2011年07月22日

勉強も人間関係も


前回の「知能と信頼」についてご質問が
あったので、少しだけ補足をします。

相手の気持ちなど「簡単に分かるはずがない」ので、
じっくりと話を聴いて、(表に出さない情報も含め)
相手のメッセージを誤解していないか慎重に整理
しながら、少しでも「分かろうとする」ことが大切〜


〜だと述べましたが、もちろんお母様との関係でも
当てはまります。

むしろ ご家族など「近い存在」であればあるほど
「相手のことを分かっている」と誤解しがちです。

特に「自ら命を宿された母親」という存在は、
その子が産まれる前から「知っている」訳ですから
「分かっている」と仰る資格はお持ちでしょう。

しかしながら、子供は日々変容しています。

分かっているという意識で接していると
内面世界の微妙な変化を読み落としてしまい、
子供たちにしてみれば「何も分かっていない」と
感じるようになるわけです。

「母親だから分かっている」というものではなく、
子供を一人の人間として「分かろう」という意識で
お互い接することが本質ではないでしょうか。

相談を受けている時にも、親御さんに対して
不満を感じている子というのは少なくありません。

それぞれに言い分はあるでしょうが、生徒には
「あなたが自分のことを理解してくれないと思う
のと同じように、親御さん側もあなたが考えを理解
してくれないと感じていると思うよ?」と尋ねます。

結局のところ、どちらか一方だけが悪いことは少なく
双方の「誤解」によるものがほとんどだと思います
(誤解の程度と、誤解時間の長さの差です)。

「自分だけが理解されない」のではなく、
相手と同様に自分も「相手を理解していない」
という構造に気付くべきです。正確にいえば
「理解しよう、分かろうとしていない」のです。


お互いが「分かろう」という謙虚な意識でいれば
相手の意見には耳を貸すようになりますし、
同意し得なくても「誤解」は消えていきます。

過去にも何度か、コミュニケーションの齟齬により
親子関係がスムーズでない場合、親御さんに対して
厳しく指摘したことがあります(もちろん 他人は
家庭内事情に積極的に立ち入るべきではないので、
ご家庭から求められた場合のみですけれど)

年下の教師風情に問い質されるのは気持ちの良いもの
ではないでしょうが、それでも誤解が多少でも解け、
両者に会話のキャッチボールが見え始めると、双方
からは感謝されますし、私も嬉しいものです。

私は「(受験)勉強を教える者」ではなく、
「自分で勉強できるようリードする者」です。

その立場から、最もお伝えしたいことは
「分からない」ということは間違いではない
ということです。恥じる必要さえありません。

「分かっていると思い込む」方が間違いです。

「分かる」のが当然ではなく、「分からない」
からこそ分かるように向き合って、理解できる
よう真剣に取り組むことができると思います。

勉強も人間関係も、全く同じですね。

「分かろうと真剣に向き合う者」に対しては、
人間も学問も「向こうから」その深い内面を
自然と教えてくれるようになります。


…それでは、今回はこの辺りで。
また来週にお会いしましょう。


posted by laluz at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | IQ・知能
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