2012年11月07日

「 基礎力 」


皆さま、こんばんは。

今回は久々に「力を考える」ということで
「基礎力」というものについて。

「基礎が大事だ」とか「基礎力がない」とか
何となく言われている言葉ですが、その実は
「どういう意味」なのでしょうね?


「基礎」とは何か?というものを分からずして
「基礎が大事」とだけ言われても困りましょう。。

「自分に必要な『基礎』が何か」分かれば
目標達成は近いことは間違いありませんが、

そもそも「基礎って何?」というところが難問です。。


「神は、愛そのものなのだ。」と仮に言われても
「そこでいう『愛』って何?」となるように。

「その実、何も言っていないに等しい」わけで。

(知識の容量が増えれば、どんな人とでも
「近似値」を推論して共有できますけれど)


さて、「基礎」とは・・・

・物事が成り立っているおおもと、根本。
・建築物などを安定させるために設けた土台、礎。
・建築に先立って地面をならし、固めること。


・・・と、このような意味で使われていますね。

とすれば、「基礎力」というのは、

1.物事を成り立たせるための根本となる力、
2.より大きな物を安定させるための土台となる力、
3.建築に先立って地面をならし、固めていく力。


…と、このようなニュアンスで理解できるでしょう。


その上に、何を発展・展開させていくか?に応じて、
支えるために必要な「基礎力」の内容も変わります。

ここで「数学における基礎」を考えてみましょう。

(「人生における基礎」でも本質的には同じです)

まず、対象となっている「基礎」がどの部分か?
それを意識することが最も重要です。

東京大学を志望する人にとっての「基礎」と、
小学生で九九の計算がまだ完璧ではない子にとっての
「基礎」とは、その内容に大きな隔たりがありますが、

九九が重要な基礎であることに変わりありません。

数理的土台を組み上げていくパーツとして、
加減乗除の四則演算は、最重要な基礎です。

それだけでは東大数学は解けませんが、
それがなければ絶対に合格することもできませんね。

要するに、どこまでが最小限必要なパーツかは
自分の目標レベルによって変わってきます。


ただ、必要最小限のパーツ(標準問題の公式・解法)を
覚えただけでは、難関数学は解けません。

「基礎を使いこなす」練習が必要です。

九九を覚えたという小学生でも、順番に最初から
数えないと分からないようでは理解したと言えません。

また、四則演算を覚えたと言っても、

(2÷3)+5÷(2+4×4-3) などのように、複雑になると
解けないというのでは、理解したとは言えませんよね?

基礎公式は覚えたけど、自由に変形できないのでは
「基礎」が築けたとは言えないわけです。

(上手な話し方、書き方などをマニュアルで学んでも
 臨機応変に使えないようでは意味がないように。)


それでは、「基礎」を使いこなす練習を重ねれば
どんな難関数学でも解けるようになるか?と言えば、
「そうです」と断言できない面もあります。

「問題を解く」という形式には、大きく2種類あります。

1つは、与えられた「条件」を上手く崩したり
変形させたりして、「解」にバラしていくパターン。

もう1つは、基本パーツを積み重ねていって、
想定される「解」を完成させるパターン。


一般的には「問題を解く」という文字通り、
前者のパターンを練習することが多いでしょう。

このような「形」が出たら、このように崩していって
それから、その崩したパーツを組み合わせていって…
というように、解法リズムを練習していくわけです。

しかし、それは「完成形」を崩していくだけで
本来的には「創造的」行為ではありません。

「基礎」というものが、その上に築かれるための
土台であるように、数学というものも基本パーツを
積み重ねて、更なる高みに到達する営みです。


従って、難関数学においては、単に「解く」よりも
基本パーツを使って「解を探す」「証明する」という、
より創造的な思考を要求してくることになります。

「創っていく」のか「崩していく」のか。

このアプローチの違いを意識することです。


この模型を、壊れないようにキレイに崩して下さい、
というのと、このパーツを使って上手く組み立てて
下さい、というような違いですね、例えてみると。

どちらも「基礎」の理解が必須です。

しかし、何もないところから「組み立てていく」のは
形あるものを「崩していく」より遥かに難しいもの。

同じ「基本パーツ」を使っていても。

東大・京大であっても、時間内で解く「入試」である点、
小問形式による誘導などがあったりしますが、
難関を志望する上で「基礎」を固めるというのは

「基本パーツを正確に理解し、その基礎の上に築かれる
議論を意識した上で、組み合わせを学ぶ」ことです。


青チャートだけで東大理系数学をクリアできるか?
というような不毛な議論も古くからありますが、

結論を言えば「その基本を自由に組み立てられるよう
意識した実戦演習」を進める方なら合格できます。

逆に、そのような「組み立て方」を意識しない限り
どんな演習テキストを使っても、数学力は付きません。

(入試数学をクリアするだけなら可能としても)

自分にとっての「基礎」とは何か?

目標達成のために必要な土台は何かを考え、
その土台をしっかり築くための「基礎」は何かを
逆算して、現段階で必要な「基礎」を把握すること。

この思考は、何も受験・学問に限らず、
人生全てにおいて有意義なものだと思います。


「基礎力」とは、

自らの目標を実現させるために必要な土台を築き、
その土台を積み重ねていくことで地盤を固める力、

そして物事を成り立たせる根本となる力は
他ならぬ各人の強い意志です。


「全ては基礎あるのみ」という言説は
究極的には「意志があるか否か」に帰しますね。


…と「何も述べていない」に等しいわけですが、
実際そうなのですから仕方ありません。

逆に言えば、「強い意志」という揺るぎない基盤が
自己の深奥に築かれるなら、もうブレることはないはず。

どのような試練でも支えきれる
究極の「基礎」があるわけですからね。



・・・と、長くなったのでこの辺で。

不定期更新ながら多くの方々にご訪問頂き

いつもありがとうございます。



posted by laluz at 23:45| Comment(0) | 「力」を考える
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