2012年06月20日

「さそりの火」


皆さま、こんにちは。

不規則・変則的な更新が続いていますが
いつもご訪問下さりありがとうございます。

季節外れの台風などありますが
お変わりありませんでしょうか?


記事の草稿などは空き時間に軽く書いている
のですけれど、どうもピンとこない時が多く
ちょっと未更新の回が増えていますね。。


さて、自宅近くでネズミの亡骸を見ました。

亡骸と言っても、頭部と内臓の一部だけの
見る形もなき哀れな姿でしたけれども、
どうやら猫などに捕食されたのでしょう。

ハエがたくさん舞っていましたが、
その頭部は不思議と安らかに見えました。

苦痛に歪んでいるのではなく、
ある意味「可愛らしい顔」に。

その姿を見て「蠍の火(さそりのひ)」を
思いだしたので、これと言って有益なものでも
ないでしょうが、それを書き述べておきます。


「さそりの火」作詞:宮沢賢治(童話「銀河鉄道の夜」より)

 あれは何の火だろう あんな赤く光る火は
 何を燃やせばできるんだろう

 あれはさそりの火だよ さそりが焼けて死んだのさ
 その火が今でも燃えていると言う

 むかしのバルドラの野原に一匹のさそりがいて
 小さな虫やなんか殺して食べて生きていた
 するとある日、イタチに見つかり食べられそうになった
 さそりは一生懸命逃げた

 けれどもとうとうイタチに押さえられそうになった
 その時、前にあった井戸に落ちてしまった
 どうしても上がる事が出来ずに さそりは溺れはじめた
 その時、さそりはこうお祈りした

 ああ、私は今まで幾つもの命を 奪い取ったかわからない
 そして今度は私がイタチにとられようとした時、
 あんなに一生懸命逃げた

 それでもとうとうこんなになってしまった
 どうして私は私の身体を
 黙ってイタチにくれてやらなかったろう
 そしたらイタチも一日、生きのびたろうに

 どうか神様、私の心をごらん下さい
 こんなに虚しく命を捨てずに
 どうかこの次には誠にみんなの幸いの為に
 私の身体をお使いください

 そしたらいつかさそりは 自分の身体が真っ赤な
 美しい火になって燃えて 夜の闇を照らしているのを見た
 その火が今でも燃えていると言う

 どうか神様、私の心をごらん下さい
 こんなに虚しく命を捨てずに
 どうかこの次には誠のみんなの幸いの為に

 僕はもうあのさそりのように
 本当にみんなの幸いの為なら
 僕の身体なんか 百ぺん焼いてもかまわない



安らかに眠るにはハエが煩そうだったので、
地に還れるように埋めてあげました。

それが「正しいこと」かどうかは分かりませんが、
(ハエたちの食事を邪魔したとも言えますし)

その小さなネズミの安らかな顔は
終生、覚えていることでしょう。

(些細なことでも忘れない体質なので)

私にできるのは、遍く生死の連鎖の中で
在り難き「今」を楽しむだけですが、

いつも変わらぬ皆さまのご厚意に
いつも感謝しています。


それでは、今回はこの辺で。



posted by laluz at 23:30| Comment(0) | アートな話
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