2020年08月17日

「土用の丑」とウナギ


皆さま、こんにちは。

8月2回目の更新ですが、
なかなか大変な夏をお過ごしかと存じます。

熱中症との兼ね合いもありますし、
くれぐれもご自愛下さいますように。


さて、題名が「土用の丑」ですが、
2020年は7月21日、8月2日と、2回とも
過ぎているので、やや時季外れかもしれません。

ただ、この「土用の丑」とはそもそも何か?
という点は、意外と知られていないので
簡単に整理しておこうと思います。


まず、「土用」という言葉ですが、
「土旺用事(どおうようじ)」の略語です。

陰陽五行説では、四季を五行(木・火・土・金・水)
に割り振ります。春=木、夏=火、秋=金、冬=水・・

「土」はどうなったかと言うと、四立(しりゅう:
立春、立夏、立秋、立冬)の前18日〜19日の期間が
割り振られました。

およそ18日×四季=72日となり、五行それぞれ
約70日ずつ担当することになったわけですね。

「土旺用事」とは「土の気」が旺盛な時期を指し、
土を動かしたり掘ることは忌むべきとされました。

※ 土を触っても大丈夫な「土用の間日(まび)」もある。

その土用期間のうち十二支の順で回ってくる
「丑の日」に当たる日が「土用の丑」です。

従って「土用の丑」というのは、夏に限らず
四季ごとに必ず1日はあるわけですね。

【2020年の土用の丑の日】
1月23日/4月16日、4月28日/7月21日、8月2日/10月25日、11月6日/


さて、「夏の土用の丑」にはウナギを食すのが
良しとされてきましたが、本来ウナギの「旬」は冬。

今でこそ養殖ウナギが普及して年中というか
夏でも脂がのるように育てられていますが
天然モノは冬が一番美味とされてきました。


要するに、夏のウナギは冬に比べたらイマイチ
だったわけですが、夏にもウナギを売りたいことで、
アイデアを練ったのが「夏の土用」はウナギ!
という売り出し文句だったと伝えられています。

ただ、これは単なる思い付きでもなく、
夏にウナギを食するのは万葉集にも詠まれています。


石麻呂に われ物申す 夏痩に
 良しといふ物そ 鰻取り食せ


【原文】 石麻呂尓 吾物申 夏痩尓 吉跡云物曽 武奈伎取喫

【読み】いはまろに われものまをす なつやせに よしといふものぞ むなぎとりめせ


(石麻呂さんに申し上げますよ。
夏痩せに良いものですから鰻を捕って食べて下さい。)


『万葉集』巻十六 3853番
大伴家持(おおとものやかもち)の和歌。

古くは奈良時代「万葉集」が作られた760〜780年頃から、
夏に鰻を食べて英気を養おうという考えがあったと。

もともと土用の丑の日に、「う」のつくものを食べると
病気にならないという言い伝えがあったところ、
この言い伝えと「万葉集」のウナギを根拠に
江戸時代の蘭学者、平賀源内が助言したと言われます。

「土用の丑の日うなぎの日 食すれば夏負けすることなし」
と張り紙をするように助言したところ大繁盛したと…

ただの売り文句ではなく、万葉集に根拠ありと聞くと
へーそんなに古い伝統なのか!と思いますよね。


まあ、そんなこんなで「夏の土用の丑のウナギ」は
現代でも「風習」として残っているわけです。

丑の日なんだから「牛」を食べればいいじゃない?
と思うでしょうが、土用期間は殺生も忌むべきと
されているので…まあウナギなど魚はOK
というのも、どうかなぁと思いますけども。

自分にとって 元気・活力が得られる
「ウが付く食物」を取り入れるのが最良ですね。
「ウーロン茶」とか入れれば何でもアリです。


いずれにせよ、夏に体力が削がれやすいのは
今も昔も変わりません。ウナギはともかく
しっかり水分補給を心がけて収穫の秋に備えましょう。


それでは、今回はこの辺りで。

いつもありがとうございます!

posted by laluz at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月04日

2020年8月の始まり


皆さま、こんにちは。

2020年 第7番の月も過ぎました。
2020年の約58%経過したわけですけど、
例年より遅い梅雨も明けました。

今季も洪水被害が各地でありましたし、
試練の日々が続く昨今ではありますが、
お変わりなくお過ごしでしょうか。




ありとても たのむべきかは 世の中を
 しらする物は 朝がほの花


(いま生きているからと言って、明日も無事だとは限らない。
それを教えてくれるのは、あの朝顔の花です。)



和泉式部 『後拾遺和歌集』0317

アサガオ(朝顔、牽牛花)は、ヒルガオ科
サツマイモ属の一年性植物
(学名: Ipomoea nil、英名: Morning glory)。

日本自生の植物ではなく、奈良時代末期〜平安時代に
遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものに由来します。

『万葉集』で詠まれる「朝顔」は、我々が知る
アサガオではなく、桔梗(キキョウ)・槿(ムクゲ)
を指すというのが通説です。


さて、今回の和歌は平安中期に詠まれているので
アサガオの可能性が高いですが、和泉式部が
想定しているものがそうかは分かりません。

ともかく「アサガオ」は一日どころか
朝の午前中だけ咲いた後は枯れてしまう
「一日花」なので、儚さ(はかなさ)を
表す花として芸術に取り上げられてきました。

和泉式部の和歌も、ストレートに
世の儚さを詠んだものですが、
文字通り「真理」を突いたものです。

コロナ禍であったり、洪水などの天災で
いつ何が起こるか分からないのが世の常。

だからこそ「今」という掛け替えなき時を
敬意と感謝の念で大切にできるとも言えます。


まあ、あまり「しんみり」とするのも
生産的ではありませんが、前向きに
歩んでいく上でも「日々の非代替性」は
念頭に置いておくことが大切ですよね。


コロナ禍は収束まで程遠く、異常気象と
言うべき気候変動も今後続くだけでなく、
各々にとっての試練も適宜あるものと思いますが、

過ぎ行く「時間」に敬意を払いつつ、
夏の日々を歩んで参りましょう。

それでは、今回はこの辺で。


いつも本当にありがとうございます。



(今月も世界情勢が許せば 16日前後に
 もう1回更新しようと思っています)

posted by laluz at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾