2017年08月05日

2017年8月の始まり



皆さま、こんにちは。

2017年 第7番の月も過ぎました。
2017年の約58%が過ぎたことになりますが、
情熱的な夏の日々をお過ごしのことと思います!


なるべく月2回更新に…と書いていましたので
7月も15日前後にご訪問下さった方もおられたかも
しれませんね、実際「書いてみた」のですけど。

7月での東京大学卒業生カード(クレジットカード)
の提携サービス終了を受けて、各大学提携カードや
「信用力」について思うところを書いていたのですが
なんとなく「ラルースの塔」っぽくないというか
クレジットカード論とか世俗すぎて興醒めというか。


(プレミアムなカードやら各ステイタスやら
 実際使っている人には今更どうでもいいし
 使ってない人には無用な情報でしょうし)


そのままお蔵入りして8月を迎えた次第です。

(素直に「名言の英語」にすべきでしたね…
8月は15日前後にもう一つ更新しようと思います!)





撞鐘も ひびくやうなり 蝉の声 芭蕉


(つきがねも ひびくようなり せみのこえ)


(眼前の梵鐘までが今にも同調して響き出しそうなほど
 山中に鳴り響いている蝉の声よ。 )




とても荘厳・深淵で…スケールの大きい句。
個人的に好きな句の一つです。

蝉たちの鳴き声が山中に響きわたり、
寺の鐘さえ鳴り出せそうだなぁと
字義通りシンプルに読んでも、夏の情緒が
ありありと目と耳に浮かんできますね。

ただ、梵鐘は仏事において重要な役割を果たし、
その響きは聴く者を一切の苦から解放し、
悟りへと導く功徳があるとされます。


やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声

…の句について2014年8月に触れていますように、

成虫になってから蝉の生は残り短いものですが、
遺伝子を繋ぐために 残された短い時間の中を
精いっぱい鳴きし切る蝉の声は「生の儚さ」よりは
「生の力強さ」こそを感じさせます。

世を去る頃の蝉たちは力なく地に横たわっていますが
その地中には次の世代となる幼虫たちが眠っていて

その骸はやがて地に還り大樹を通して次世代の養分へと
生と死が変わることなく循環していく…ことへの生命賛歌。


この観点から「撞鐘」の句を深く読んでいくと、

生死の苦などに悩み囚われず、ただ与えられた
「生」を賛するか如き、蝉たちの鳴声の集積は
まるで一切の苦しみを解き、悟りへの境地と導く
梵鐘の大きな響きであるように感じられる、と
このようなニュアンスを含むように思えます。


いつもながら個人的な解釈なので
実際どうなのかは分かりませんけれど。
そのような含意を感じながら読む方が
荘厳なスケールを感じて好ましいところです。



実のところ、蝉たちの一生と人間たちの一生とで
どこまで「差異」があるかと言えば、本質的差異は
無いと思いますけれど、だからこそ些事に思い悩まず
自らの生命エネルギーで灼熱を覆い尽くすかの如き
尊大さで、夏の日々を楽しんで参りましょう!

それでは、今回はこの辺で。



8月も素晴らしい出会いで充ちていることを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。



posted by laluz at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾
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