2011年06月15日

「運命」のモーターを回す


多くの方々が日々ご訪問下さり、光栄に思います。

長文が常態化して読みにくい気もしますが…
前回の話を続けます。

「頭が良いと思うこと」自体が未熟なのに
「頭が良いと感謝すること」が答えとは…
矛盾しているのでは?と疑問に思われた方も
きっとおられるでしょう。


それは健全な批判精神です。他者やメディアの見解を
盲目的に信じるのはナンセンスであって、全ての行動は
「自らの取捨選択」の判断結果でしかなく、

それを信ずるか否かで生ずる利益不利益も
全て自らの知力の結果です。

(その判断力が未完成の未成年者は、故に保護されるわけです)

その意味では、全ての事象について「自分で納得
しなければ採用する必要は全くない」のです。

そう述べると次のように思われる方もいるでしょう、

「現実はそんなに簡単ではなく、納得していなくても
 しなければならないことが多い」ではないか?と。


ここに、大きな思考ギャップがあるように思います。

究極的に、物事は「するかしないか」「1か0か」
に帰結できると言えば、「そんなことはない、
人間の感情は複雑だ」と反論されるかもしれません。

なるほど、人間を含め「全体」の流れを見れば
「現象」というものは非常に複雑な動きをするかに見えます。

が、非常に細分化していくとシンプルな単位の
集積でしかないことが多いものです。


(量子力学上でも挙動が今だ予測できない難題も多い
 ですが、将来シンプルに記述されると思います)。


その細部が全体として「統合」される奇跡に驚きを
隠せませんが、ともかく人間行動レベルでは意外と
シンプルな思考パターンに帰結できるのです。

気難しい性格の人でもその行動原理はシンプルだったり
します、そこまで「周囲が読み取らない」だけであって。。

(この点に関して、対人関係についての相談を生徒から
受けたりしますが、それはまた別の機会に改めます)


「納得していなくてもしなければならない」と言って、
事態が変わるでしょうか?本当に納得できないなら
「しない」方が良いでしょう。

放棄した場合のリスクや諸事情を考えて結局「する」
ならば(それが49対51の僅差であったとしても)
喜んでした方が精神衛生上も健全です。


ただ、このようなことは自己啓発本などでもよく
書かれていますが、この点が最大の罠だと思います

「納得していないけど納得しなければ」という意識では
「ネガティブな思考を上から押さえ込んでいるだけ」なので、

これは後々何かの拍子にパンクしますし、それでも
「我慢してポジティブに思おうとしていれば」
欝状態に陥る危険すらあります。


マイナスを無理やりプラスに思い込むのではなく(それは
自分を誤魔化しているだけなので心理的ストレスとなります)、

マイナスはマイナスとして受け入れた上で、
どうすればそれをプラスに繋げられるか
をパズルを解くように楽しんで考えるべきです。

電子が電流として流れるには+極と−極が
「何らかの形で」繋がれることが必要ですが、

万物においても全ては+と−のバランシング、
マイナスだけ拒絶しても運命というモーターの
好転は望めません。


それぞれが人生の局面でプラスとマイナスの
配線に迷いますが「我々が望みさえすれば」
いつでも繋ぎ変えることができます。

「私には全ての配線を変える力がある」と思えば
「そうなる」でしょう。頭が良いと思えば
「そうなります」(信じられないでしょうけど)。

これが「頭が良いと感謝すること」の意味です。

そこにいう「頭が良い」とは、誰かと比較して
「他者より優れている」という意味ではありません、
絶対評価としての「自己への感謝」です。

いずれ「自分は頭が良い」という価値判断すら
超えていきますが、その前の助走段階として
「自己への絶対的自信」を持つことは大切ですし、
「知力」を雄大に遊ばせていくには非常に有効です。


「マイナスと感じることは感謝して受け入れ、
 プラス極に繋げば運命は回る」


ということで、今日は終わることにします。


posted by laluz at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | IQ・知能
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