2012年07月19日

「 表現力 」


皆さま、こんばんは。

日に日に暑くなっているようですが
皆さまご自愛下さいますように。

さて、今回は「力を考える」ということで
「表現力」というものをテーマにしてみます。

『日本国語大辞典』によれば「表現力」とは
「表現する能力。表現する働き」とあります。


うーん、それは分かるのですけど…
という感じなので、「表現」の項目を見てみると、

「内面的・主観的なものを、表情・身振り・言語・音楽・絵画・造型など、外面的・感性的にとらえられる形式によって、伝達するようにすること。[日本国語大辞典]」

「心的状態・過程または性格・志向・意味など、総じて内面的・精神的・主観的なものを外面的・感性的形象として表わすこと。[広辞苑]」


…というように記されています。

とすれば、「表現力」とは・・・

「心的状態・過程または性格・志向・意味など
 総じて内面的・精神的・主観的なものを、
 表情・身振り・言語・音楽・絵画・造型など
 外面的・感性的にとらえられる形式によって
 表わし、伝達することのできる能力」


と、このように言うことができるでしょう。

さて、この「表現力」なのですが、

「表現」というものが「他者」の存在を
前提にしているのならば、その表現を受け取る者の
「表現受領能力」も大きく問われてきます。


一般的には「気付かれていない」だけで
感知できる者が見れば「類稀な表現」だと
評価することは、歴史上も少なくありません。

この観点からすれば、「表現」というのは
それをキャッチしてくれる者があるかどうか
によって大きく左右されてしまうでしょう。

「表現」の相手は様々で、周囲や観客だったり、
コンクールの選者だったり、自分自身だったり。

あるいは「時代」そのものへ、あるいは
「神」に対して自分の存在を開示する、
というスタンスの表現者もいるでしょう。


「表現」しようとする者にとっては
誰に対して表現したいのか?は重要です。

「表現相手がない表現」など成立しないでしょう。

「表現」を受け取ろうとする者にとっては
その表現が何を意図しているのか、何に対して
表現されているものなのか?を考えることが、
その表現を読み解く鍵となります。

その者の「表現力」をさらに伸ばしたいなら
その観点からアドバイスしていくことが重要です。


この「表現」には芸術的性質に限らず
もちろん個々の内面性・願望・欲求などが
日々の態度・言動に表れることも含まれます。

それらの場合、表現力がないからできない、
というよりも「表現したくない」とか、
「表現すべきではない」と考えていることも
少なくないでしょう。

内面を表現したいなら、それを外部に分かり易く
伝えられるように「表現力」を磨きなさい、
…と片づけてしまうのは、とても簡単です。

しかし、それが未成年なら幾分酷でしょう。


そのようなスタンスでは、表現力も養われません。

表現することの喜びは、自分の表現によって
周囲の反応、ひいては世界が変わることの実感です。


人間は本来「表現したい動物」です。

個々の荒削りな「表現」を読み取り、
もっと自分を世界に開示せよ!と導くこと、

その「表現受領能力」という「対」があってこそ
「表現力」というものは開かれると感じます。


その相手が、「宇宙」や「神」であれば
孤独の中でも「表現」することはできますが、

一般的には、理解者を要求しますし、
その方が「表現力」も健康的に養われます。

まず、ご家庭が「理解者」となりましょう。
そうすれば、「非凡の芽」は開かれます。


この「表現」が受け入れられるのかどうか…
と計算的配慮が先行するのではなく、

(もちろん他者加害禁止法則は働きますが)

「表現」することが「私そのもの」だ!
 という「生」の純粋発現が根幹にある方が、
 やはりエネルギーを感じるものです。

「人生」というのは自己表現の舞台、

各々の表現相手に対して、大いに
喜怒哀楽を表現して行かれればと思います。



というところで、今回はこの辺で。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 23:55| Comment(0) | 「力」を考える
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