2017年11月05日

2017年11月の始まり



皆さま、こんにちは。

2017年 第10番の月も過ぎました。
2017年の約83%が過ぎたことになりますね。

収穫の秋を見送りながら冬の到来に備える月ですが、
皆さま 極上の晩秋を楽しんでおられることと思います。

(一昨年=昨年の冒頭部あえて流用しました…2年とは早いもの)



秋の夜を 打ち崩したる 咄かな

(あきのよを うちくずしたる はなしかな)



元禄7年9月21日の夜、車要亭。潮江車要・各務 支考
といった門弟らが集まり、この句を発句として
半歌仙が巻かれました。

*歌仙とは、五七五の句と七七の句を交互に計36句詠む
 俳諧形式の一つ。半歌仙は半分の18句。



秋夜の趣深い静寂さを打ち崩してしまう賑やかさ。
といってもそれは興を削ぐ忌避すべき騒雑さではなく、
ある意味「秋の寂しさ」を打ち壊してくれるような
知己との語らいを指していることでしょう。

この頃、芭蕉門派では主導権争いに関わる対立があり、
師・芭蕉は深く心を痛めていたと言われています。
当日、緊張関係にあった槐本之道(近江蕉門)と
濱田酒堂(大坂蕉門)が同席していました。

言葉少なく しんみりとした寂しい秋夜ではなく
談笑に華が咲くような一門であって欲しいという
師の想いもあったはず(この句が発句なので)。



おもしろき 秋の朝寝や 亭主ぶり  

(おもしろき あきのあさねや ていしゅぶり)



9月22日朝「宵寝はいやしく、朝起きはせはし」と添えて。
まあ 早寝早起きそのものに価値はないと考えている点は
個人的に芭蕉に同意しますね、朝に寝ることに意義あれば
それはそれで是。早寝早起きに意味あればそれが是というか。

亭主がゆっくりとした朝寝をすることで、
客人もゆったりした朝を過ごすことが出来ます。
そういう亭主ぶりと昨夜遅くまで語らった
ひと時を慈しむように詠んだ句。

芭蕉の死期は もうすぐに訪れます。



この道を 行人なしに 秋の暮

(このみちを いくひとなしに あきのくれ)



門弟と談笑する師・芭蕉と、妙なる領域に到達した
俳聖・芭蕉。先の二句が師・芭蕉としての歌なら、
この句は いわば俳聖としての孤独を詠んだもの。
事実上の辞世の句とされています。


「この道」の先にも後ろにも 行く人の姿はない。
芭蕉の歩んできた俳諧の道には、先にも後にも
続く者がいない。至芸の極みに立つことは、
孤独感の中で暮秋に佇むようなもの。

門弟らはどちらが優れているとかどうとか
俗的な醜聞の中で迷い、万物総て芸術として
高めていく精神領域に弟子がないという寂しさは
賑やかな「噺」や「朝寝」では打ち崩せぬもの。


ちなみに『笈日記』では、

人声や この道帰る 秋の暮

・・と記されています。

各務支考の『芭蕉翁追善之日記』に、
「此の道を〜」といずれを残すか考えていた
様子が記されていますが、「人声や〜」の方が
なんとなく人間味を感じます。

「この道帰る」の主語が人々なのか芭蕉なのか
どちらにでも取り得るから かもしれません…


人の声がするから この道を帰る、というのは
芭蕉が弟子たちや世人の賑やかな声を聞き、
孤高に歩んできた道から振り返ってこちら側
(=浮世)を見る、というような感覚で
個人的には解釈したいところです。

世を去る間際に、今までの崇高な歩みを
人声で振り返るという情景も、それはそれで
大きな優しさを感じるものだと思いますけれど。

しかし、芭蕉は「師」ではなく「求道者」として
「誰もいない世界」を詠んだのでした。


『笈の小文』で風雅俳諧の道をこう述べています。


「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道する物は一なり。

しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。見る処花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし。」

「造化にしたがひ、造化にかへれとなり。」



俳諧という風雅の道は、自然にしたがって
四季の移り変わりを友とすること。
見るもの全てが花であり、思う所全てが月である。
天地自然に従い、天地自然に還りなさい・・と。


この領域からすると、
「この道を 行人なしに 秋の暮」でこそ
芭蕉の風雅は完成したと言えるのかもしれません。

静かに暮れゆく秋のように
この約20日後に芭蕉の命数も尽きるのです。


・・・と、草稿では、この後に続く句も
連ねていたのですが、ちょっと長くなり過ぎて
「11月の始まり」としてはまとまりに欠くので
キリの良いところで留めておきます。


「月初のご挨拶」としてはそうですね…

各々志す「道」を歩んで、或いはこれから
歩んで行かれることと思いますけれど

どの道であっても「究める」には
相応の覚悟と研鑽が無ければならない。

ただ、その道中は孤独の時間が多いかも
しれないが、いつでも振り返ると自らを支え
励まし 呼んでくれる「声」があるはず。

常に孤高の領域を突き進むだけではなく
遍く声に耳を傾け、歩んだ道を振り返ることも
また道を究める過程の一つである、


と、強引にマトメてお許し願いましょう。



というわけで11月、心身ともに寒さを感じ始めますが
四季も全て在るがまま 楽しんで下さいますように。

季節の移り変わりが在るがまま自然であるように
各々の進化も在るがまま自明でありましょう。


この11月も素晴らしいご縁で充ちていることを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。


*11月は、半ば頃にもう一度
記事更新したいと思っています。



posted by laluz at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾
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