2013年03月28日

「 錯視の世界 」.


皆さま、こんにちは。

今回も随分と間が開いてしまいましたが、
有意義な日々をお過ごしのことと思います。

ブログをサボり過ぎなのでは?!という
生温かいお言葉も頂きましたが、否定できませんね…

去年のように「時間を取って書く!」方針ではなく
「時間が取れたら書こう」になっているのは確かなので。


それにしても、ちょっとサボり気味ではあるので
楽しみにして下さる方々がおられる以上、
記事更新していこうと思います。。


さて、今回は「錯視」についての動画などを。

2011.11.5「Moon Illusion」でも錯視を取り上げましたが。

下の画像は、有名な「the rotating snake 」。

(拡大表示すれば、より効果的ですが・・・
 気分が悪くなり易い方は、凝視されませんよう!)

snake

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2003 (September 2, 2003)

画像自体は動いていないのに、動いているように見えます。
このような「錯視」はネコたちもするのかどうか?





上段の子は、ヘビが動いて見えているようですね。。
下段の子は…全く関心がない様子。動いて見えたかはともかく。

この子たちを「愛らしい」と思うのは必然としても
(全くそう思わない反ネコ派もおられるでしょうけど)

「存在しないもの」に対して「あるように見ている」、
「存在するもの」に対して「ないように見ている」、

…という事態は、人間において往々にあります。


「真実のところは存在しないもの」であっても
社会において、大多数が「その存在を信じる」ならば
その仮想のものは「社会的現実」と看做されます。


「天動説」と「地動説」のように。

あるいは「真実のところは存在するもの」であっても
社会において、大多数が「その存在を信じない」なら
その実在のものは「一部の妄想」と看做されます。


上のネコたちのように、一つの事象において
世界の見方というのは各々変わりうるものです。

「それ」は、知力・経験・文化的背景によっては
驚くほどに見方が変わりうるものであるので、

あらゆる事象において意見が対立する場合でも
相手において「そう見えている」前提を
思慮深く推し量る視点が重要です。


「対立」というものは対等なものの間で起こること、

一方が、圧倒的知力や精神性を持つ場合、
好ましくない「対立」など起こらないでしょう。

(好ましい「対立」を楽しむ場合は良いとして。)


人間においても様々な視点がありますが、
そのどちらが正しいか?を声を荒げて問うのは
上記ネコのどちらが正しいか?を問うようなもの。

「上から目線」で受け流すというのでもなく
する人しない人いるけど「錯視」って不思議だよね?!
というような緩やかな感覚で、互いの視点を楽しめば。


人間世界も「錯視」で満ちていますからね、
各々の「錯視」の世界を一々正すのは無粋でしょう。

「幸せな錯視」なら、むしろ健康的です。

(もちろん「錯視」を理由に「他者を害する者」には
 その限りで相応の矯正・粛正が必要と思いますけれど。)



…と、これ以上はムダに長くなってしまいそうなので
まとまりに欠けますが、今回はこの辺で。

いつもご訪問ありがとうございます。



posted by laluz at 06:00| Comment(0) | IQ・知能
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