2018年02月04日

2018年2月の始まり



皆さま、こんにちは。

2018年の初月が過ぎていきましたが、
皆さま 益々ご清栄のことと存じます。


(「新年の誓い」…2017年に引き続いて
未更新のまま時宜を過ぎてしまいました。
今年はさて?とチェック下さった方々には
ご期待に沿えず、すみません。。)


…と、「新年の誓い」の記事更新ならずも
慣例の神宮参拝を終え、2018年の至高の日々と
来る2019年の開幕に御礼申し上げた次第です。

2016年2017年は春にも神宮に訪れましたので
1年毎の区切りという意味合いは薄れながらも
元日の恒例儀式として「精神を純化する」
という意味合いは全く変わることなく。

今年は想定外のハプニングもあって
適宜に襟を正すことが出来ました。

神宮には1年(或いは生前全て)の感謝を
申し述べに参りますが、その意味合いと等しく
皆さまにも 心からの御礼を申し上げます。



去る1月は センター試験・成人式と、
人生の節目となる行事がありましたけれど、

どのような経路にせよ 確かな志がある限り
目的地へ近づいているのは間違いありません。

どのような経路にせよ 与えられた日々が
充たされたものであるようお祈り申し上げます。



今さらに 春を忘るる 花もあらじ

やすく待ちつつ 今日も暮らさむ



(今更 春を忘れて咲かない桜の花もあるまい、
心安らかに花開くのを待ちながら今日も過ごそう。)




『山河集』より 西行法師の歌です。

2017年まで、芭蕉の句を月初挨拶で
引用して参りましたが、2018年からは
西行法師の和歌に依ることにします。

芭蕉も西行法師を敬い奉っておりましたし
世の深奥を探るには、相応しいでしょう。

ただ、 神・仏 を媒介に 世を詠む歌も
少なくないので、あまり偏ることなく
広く万人が知的反響を感じられる題材を
挙げて行きたいと考えています。

さて、西行法師は 今までも幾度か
触れましたけれど、簡単に紹介すると
( wikipediaから引用 )

西行(さいぎょう:1118年2.16〜1190年3.31)
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士
・僧侶・歌人。俗名は佐藤 義清(のりきよ)。
出家して法号は円位、のちに西行、
大本房、大宝房、大法房とも称す、と。


後世に遺した和歌・思想の影響は大きく
芭蕉だけでなく多くの才人に崇敬されました。

さて、その「人となり」については
追々のんびりと考察することにして。


今回の一首について観てみますと、
といっても特に説明する必要もない
シンプルな歌。だからこそ貴いというか。

桜の開花時期は3月下旬〜ですので
引用には適時ではないかもしれませんが、
大学・高校など各種試験が前後にある今、
晴れやかな心持ちで桜花を迎えたい方々に
とっては、時宜に適うかなと思いまして。

もちろん「開花に至るまでに必要な作業」を
各々為してきたという前提ではありますけれど、

適時適切に為すべきことを為していれば
自然の摂理に従って 花が咲き開くように
各々の目指すべき道も開かれるはずです。

昨年2017年2月は芭蕉の句を挙げて、

外見の華やかさではなく、内面から放たれる輝きこそ
真実の「花」、というところに核心を置くならば
現代の我々にとっても心に響くでしょう。

あらゆる「外装」を除いて考えた時でも
自然と解き放たれる内面的魅力があるのなら
それこそまさしく「真実の花」です。


・・と、述べました。西行の和歌にある
「花」も、精神的高みに咲く花と読み込み、
過度に焦ることなく、日々清浄に過ごして
行けるなら それこそ至上でしょう。

既に春の陽気を麗らかに感じておられる方も
厳しい寒さの中を 頑張っておられる方も、
新しい春の巡りに際して、各々の「花」が
高貴に開かれる日を 祝福下さいますように。

それでは、今回はこの辺で。

掛替えなき2月の日々もまた
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます!



posted by laluz at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾
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