2020年02月03日

2020年2月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年の初月が過ぎていきましたが、
皆さま 益々ご清栄のことと存じます。


去る1月は(最後の)センター試験・成人式と、
人生の節目となる行事がありましたけれど、

世上では 新型コロナウイルス(2019-nCoV)
対応で関係各位各所は大変なご苦労をされて
おられることと存じます。受験生に限らず
疲労は溜め込まないよう休息は確保しつつ
手洗い等の予防措置を怠らないことが肝要です。

節分を経てまた新たに始まる季期が
平穏に充たされたものでありますよう
お祈り申し上げるばかりです。




袖ひぢて むすびし水の こほれるを
 春立つ今日の 風やとくらむ



(夏には袖を濡らしながら掬っていた水が
 冬に凍っていたのを、立春である今日の今頃
 春風が解かしているのだろうか。)



『古今和歌集』(巻一 春歌上2)
紀 貫之の和歌です。

「袖ひつ」は夏の情景を、
「こほれる」は冬の情景を、
「春立つ」は春の情景を 表します。

夏から秋冬そして今や立春と…本当に
早い(速い)ものだなぁと感じる方も
多くいらっしゃることでしょう。

現実社会(正確には現代社会)に生きていると、
好むと好まざると"タイムリミット"を
要所要所で意識させられますし。
その終節が心臓停止と言えましょうか。


このような物言いは何か自分はそうではないけど…的な
ニュアンスを感じる方もおられるかも知れませんが、
うーん、果たしてどうなのでしょう。

先生は最近どんなことにハマってるの?とか、
どんなことを考えて生きているの?とか聞かれた場合
(相手によりますが)対極思考の例を出しつつ
「時間が存在する」という立場の対極に立つと
どうなるか考えてるかなぁと答えます。

時間が存在しない、或いは過去現在未来という区別は
排他的ではなく"共時に存在"しているという次元観の
獲得と言いましょうか。これがなかなか難しいんですが
夢の中では興味深い示唆・講義(?)を得られたりして、
それをメモしながら更に探究…という。趣深いパズルです。

とか書いていますと「オカシイ人」にしか
思えないので(否定も出来ませんけれど…)
この辺で止めておくとして、兎も角そういう訳で

昔ほど「時間」に振り回されないと言いますか、
速いとも遅いとも特に思わないと言いますか、
ただただ「今・現在」が幸せで有り難いなぁ
としか感じていないというのが本音です。



脱線はこの辺りで今月の和歌に戻りますと。

夏冬春が"同時"に詠み込まれていて。
今春の情景も"想像"しているに過ぎず。

秋そのものは明示されないものの、必然に
夏冬の以降間に秋の情景は想起されますよね。


すなわち去年の夏(過去)から今の立春(現在)
そして新しく始まる春(未来)に渡る"水"の
変移を完全な心証風景として詠んでいる美。

去年に限らず幼少の情景さえ想起されるなら
まさに三十一字に悠久の過去現在未来という
「時」を包み込んだかのような優雅を感じます。



あー そこに着地したかった故の時間のお話ね…
なるほど。。と思われるかは兎も角そんな感じで
個人的には趣深く感じられる名歌の1つです。


それでは、今回はこの辺で。


2020年立春に際し、各々にとっての「春」が
麗らかに訪れる時を 祝福申し上げます。

適時適切に為すべきことを為していれば
自然の摂理に従って"水"が流れ出ずるように
各々の目指すべき道も開かれるでしょう。




掛替えなき2月の日々もまた
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます。


(2月も世界情勢が許す限り 16日前後に
 もう1回更新できれば良いなと思っています)
posted by laluz at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾
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