2012年11月15日

「無量大数を超えて」


皆さま、こんにちは。

急に冷え込んできましたね、寒さが苦手な方は
くれぐれもお身体ご自愛下さいますように。

さて、今回も動画紹介で行こうかなと思います。

(と言っても、執筆時間に大差はないのですけど…)

前回は「宇宙の果て」ということでしたので、
それに関連して、果てなき「数の世界」について。

「無限」とは?というお話は今回置いておいて
「有限の数」と称されながらも、巨大な数は
日常を超えて、果てなく続いていきます。。


幼い頃、無量大数の歌とか覚えた方もいるでしょう。

小学生の頃に「単位」を習う際、興味がある子なら
無量大数まで自然と覚えていったと思いますが、

その時は、本当に「無限」のように想像も出来ない
絶対的天井のような印象があったものです。

この点、「無量大数」などの「位」については
中国での用法や、仏典での用法、時代に伴う変遷など
多様で複雑な面がありますが、この日本においては
「無量大数」=10の68乗 という理解が普及しています。


一・十・百・千・万・億・兆・京・垓・杼・譲・講・澗・
正・載・極・恒河沙・阿僧祇・那由他・不可思議・無量大数、


…それでも現実世界ではあまり馴染みがない単位ですが、

(「杼」は正確に記載できないので慣用字を当てています)

意外と身近な問題の中でも「恒河沙(ごうがしゃ)=1052」など
数えようと思えば数えることもできます(誰も数えませんけど)。

最初の動画がそれです。

「フカシギの数え方」


Copyright 2012(c)National museum of emerging science and innovation

…ところで、「数」は「無限」に続いていくので
命名さえすれば「数の単位」も際限なく創られます。

「無量大数を超えて」というのが次の動画です。


無量大数を超えて



転載元:http://www.youtube.com/watch?v=ruSJZ32MLwg


「不可説不可説転」は
1037,218,383,881,977,644,441,306,597,687,849,648,128

即ち、10の
37澗2183講8388譲1977抒6444垓4130京6597兆6878億4964万8128 乗
ということになるわけですね・・・。


103.7×1037 という数!

「無量大数」=10の68乗 なので赤子のようなもの…。

さて、西欧ではこのような巨大数の数え方はないの?
と疑問に思いますが、もちろんあります、狂気的にさえ…。

trigintillion(トリギンティリオン) 1093
googol(グーゴル) 10100
cenntillion(センティリオン) 10303

milliillion(ミリリオン) 103,003
millimillion(ミリミリオン) 103,000,003
nanillion(ナニリオン) 103,000,000,003

picillion(ピキリオン) 103,000,000,000,003
mecillion(メシリオン) 103,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,003


3と3の間に0が32個、すなわち10の300講3乗 です。
この辺りで「不可説不可説転」を超えていきます・・・。

googolplex(グーゴルプレックス) 101…(0が100個)
すなわち 10googolです。

hectillion(ヘクティリオン) 103…(0が300個)…3
killillion(キリリオン) 103…(0が3000個)…3
megillion(メギリオン) 103…(0が3,000,000個)…3

gigillion(ギギリオン) 103…(0が3,000,000,000個)…3
terillion(テリリオン) 103…0が3,000,000,000,000個…3

googolduplex(グーゴルデュプレックス) 101…(0が1000個)
= 1010googol

Googoltriplex (グーゴルトリプレックス) 101…(0が10000個)
= 101010googol


…もう、何が何だか…という感じですけど、

これより先もまだまだ続いていきます。(参照 -Illion Numbers

しかし、それらも所詮は「有限の世界」、
「無限」は文字通り「永遠・永続」ですからね・・・

(「無限」にも「濃度の差」はありますけど)

不可説不可説転さえ余裕で超えていきましたが、
これらの単位は20世紀とか最近に造られたもので
仏典由来単位の「歴史」には敵いません。

何が何だか分からない世界を漂うと
日常世界の些事など塵の如しですけれど、

内面的深奥の無限性を考えると、その些事さえ
とても大きく重要なことに感じたりもします。


視線を遠く、宇宙の先を考えていくと
いつのまにか自分の中に辿りついていたような。


…と、予想外に長くなりましたので
今回はこの辺で終わりにします。

いつもありがとうございます。


posted by laluz at 08:00| Comment(0) | 日記
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