2020年02月16日

"宇宙スケール"を考える


皆さま、こんにちは。

(追記:最初に更新した際に、数値・単位の
入力ミスがありましたので訂正しました。
短時間とはいえ不正確な情報を公開してしまい
ご覧下さった方に深くお詫びします。
)


前回「時間」概念について少し触れましたが
時空・次元の話になると"考え方のコツ"と
言いますか、思考の枠を超える感覚というか
そういうモノについて質問を受けることが
たまーにあります。

脳を刺激し知能を高めるトレーニングとして
「尺度単位」を変えて考えてみることに
以前触れましたが2011年6月17日の回)、

「長さ大きさの尺度を体感すること」は
同様に脳トレーニングとして有益です。


大宇宙空間と素量子空間を想起できると
「時間・次元」感も柔軟に広がりますので
今回は「宇宙のスケール」を考えてみます。

まず、宇宙の構成要素のミクロ領域から
大宇宙へと 思考 を移していきましょう。

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水素原子を例に考えてみますと。

(陽子の半径についてはまだ確定していませんが)
水素の原子核(=陽子)の直径1.75×10-15m
=1.75fm(フェムトメートル)
とします。
* フェムト(femto) f=0.000000000000001

電子の古典半径は 2.818fmとされていますが
実際の電子は遥かに小さいと考えられます。
(というか"大きさ"を定義できるかさえ確定ではない…)
とりあえず ここでは単純化して電子直径を
陽子の10分の1として0.18×10-15m


水素原子(ボーアモデル)の直径は
約1.06×10-10m=1.06Å(オングストローム)

* Å(オングストローム)=0.0000000001

なので電子は水素原子核(=陽子)の周りを
1Å=100pmの範囲で回っている感じです。
(実際はもっと小さくなりますけれど)

これを日常感覚で捉えるために
原子核(陽子)を直径1mm に拡大すると、

1mmの陽子の周りを0.1mmの電子が
直径60メートルの軌道で回転している感じ


え?ほとんど空白スペースになるけど…
計算が間違ってるんじゃ?と驚きますよね、
ミクロ世界は感覚的にギッシリ詰まって
いそうに思いますが"ほぼ空洞の世界"です。

この「何もない虚空」感を前提に
宇宙にスケールを上げていきましょう。。

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地球 (直径12,756km)/月 (直径3,476km)
地球から月までの距離は約384,400km


この"スケール"を体感するために
「月」の直径を1mm に縮小すると・・
"直径3.66mmとなった地球"の周りを
11センチメートル離れて回っている関係


自分で紙に書いて確かめて下さい、
予想以上に距離が離れていますよね?

それもそのはずで、月と地球の間には
水星から海王星までの太陽系の7惑星
(地球を除いて)が横に並んでいくと
ちょうど収まるくらい距離が開いています!

moon_earth.jpg

大抵の人は驚く事実ですね〜。
(教科書の図ではすぐ隣にあるように書いてたりしますし)

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太陽と地球はどうでしょうか。

太陽の直径は約1,392,000km なので
月を直径1oスケールで考えると
太陽は約400倍の直径40cmの球になります。

太陽から地球までの平均距離は
約1億4,959万7,870km(1天文単位)
なので

"直径3.66mmの地球"は"直径40cmの太陽"
の周りを43メートル離れて回っています。

地球直径を1mmに縮小して考えると
太陽(直径11p)の周りを半径11.7mの
円を描いて公転する
イメージになります



地球=1mmのまま太陽系を考えると
地球から海王星までは約353m、
冥王星までは約465m離れている縮尺です。

たった1mmの地球なのに冥王星軌道まで
(楕円に近いものの)直径930mになります


太陽から太陽系の端("オールトの雲"の外端)
までは約1.575光年(15兆km)なので
たった1mmの地球なのに 太陽系は
半径1,168キロメートルという規模
です


* "オールトの雲"外縁まで太陽系に含むかは
定説ではなく、太陽系は"オールトの雲"内端まで
とすれば、太陽系の直径は上記の半分になります。


1光年(光が1年で進む距離)=
9,460,730,472,580.8km については
地球1mm換算で約741.6km になります。
(参考:東京―山口間の直線距離が約769km)



太陽系から一番近い恒星
"プロキシマ・ケンタウリ"までの
太陽からの距離は約4.22光年(39.9兆km)、

地球から全天観測して最も明るい恒星
シリウスまでは8.6光年(81.4兆km)、

地球1mm換算で1光年=約741.6kmなので
太陽(直径11p)からシリウスまで6378.3q!


…この辺りから縮尺しても実感が湧かないので
太陽直径を1mmに縮小して考えます。

太陽1mm換算で1光年=約6.8km なので
太陽系(オールト内端まで)の直径は10.9q

オリオン座のベテルギウス(直径13億km)は
太陽から642光年(6,100兆km)なので縮尺すると
太陽(直径1mm)から4365.6km 離れた先で
直径93cmのベテルギウスが燃え尽きそうに…


ちなみに"たて座UY星"は現在観測上
最大の恒星で太陽の約1700倍の大きさ。
(太陽が1o縮尺で直径1.7m!)

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さて、"銀河系"に移りましょう。

我々が属する"銀河系(天の川銀河)"は
直径10万光年。太陽系は銀河系の中心から
2万8000光年ほど離れた点に位置しています。

太陽1mm換算で言うと、銀河系の大きさは
直径67万9650km
…圧倒的スケールです・・

実感を掴むために 太陽系(オールト内端まで)
直径を1mm に縮小してみると(以下、オールト内縁までの直径)
銀河系の縮尺直径は62.5m
です。



お隣のアンドロメダ銀河まで239万光年。
太陽系1mm換算で言っても 1.5kmも遠い先 !
(アンドロメダ銀河の縮尺直径は約155m)

"局部銀河群(天の川銀河、アンドロメダ銀河、
さんかく座銀河、その他数十個の小銀河の集群)"
の直径は約500万光年なので、太陽系1mm換算でも
直径3.12qというスケールになりますね。

この局部銀河群が属す"おとめ座超銀河団"
を内包する"ラニアケア超銀河団"は
10万を超える銀河で構成され、
その大きさは約5億光年。

太陽系1mm換算で直径312.5qという...

銀河系直径を1メートルに縮尺すると
ラニアケアは直径5km…

"観測可能な宇宙"は…直径930億光年の球?
もしそうなら銀河系直径1m縮尺で930q....



"宇宙"はさらに果て無く続くという
研究論説もありますから…(並行宇宙も含め)

「"全宇宙"の壮大さ」実感できますか??



このように銀河系直径=1mに縮尺した時、
我々の地球は直径1.35×10-14m=
13.5fmという"原子"ミクロ世界のスケール。
(現実では"金(gold)"の原子核直径が約14fm)


ミクロの量子世界からマクロの大宇宙まで
スケールを変化させながら"時空"を旅すると
美しい「相似」関係が見出せます。

(まあ「時空の歪み」で"相似"というのも
確かなモノではありませんが、感覚的に…)


人間は文字通り"小宇宙(ミクロコスモス)"で
"大宇宙(マクロコスモス)"が縮尺されたモノ。


我々を構成している1原子核が地球としたら
全身は銀河系よりも大きいという相似感覚。

そういう感覚で、全事象を柔軟に行ったり
来たりすると「時間・次元」感も広がります。



ここからが"核心"という感じなのですが
さすがに長文になり過ぎたので・・

要するに「どんなに微細微小に見えても
焦点・尺度を変えると どれ一つとして
無意味なものは宇宙に存しない」


という感じで今回は終えたいと思います。


なお、下記過去記事も周辺知識として
読み直してみると理解が深まるでしょう。

「宇宙」の果て(2012年11月12日)
「ミクロ」の世界(2013年08月25日)
無量大数を超えて(2012年11月15日)


それでは、お疲れさまでした。
いつもありがとうございます。

posted by laluz at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 「脳」の使い方

2020年02月03日

2020年2月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年の初月が過ぎていきましたが、
皆さま 益々ご清栄のことと存じます。


去る1月は(最後の)センター試験・成人式と、
人生の節目となる行事がありましたけれど、

世上では 新型コロナウイルス(2019-nCoV)
対応で関係各位各所は大変なご苦労をされて
おられることと存じます。受験生に限らず
疲労は溜め込まないよう休息は確保しつつ
手洗い等の予防措置を怠らないことが肝要です。

節分を経てまた新たに始まる季期が
平穏に充たされたものでありますよう
お祈り申し上げるばかりです。




袖ひぢて むすびし水の こほれるを
 春立つ今日の 風やとくらむ



(夏には袖を濡らしながら掬っていた水が
 冬に凍っていたのを、立春である今日の今頃
 春風が解かしているのだろうか。)



『古今和歌集』(巻一 春歌上2)
紀 貫之の和歌です。

「袖ひつ」は夏の情景を、
「こほれる」は冬の情景を、
「春立つ」は春の情景を 表します。

夏から秋冬そして今や立春と…本当に
早い(速い)ものだなぁと感じる方も
多くいらっしゃることでしょう。

現実社会(正確には現代社会)に生きていると、
好むと好まざると"タイムリミット"を
要所要所で意識させられますし。
その終節が心臓停止と言えましょうか。


このような物言いは何か自分はそうではないけど…的な
ニュアンスを感じる方もおられるかも知れませんが、
うーん、果たしてどうなのでしょう。

先生は最近どんなことにハマってるの?とか、
どんなことを考えて生きているの?とか聞かれた場合
(相手によりますが)対極思考の例を出しつつ
「時間が存在する」という立場の対極に立つと
どうなるか考えてるかなぁと答えます。

時間が存在しない、或いは過去現在未来という区別は
排他的ではなく"共時に存在"しているという次元観の
獲得と言いましょうか。これがなかなか難しいんですが
夢の中では興味深い示唆・講義(?)を得られたりして、
それをメモしながら更に探究…という。趣深いパズルです。

とか書いていますと「オカシイ人」にしか
思えないので(否定も出来ませんけれど…)
この辺で止めておくとして、兎も角そういう訳で

昔ほど「時間」に振り回されないと言いますか、
速いとも遅いとも特に思わないと言いますか、
ただただ「今・現在」が幸せで有り難いなぁ
としか感じていないというのが本音です。



脱線はこの辺りで今月の和歌に戻りますと。

夏冬春が"同時"に詠み込まれていて。
今春の情景も"想像"しているに過ぎず。

秋そのものは明示されないものの、必然に
夏冬の以降間に秋の情景は想起されますよね。


すなわち去年の夏(過去)から今の立春(現在)
そして新しく始まる春(未来)に渡る"水"の
変移を完全な心証風景として詠んでいる美。

去年に限らず幼少の情景さえ想起されるなら
まさに三十一字に悠久の過去現在未来という
「時」を包み込んだかのような優雅を感じます。



あー そこに着地したかった故の時間のお話ね…
なるほど。。と思われるかは兎も角そんな感じで
個人的には趣深く感じられる名歌の1つです。


それでは、今回はこの辺で。


2020年立春に際し、各々にとっての「春」が
麗らかに訪れる時を 祝福申し上げます。

適時適切に為すべきことを為していれば
自然の摂理に従って"水"が流れ出ずるように
各々の目指すべき道も開かれるでしょう。




掛替えなき2月の日々もまた
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます。


(2月も世界情勢が許す限り 16日前後に
 もう1回更新できれば良いなと思っています)
posted by laluz at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾