前予想ほど雪日という感じでもなく。

差し替えようと思いましたけれど、4〜5日に寒気がまた
戻ってくるとのことでしたので、「吉兆の雪」のまま更新しておきます。)




10月の和歌で紅葉を"幣"に例えたように、

日々の何気ない些細な事象の全てが
自分への餞(はなむけ)と受け止めて

自らが吉兆の顕現であるかの如くに
2020年も輝かしく楽しんで参りましょう!




それでは、年頭のご挨拶まで。

皆様の益々のご清栄を、心よりお祈り申し上げます。



posted by laluz at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾