2011年07月21日

「知能」と「信頼」


「先生は分からない気持ちって分かりますか?」と
随分前に尋ねられたことがあります。

今考えても、難しい質問ですね…。

「分からない子の気持ちって分かりますか?」と
いう意味だとすれば、なおさら難しい質問です。

厳密に言えば「分からない」はずです。

人の気持ちに対して簡単に「分かるよ」と言う者
ほど底が浅いもの。喜怒哀楽を「共有」することは
できると思いますが、まずは「分からない」という
意識からスタートするべきでしょう。

相手の気持ちなど「簡単に分かるはずがない」ので、
じっくりと話を聴いて、(表に出さない情報も含め)
相手のメッセージを誤解していないか慎重に整理
しながら、少しでも「分かろうとする」ことが
最も大切だと私は考えています。


これは、私自身が幼少から「人に理解されにくい
複雑な思考」をしてきたため「相手への伝達度」の
問題に腐心してきた経験も大きいでしょうが、
子供といえど(むしろ子供だからこそ)非常に
深い世界観を持って生きているものです。

子供たちは「周囲に自分の世界観を伝えるための
コミュニケーション能力が未熟なだけ」であって、
その奥底には「非常に深い世界が未整理のまま」
複雑に絡み合っています。大人になっていくにつれ
整理されて(大抵は良くも悪くも「単純化」されて)
いきますが、未成年期では混沌としているものです。

もちろん性格にもよりますが、気難しいタイプの
子は99%「自分の世界観を整理・再構築中」です。
それが「世界の再構築」と重なることもあります。

しかし、それを子供の考えることだと思って
真剣に向き合わなかったり、安易に「分かるよ」
と言うことは、好ましくない姿勢です。

「あー、この人に話しても無駄だ」と思われれば
向こうから世界観レベルの「本音」を話してくる
ことは残念ながらなくなっていきます。

複雑な世界観・心理を「簡単に分かる訳がない」と
思うことを前提に、「分かろうとしよう」という
敬意ある意識で耳を傾けることが「自我形成」だけ
でなく「心からの信頼」形成にもつながります。


逆に、子供の複雑な世界が、混沌としたまま
聞き入れることなく鬱憤とともに凝縮されると
「自分の世界観を聞き入れさせる」対外的行動に
出るリスク(傷害・家庭内暴力などの反社会行動)
が高くなるのも、哀しいながら現代の流れです。
(自己存在意義の確認行動とも言えるでしょう)

…そもそも私自身、自分自身のことが「分からない」
のですから、他者の全てを「分かるはずありません」。

「自分のことが分からない」からこそ、知能の限界を
求めてみたり、不老不死の可能性を自分で研究して
みたりと、脳と一緒にいろいろ楽しんでいる訳です。

宇宙の全てを解き明かす鍵である「万物理論
(Theory of Everything)」でも解明できれば
まだしも「分からないことだらけの私」だからこそ
せめて周囲の情報を正確に把握して、周囲の最適解を
見つけようと謙虚に努めているとも言えます。

さて、質問に戻りましょう。

「分からない気持ちって分かりますか?」については、
「私も分からないことだらけだから、同じだと思うよ」
と答えるのが正直な所でしょうか。

「分からない子の気持ちって分かりますか?」に対しては
「その子の気持ち全部が分かるとは言わないけど、
分かってあげようとはいつも思っている」というのが
ひとつの回答になるでしょうね。

ともかくも、複雑な世界観を持つ子たちは
その世界に真剣に興味を注ぐと、信頼を寄せて
いろいろ面白い世界・アイデアを見せてくれます。

安易に「分かるよ」と言わずに「分かろう」とする
態度が「信じても良い」と判断されるのかも知れません。

そして、その世界に深く向き合った人ほど
その「信頼」も厚いものになります。

「知能」も「信頼」も、本当の意味での世界共有が
あってこそ開花していくのだといつも感じています。


それでは、今回はこの辺りで。。



posted by laluz at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | IQ・知能
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