2012年03月21日

「智力」「知力」


皆さま、こんにちは。

前回は「魅力」について書きましたが、
「〜力」というものについて考え直すのも
一興と思いましたので、「「力」を考える」と
いうテーマで定期的に書いてみることにします。


さて、今回は「智力」について。

このブログでも相当回数「智力」「知力」
という言葉を用いていることと思います。

まず、「智力・知力」とは・・・

『日本国語大辞典』=才知と勇力。また知恵のはたらき。
『明鏡国語辞典』=知恵を働かす力。知的な能力。
『広辞苑』=知恵のはたらき。


・・・などとなっています。

ハッキリ言って何も分かりません。

「知力」=「才知」でしょうか??


『類語例解辞典』では・・・

「才気」は鋭い頭脳の働き、「才知」は心の働き、
「才覚」とは閃きのある素早い頭の働きをいう、
「知力」は体力・意力などに対して知恵の働きをいう。


・・と述べられています。


ともかく「智力・知力」とで意味の違いはない??

そもそも「智恵・知恵」とは何なのか。


ここで『智』を 表層的に求めてみると・・・

1.(智慧)仏語。相対世界に向かう働きの「智」と
悟りを導く精神作用の「慧」。物事をありのままに
把握し、真理を見極める認識力。

2. 物事の道理を判断し処理していく心の働き。
物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力。

3.【哲学】sophia. 学問、知識を積み重ねただけの
ものではなく人生の真実を悟り、物事の本質を理解する
能力、または知識を正しく使用できる実践的な英智。


・・・と、概ねこのように整理できます。

厳密な用法の違いは学術精査していませんが、
ニュアンス的に「智力」というのは1・3の意味、
「知力」というのは上記2の意味に近いのでしょう。。


少し、仏語(フランス語ではない)に関して整理しますと。

我々が日常に物事を認識し理解する能力、すなわち
「知恵」は「分別智(ふんべつち)・差別智」とされます。

分別智は、常に「有無、善悪、是非」など相対概念において
区別・判断(分別)するものなので差別智といわれます。

これに対して仏道における「智慧」とは、
上記の分別心を取り払って事物の在り方を正しく見る
(如実知見)ことをいい、全てを区別せず平等である点
「無分別智・無差別智」と称されます。


智を求める「ラルース進学塾」でも「悟りの境地」
を求めるレベルまではさすがにフォローできませんが…


単なる受験知識・机上の空論で自己満足するのではなく、
今という貴重な時間を使って得た知力で実践行動し、

成功と失敗を繰り返しながら、支えて下さる全てに
自発的感謝を捧げられる程度の智力は身に付けて
欲しいとは心から思っています。


そして、自らの意思で当塾に来られた方々は
きっとそうなって行くことでしょう。


…と、「知」「智」について英語表現との
比較もしたかったですが、時間切れです。。

「知恵」「智恵」というものは言葉で語れない
性質のものでしょうし、その答えは(私を含め)
各々が終生考えていくものだと思いますので、

今回はこの辺で終わりにします。




posted by laluz at 17:00| Comment(2) | 「力」を考える
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