2019年04月16日

Alexander the Great



皆さま、こんにちは。

4月は16日前後にまた記事更新しますと
申していましたので、久々の「名言の英語」を。

2017年08月16日ルイス・キャロルから
20カ月ぶりです、案外経ってないなぁと
思ったのも束の間、その前は2014年1月24日
と約43カ月の空白期間がありましたよ・・

5年で3つか〜と 少しだけ驚きです。
最初期から読んで下さっている方は
どれほど残っておられるのでしょう、
ラルースも約8年が経ちますからねぇ。

それこそ(私が)学生時代に教えていた
初期の教え子たちは そのご息女・子息も
小中学生というほど時間経過していますし。

時の流れに逆らわずフワフワ漂って
書き連ねていますが、授業終了後も
ご縁が続いておられる方々には
何らかの形で「学び」のきっかけに
なっていればこの上ない喜びです。

というわけで、20ヵ月ぶりの「名言の英語」は
アレクサンドロス大王(アレキサンダー)の
言葉を見てみましょう。


Alexander III of Macedon(紀元前356.7.20〜前323.6.10)
古代ギリシャのアルゲアス朝マケドニア王国の君主。
コリントス同盟盟主・エジプトファラオも兼任。

16歳までアリストテレスの教えを受ける。
父フィリッポス2世が暗殺され 20歳で王位継承、
東方遠征によって30歳までにギリシャから
インド北西にまたがる大帝国を建設。

しかし紀元前323年、バビロンで
熱病にかかり32歳の若さで病没。

MacedonEmpire.jpg
By Generic Mapping Tools - Own work, CC BY-SA 3.0, Link



アレクサンドロスの大遠征によって
東西の文化伝播・混交がヘレニズムと
いう新たな文化潮流を齎しました。

歴史上の英雄たちから大英雄と敬われ、
旧約聖書やコーランなど重要な文典・
神話にも登場する、人類史において
最も影響を与えた君主の1人です。



・There is nothing impossible to him who will try.
・You shall find a way to the top if you diligently seek for it; for nature hath placed nothing so high that it is out of the reach of industry and valor.


(・挑戦する者にとって不可能なことなどない。
 ・頂点に至る道を真摯に探し求めるなら、あなたはその道を見出す。自然は 精励と勇気で到達できないほど高い場所には何も配置していないからだ。)



アレクサンドロスほどの偉業を
成し遂げた者だから言える言葉です。

多くの偉人が同様に述べていますように
真理なのでしょう。ただ、それを実現
させ得る 堅固な意志・忍耐があるか
そこに凡俗の違いが生まれるだけのこと…


Remember upon the conduct of each depends the fate of all.

(覚えておけ、各々の行為こそが万人の運命を決するのだ。)

倒置構文なので 直訳すれば、
「『全体の運命は個々人の行いに依存する 』
ということを覚えておきなさい。」ですね。

「conduct=行為・品位・振舞い」
家族・学校・企業・自治体・国家…と
多くの組織に適応しうる格言でしょう。

精神的に未熟な頃はなかなか実感
しにくいところでしょうが、自分が
「今どの所属の一員として行動し、また
行動することが望まれているのか」と
状況把握しつつ、臨機応変に行動を
律していくのは知能が要求されます。

…と、偉そうに高説ぶっていますけど
長らく「組織」に所属せずフワフワ漂って
いるお気楽者に言われたくないよ…と
叱責されるかもしれませんね。

ただ、一応「どの所属の一員か」と
いう行動指針は念頭にあるんですよ、
それが何かは秘密ですけども。



What an excellent horse do they lose, for want of address and boldness to manage him! ... I could manage this horse better than others do.

(乗りこなす腕前と勇気がないばかりに、彼らは何という名馬を失うことか!私なら誰より上手く乗りこなせられるだろう。)


少年アレクサンドロスが愛馬
ブーケファラスと出会った場面です。

気性が荒すぎて誰もが諦めていたところ
アレクサンドロスは強引に押さえ付けず
馬の不安を取り除きながら馬のペースに
寄り添って見事に乗りこなしました。

ブーケファラスもアレクサンドロスの
命令以外には従わなかったといいます。
(逆に 主が他の馬に騎乗しようとすると
怒ったという逸話もあります、可愛い)

東征時にはブーケファラスと共に駆け
生死を共にする絆で結ばれていました。
前326年ヒュダスペス川の戦いの後に
死んでしまいますが、アレクサンドロスは
新たな都市にブーケファラと名付けて
愛する馬=友の死を悼みました。

その2年後に大王も世を去るのですけど…
器の大きさを物語るエピソードです。

名馬に限らず、扱いが難しい動物・人物や
それこそ「運命の女神」が相手であっても
強引に無理やり従わせるのではなく
この者なら付いて行きたいかな…と
思わせる敬愛ある振舞いが大切ですよね。


I would rather excel others in the knowledge of what is excellent, than in the extent of my power and dominion.

(私は、権力や領土の規模よりもむしろ「素晴らしきもの」の知識の点において他に勝っていたい。)


「権力・領土の規模」でも突出した
大王だからこそ説得力がある言葉ですが
「大事なこと」は「力」ではないよと。

「素晴らしきもの」という内実は各々が
信じる世界観・信条に沿って規定すれば
良いと思います。ちなみに別の翻訳ver.では

knowledge of the highest secrets of philosophy
(哲理最高の秘奥についての知識)

と紹介されていたりします。

「人間が到達しうる究極の叡智」と
いうところに近いかもしれませんが
ともかく天才アリストテレスに13〜16才まで
学んでいただけ、人間の素晴らしさを
知っていることこそ至高と考えたでしょう。


If I were not Alexander, I should wish to be Diogenes.

(もし私がアレクサンドロスでなかったなら
ディオゲネスになりたいものだ。)


ディオゲネス(Diogenes 前412年?〜前323年)
古代ギリシアの哲学者(ソクラテスの孫弟子にあたる)。師アンティステネスの「徳」の思想を受継ぎ、欲望から解放されて自足すること、動じない心を持つことが重要だと考え、犬儒派(キュニコス派)の思想を体現して大樽を住処に犬のような生活を送りました。



20歳のアレクサンドロスが将軍として
コリントスを訪れたとき、ディオゲネスは
日向ぼっこをしていました。
将軍は挨拶をして何か望みはないか聞くと
「あなたがそこに立たれると日陰になるからどいて下さい」
と答えました。それを受けてディオゲネスに
なりたいものだなと述べたのでした。

これもまた大器を表す逸話ですよね。
歴史上、王なら不敬な態度として
刑罰に処すことも多いように思います。

その辺は、ソクラテス〜プラトン〜
アリストテレスの流れを汲む
アレクサンドロスなので
大先輩たる哲学者に敬意を
払っていたことは確かでしょう。

「欲」を離れて活きる尊さを
知ってはいても、彼は「王」として
無益な争いのない王国を築くという
運命に従って生きたのでした。


I do not feel happy for this victory of mine. On the contrary, I would be glad, brothers, if I had all of you standing here next to me, since we are united by the same language, the same blood and the same visions.

(今回の私の勝利には幸福を感じない。いや、兄弟たちよ。もし今ここに私の隣で諸君ら全員が立っていたら喜んだことだろう。私たちは同じ言語、同じ血、同じビジョンによって団結しているのだから。)


命を落とした戦士たちを悼み、
戦死者なく全員でここに立っていない
今は勝利そのものを喜べないという。。

姉妹都市や同郷・兄弟たちと争うことなく
同じヴィジョンで団結した者同士
より良い世界を創ろうという
大器アレクサンドロスも32歳の
志半ばで天に召されます。

歴史に「if」はありませんけれど
アレクサンドロスが哲人王として
長命だったら世界史はどうなっていたのか。


いずれにせよ歴史上の偉人のみならず
名声こそ残らずとも懸命に使命を全う
されてきた先人を想い、数千年もの
「時」を反芻しながら「今」を優しく
征服するよう生きて参りましょう。




まだまだ興味深い箇所はありますが
これ以上遅くなるのもどうかと思いますので
この辺りでおしまいに致します。

以上、アレクサンドロス大王の名言でした。

いつもありがとうございます!


posted by laluz at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 「名言」の英語

2019年04月04日

2019年4月の始まり



皆さま、こんにちは。

2019年 第3番の月も過ぎていきました、
2019年の約25%が早くも終えたわけですね。

(昨年も同じことを書きましたが)
1年の4分の1といって長いか短いか
感じ方は各々の時間感覚によるものの、
いずれにせよ 新しき「期」を
心機一転 楽しんで参りましょう。



見わたせば 柳桜を こきまぜて
 都ぞ春の 錦なりける




素性(そせい)の和歌(『古今和歌集』巻一56)

桜が咲き誇り、日本においては入学入社など
新しい舞台に進む方も多い晴れやかな時季。

柳など草:樹も優しい緑を輝かせながら
人々の陽気に呼応しているかのよう。

種々の色糸を用いて華麗な模様を織り出す
"錦"のように鮮やかに時空を彩る情景。

桜と緑が溶け合う優雅な風合いは
日本では馴染み深く愛されてきました。

「桜」の花言葉は "精神の美"
( 品種でも異なってきますが、
概ね "優美・純潔"といった感じ)



「柳」の花言葉は "従順・自由"

「シダレヤナギ」の花言葉は "悲哀"
学名(Salix babylonica)が示すように

By the rivers of Babylon, there we sat down, yea, we wept, when we remembered Zion./ We hanged our harps upon the willows in the midst thereof.
(Psalm137:1-2) King James Ver.

と、『詩篇137』の「シオンを思い出して涙を流し、
バビロン川のほとりのやなぎに琴をかけた」節に由来。
それゆえ?英名は Weeping willow

ただ、当時のバビロン川付近で枝垂柳は生育
していなかったそうで New International Ver.
(新国際訳)では" There on the poplars
we hung our harps,"とポプラになっています。
(ポプラ= ヤナギ科ハコヤナギ属)

それを含めて悲哀・哀愁を感じますね…
ヤナギ論の脱線はこの辺にしておいて

素性法師の時代には「花言葉」として
編纂されてはいなかったでしょうが
ある程度共有できるイメージはあるはず。

自由あるいは悲哀の"糸"と
精神の優美さの"糸"が織り成す
"錦"で 人の世が彩られるなら
それは趣深しと思います。

仏教用語で「因縁」とは
「物事はすべて その起原(=因)と、
 果を結ばせる作用(=縁)とによって
 定められていること」を意味しますが、

各々「因と縁」を横糸・縦糸のように
上手く紡ぎながら、自ら出色の運命を
織り上げていくことにも通じますね。



新年度・新学期ということで
小中高校・大学・大学院あるいは
企業等各組織の新たな舞台において
今後、時を経るにつれ期待・予想に
反した事態に陥る時もあるかしれません、

それは、自らの思い描く設計図から
かけ離れたように感じるもありましょうが、

因と縁、縦横の織糸を扱うが如く
ムリに固執して乱雑に絡ませないよう
素材を殺さず 互いを活かすよう
自ら適宜修正を施していけば、

結果的には当初のイメージより
深みある作品が生まれていくもの。

精神的に若い時期はそれこそ
悲哀・憎愛といった色地も出てくる
でしょうが、それはそれで作品の一部。

素晴らしい創造の季節を
気兼ねなく謳歌して参りましょう。



それでは 今回はこの辺で。

長いお付き合いをさせて頂いている皆さま、
新しくご縁ができた方々の諸々のお心遣いに
いつもながら深く感謝申し上げます。

春光が新たな創造の歩みを祝う4月
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます!


(月2回目更新は11月以来行っていないので
 運命が許す限り16日前後に1つ挙げたいです…)

posted by laluz at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾