2018年10月04日

2018年10月の始まり



皆さま、こんにちは。

2018年 第9番の月も過ぎました。
2018年も75%を終えたことになります。

天災・人災も多い昨今ですけれど
与えられた時間がある限りは
実りある日々を歩んで参りましょう。




雲はらふ 嵐に月の みがかれて
光えてすむ 秋の空かな


(雲を吹き払う嵐に 月は磨かれて
ひときわ光が澄み輝く 秋の空です。)



「雨降って地固まる」ではありませんが
もやもやとしたものが嵐の威風によって
払われ、本来の輝きが澄み渡る…という。

台風が過ぎた後の 秋月の美しさ、
というだけでも趣深い和歌ですけれど

人間の生息領域であれば大抵の場面で
人生訓のように捉えることができますね。

嵐の猛威で 失うものもあるでしょうが
自身の輝きが増す契機にもなるんだと
上を向けるかどうか。そこが難しいところ…




もの思ふ 心の隈を のごひすてて
くもらぬ月を 見るよしもがな


(思い悩んで生じた心の影を 拭い払って
曇りなき清澄な月を見る術があるならなぁ。)



月は「変わらずそこに在る」けれども
それを美しく感じたりするかどうかは
結局のところ受容側の感性・心情次第。

イライラ怒っていれば、月が美しいなぁと
のんびり夜空を眺める時間も少ないでしょう。

まあ 思い悩むのも人間の特権なので
それはそれで拭い去るべき欠点とは
思いませんが…ただ「自らの内的心情が
外的状況を規定する」という意味では
満ち足りた明るい世界を想起した方が
生き易いかもしれませんね。。



秋の夜の 月の光は きよけれど
 人の心の 隈は照らさず



[後撰和歌集323・詠人知らず]の和歌で
西行の作品ではありませんが、知的です。

秋夜の月は清く輝くけれど、人の心の
奥底までは照らしてはくれない・・と。

恋歌として読むなら
「全てを明るく照らす月の光さえ、
 人の心の奥までは照らしてくれないから
 あの人の本当の思いはわからないよ。。」
という意味になるでしょうか。

個人的には 「全てを照らす清澄なる月光も
人の心の影までは明るく照らしはしない」
と、やや突き放した解釈で捉えたいですね。



社交辞令や建前上の応対で溢れているので
「人の本音」を読み取るスキルがないと
なかなか生きにくい世の中かも知れません。

まあ「本音」が全て分かったとしても
"それで減る"争いと "むしろ増える"争い
とでは量的に大差ない気も致しますけど。

事物のみならず人の心を含めた上でも
「自分が知覚する世界」というのは、
各々の心情に規定されるものなので

どうせなら楽しく過ごして参りましょう
というところで今回は終わります。

ちょっとおバカっぽい"締め方"ですけど
「何も考えない境地」に到達したのね…
・・と善解して頂けたら幸いです。


昨年10月は、芭蕉の
川上と この川下や 月の友
から、「つながり」を考えましたが
改めてお読み頂ければと思います。


それでは、今回はこの辺で。
ご訪問下さりありがとうございます!


posted by laluz at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾