2015年03月22日

芸術との共振


皆さま、こんにちは。

麗かな「春」という時候になりましたが、
皆さまも日々健やかにお過ごしのことと思います。

各々の歩んできた一つの道を卒業して
新しい方向へと舵を切る 喜ばしい季節。

時期的にもおめでたい空気に包まれますし
諸々に対して心からありがたい気持ちになれますね。

ここで新たな道に踏み出す皆さまには
心からお祝い申し上げる次第です!


そういうおめでたい空気の中
のんびりと春のアート散策をしておりました。

今回のセットメニューは以下の通り(今回もリンクは張っていません…)。

・「 グエルチーノ展」国立西洋美術館@上野
・ 「新印象派展」東京都美術館@上野
・「ルーブル展」 国立新美術館@乃木坂
・「ワシントンナショナルギャラリー展」 三菱一号館美術館@丸ノ内


・・・というアート内容です。


今回はいつもに比して観覧先が少ないながら
筆舌に尽くしがたく深い知的時間を得られました。

特に「グエルチーノ展」は秀逸という言葉では陳腐過ぎて
どう形容すればよいのか… ただ崇高な力に圧倒されます。

グエルチーノ(1591-1666:本名はジョヴァンニ・
フランチェスコ・バルビエーリ)はイタリアバロック美術を
代表するイタリア美術史における著名な画家のひとり。

出品作品の多くはチェント市立絵画館の収蔵ですが、
そのチェントは2012年5月の地震で大きな被害を受け、
当絵画館はいまだに閉館したまま。震災復興支援を兼ねて
開催された本展ですが、大震災を経てきた日本の方々は
その痛みを共有することが出来ることでしょう。。


ドイツの文豪ゲーテはグエルチーノの絵を観るため
わざわざチェントを訪れ、グエルチーノの作品について
「彼の筆の軽妙さ、円熟さただ驚嘆の他はない」と
『イタリア紀行』に書き残しています。

この時ゲーテが見た≪聖母のもとに現れる復活したキリスト≫
(1628-30年 チェント市立絵画館)

guercino.jpg

『聖母はキリストの前に跪きながら、えも言えぬ心情を籠めて彼を見上げ、彼女の左手はキリストの気味の悪い、画面全体をいためるばかりの傷のすぐ下に触れている。キリストは自分の左手を母の頸(くび)のまわりにおき、母をよく眺めようとして、体をいくぶんそらせている。これはキリストの姿勢に、あえて不自然とまではいわないにしても、何かしら異様な感じを与える。それにもかかわらず、この像は限りなく気持がよい。母を眺めている哀愁を帯びた眼差しは独自のものであって、あたかも自分や母のうけた苦悩の思いが復活によって直ちに消し去られることもなく、高潔な彼のたましいの前に漂っているごとくである』岩波文庫(相良守峯 訳)

…芸術全てに言えることですけれど、時空を超えて
偉大な才人と対話できるというのは至高の味わい。

ゲーテはこの作品の前で何を思い、何を感じ、
その後の思索にいかに消化・昇華させていったか
それらを深く想いながら遍く奇蹟が心で共振します。

guercino_.jpg
グエルチーノ《聖母被昇天》1622年?チェント サンティッシモ・ロザリオ聖堂

その迫力と対峙しなければ伝わらないところも多いですが
参考までにインターネットミュージアムの取材レポートはこちら。
『グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家』




芸術とは 対象との魂の共振とも言い得る体験ですが
自らの心身を清浄に整えて 声なき声に全六感で応えてみると
日々どの瞬間さえも芸術的な体験領域でしかありません。

心身を清浄に整えるという見地では 身の置き所も
人気の少ないのんびりしたところの方が好ましいですが
真にリラックスできればその時空は芸術的対話の場に変じます。

今春から「アマン東京」が開業する(した)ので、
プレオープンのうちに滞在しておりましたが、
人口密度が低く 時間の流れがゆったりしていて
思索を自由に遊ばせ深めていくには良質な空間でした。

特別なおもてなしを頂けたことも全て必然ながら
これもひとえに皆さま方の日々のご支援の賜物です。


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高さ約30mを誇るロビー天井部の吹き抜け。
障子や行灯のように和紙から紡ぎ出される柔光は
荘厳ながらも優美な空間を作り出しています。


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ライブラリーの書架。反対側も対称的にディスプレイされています。

蔵書セレクションも興味深いものが多かったので
リフレッシュウォーターをサーブしてもらって
ゆっくりと読書が楽しめる空間は個人的に好印象です。

プレオープンだったので誰もいない空間でのんびりできましたが
正式オープンした今はさすがに貸切状態ではないでしょうね…



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リビングルーム。あえて豪奢ではなく落ち着ける空間。
他に書斎スペースもあって長期滞在には良い感じです。



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部屋に備えてくれている本の一部。
百人一首を対英訳と読み返しましたけれど
和歌の心を英語で表現するのは難しいですね…


…と、ホテル評論ではないので(要望はありますのでまたいつか)
本題に戻すと、徹頭徹尾「自ら」こそが主役であり
人生の物語の主人公であると意識していさえすれば
周囲の事象・時間に振り回されることもありません。


自分の人生は自らのみが脚本家であって
そのシナリオをいかに綴っていくかは各々次第。

アマン東京に限らず、秀逸な滞在先というものは
静かな時間の中で 自分の(至高の)思考の力を
確かに気付かせてくれる、すなわち人生の主役は
自らであり 周囲の為にも良き脚本を綴っていこう
という意識にさせてくれる芸術空間そのものです。

グエルチーノのような崇高な絵画との対話だけではなく
遍く万物、石や木々に至るまで、自己との関わりの中で
確かに共振することが出来れば、人生を綴っていく上で
良き導きが自然と降りてくることでしょう。



皆さまの人生に良き一節を連ねる一助になっていれば
幸いこの上なしですが、少なくとも私においては
皆さまとの時間は有り難い導きの顕現です。

いつも本当にありがとうございます。


posted by laluz at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アートな話
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