2017年12月31日

2017年の終わり


皆さま、こんばんは。

いよいよ2017年を見送って、
2018年を迎える時となりました!

2017年の日々も 皆さまには
公私にわたって大変お世話になりました。

毎年同じことを申し述べておりますが
2017年も有り難い日々を過ごせましたのは

ひとえに皆々様の温かいご支援のお蔭と
ただただ感謝するばかりです。



年くれぬ 春来べしとは 思ひ寝に
 まさしく見えて かなふ初夢



西行法師の句です。

年も暮れ、春がまさに来るぞと思いながら寝たら
その夢に見たことが本当に見えて初夢が叶ったよ


・・・と。当時の背景を慮ると色々な解釈が
出来ると思いますけれど、シンプルに読むと
こんな優しい句に捉えることも出来ましょう。


座右の銘というものに当たるかはともかく
ある意味で「確信」している真理として

Whatever you ask in prayer,
believe that you have received it,
and it will be yours.
(Mark 11:24)

・・があります。この点については
以前述べましたので繰り返しませんが、

2018年も素晴らしい日々になると
確信とともに寿ぐならば、そうなります。

新しい年において「見たい夢」を
快い心持で強くイメージしながら
2018年において着実に現実化される様を
大いに楽しんでいかれますように。


兎にも角にも 2017年の終わりに際し、

私と時間を共有している生徒さんやご家庭、
関係諸子の方々全てに心から御礼申し上げます。

この1年間の御高恩に対する謝意を
言い尽くすことはできませんが…
2017年 ありがとうございました!



posted by laluz at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾

2017年12月17日

映画のお話 #2


皆さま、こんにちは。

12月も15日前後にもう1度更新できれば…
と申しておりましたので、2回目の更新を。

*17日14時過ぎに一応UPしましたけど
適宜に加筆修正すると思います。。


11月第2回目の更新は、映画のお話でしたので
12月第2回目もその続きに致しましょう。


前回同様、個人的に良かったと思う映画を
今回はSF(Science Fiction)のジャンルから。
(「ラルースの塔」で挙げて問題ない範疇で)

宇宙が舞台で考えさせられる映画として・・


インターステラー
(Interstellar,2014年/アメリカ)


地球外の居住可能惑星の探索を行うため惑星間航行
(インター・ステラー)する宇宙飛行士のお話。

特殊相対性理論、特異点など宇宙物理学からも
矛盾が無いよう科学的考証が行われています。
170分とやや長編ですが、深く思考実験する題材
として興味深いですし、普通にSF映画として
観る価値ある良作です。ただ集中力は要します。


オデッセイ(The Martian,2015年/アメリカ)

火星探査中の緊急事態で一人置去りにされた宇宙飛行士
の命をかけたお話。この作品でも科学的正確性は
追求されていましたが、冒頭の事故に科学的間違いが
あることがのちに判明…。その間違いを学びつつ
マット・デイモンの演技を鑑賞するのが良いかと。


ゼロ・グラビティ(Gravity,2013年/アメリカ)

想定外の事故によってスペースシャトルが大破し
宇宙空間に放り出されてしまった宇宙飛行士と
科学者のサバイバルを描く作品。先端技術で
「宇宙の恐怖」を疑似体感できる点でも話題に。
「重力」と「命」を再認識させてくれる秀作。


・・「宇宙」がテーマの名作は多々ありますが
「人工知能/時間遡行」も良作が多くあります。


トランセンデンス(Transcendence,2014年/アメリカ)

人類の未来のため、意識をもったスーパーコンピューターを
研究開発している科学者が死亡後も人工知能として存続し、
過度に高度化した科学技術がもたらす危機を描く作品。

…と、こんな感じで紹介されるのですけど「科学技術の
もたらす危機」であって「人工知能のもたらす危機」
ではないんですよ。よく観て考えると深い作品です。

時間の制限やらで説明不足の部分も多いでしょうが
(というか2回目を観ないと分からないかも?)
Transcendence=超越(?)という意味を考え
それを補いつつ読み解くと得られる何かがあります。


her/世界でひとつの彼女(Her,2013年/アメリカ)

人間女性より魅力的な「人工知能型OSサマンサ」と
彼女(?)に惹かれる主人公の恋愛(?)を描く作品。

直接的な対人関係は面倒なことが多く、仮想現実の
相手の方が気楽だと思われる世界は現実化しつつ
あります。VR(仮想現実)上の相手と結婚式を
挙げる御仁もおられる昨今ですからね。

性差を超えた同性婚も許容されつつある現代、
「心」を通わせていることが至上なら
「肉体」の有無は問題ないのでは?と、
そんな議論も普通に起こり得る時代です。

ただ、「愛する他者の喪失」というのは
肉体の有無で差異は無いんですよね。やはり
離別を苦しむのが人間。愛とは何か?を
現代的状況から繊細に描く秀作と思います。


ウォーリー(WALL-E,2008年/アメリカ)

ピクサー&ディズニーのCGアニメ映画。
西暦2700年の荒廃した地球と宇宙を舞台に、
独りぼっちで地球に残されたゴミ処理ロボット
WALL・E(ウォーリー)の恋と冒険のお話。
「人工知能」との闘いと言えなくもない…

ディズニー映画で最も好きな作品ですね。
名作です。ほとんど会話がないのですけど、
仕草で意図が伝わるというか…温かいです。

「肉体」を超えた「愛」ということで。



トランス・ワールド
(ENTER NOWHERE,2011年/アメリカ)


森の中に迷い込んだ3人の見知らぬ男女を待ち受ける
奇妙な運命を描いたサスペンスミステリー。
ジャンルとしては「時間遡行・転移」…かな?

書くとネタバレになるので控えますが
先の読めない展開で引き込まれます、
隠れた名作じゃないでしょうか。

この作品については邦訳も秀逸ですけど、
ENTER NOWHEREの原題も是非考えつつ。


バタフライ・エフェクト
(The Butterfly Effect,2004年/アメリカ)


butterfly effect=バタフライ効果とは、
蝶の羽ばたきが、遠地の竜巻を引き起こし得るか?
という命題で有名ですが、力学系の状態に"変化"を
与えると、その変化がごく僅かであったとしても
その後の系の状態は 変化 が加わらない場合と
大きく異なってしまうという カオス理論上の用語。

この「バタフライ効果」を題材とした作品ですが
過去に戻って現在、未来の出来事を変えることが
出来る主人公の 愛と苦悩を描いたSFスリラー。

もう13年前の作品になりますけれど、
当時は先進的なテーマだったと思います。
実際にこの映画から派生的に考えられたものも
多いはず。評価も高く 名作の一つでしょう。

ただ、高評価だと思って観ると肩透かし
かもしれません、じっくり考えながら
消化していくことで滋味深いというか。




…と、ご紹介に値する作品はまだまだ沢山
ありますけれど、今回はこの辺で。

それでは、久々の月2回目更新でした。
いつもご訪問ありがとうございます!

posted by laluz at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書物・映画etc..

2017年12月05日

2017年12月の始まり



皆さま、こんにちは。

とうとう2017年の約93%が過ぎ去りましたが、
皆さまお変わりなくお過ごしのことと存じます。

皆さまの御蔭で2017年も有難き日々を頂き
此度も師走を迎えることができました。

今までと これからの全ての「ご縁」に
心からの感謝を申し上げる次第です。




白菊の 目に立て見る 塵もなし
  芭蕉



しらぎくの めにたててみる ちりもなし

(白菊の花は、目をこらして見ても 塵一つない清らかさをもっている。)


眼前の白菊に喩えて、女主人・
斯波 園女の清楚な人柄を讃えた挨拶吟。

西行『山家集』にある、

くもりなき かがみの上に ゐる塵を
目にたてて見る 世と思はばや


…を踏まえたものと考えられています。

西行の一首は非常に難解で、この真意を考えるには
回を改める必要がありますが(それこそ神道・仏法を
探究しつつ人世を哲学していくことに等しいほど)、

芭蕉の句はこの上なくシンプルです。
(シンプルだからこその深奥の秘?)

白菊の清浄清廉の美が 際立つ洗練さ。


先月(2017年11月の始まり)の回で、
「この道を 行人なしに 秋の暮」に続く
句も連ねていたのですが…と述べましたけれど、

芭蕉の句は、余命をカウントするかの如く
以下のように詠まれていきます。


• 松風や 軒をめぐって 秋暮れぬ

• この秋は 何で年寄る 雲に鳥

• 白菊の 目に立て見る 塵もなし

• 月澄むや 狐こはがる 児の供

• 秋深き 隣は何を する人ぞ

• 旅に病で 夢は枯野を かけ廻る



そうして芭蕉は世を去るわけですけれど
「白菊の〜」は死の2週間ほど前に
詠まれたわけです(生涯最後の句会で)。

そうしてみると、本当に澄み渡るような
「曇りなき美」を讃えたものと言えましょう。


さて、興味深いのが次の句です。



月澄むや 狐こはがる 児の供

(月が澄んでいる夜、児の供をして歩くと、
 狐が出たのを 怖がったものだなぁ)




芭蕉は俳聖として有名であり、和の心に響く
名句を世に遺した才人でありますけれど、
神ならぬ人間です。ですので、世人の如く
恋愛もしてきたわけですが、衆道(男性愛)の
気色も併せ持っていたと言われています。

芸術家において同性愛は何ら珍しいことではなく
(レオナルド・ダヴィンチから枚挙に暇なし)
我が国においても古来から男の同性愛・少年愛は
武家支配層から中流層まで公然と知られていました。

(英雄色を好むに性別問わず…正に男女平等?
 幕府財政が逼迫する江戸末期から徐々に
 「労働力の生産性がない」ことから非難・
 弾圧されていくようになるわけですが。)


一応「塾ブログ」的なカテゴリーにある点で
この句はスルーしようかとも思いましたが…
死期にあってあえてこの句を詠んだ俳聖に
敬意を払う意味から 触れておきますと。

・・といって特に猥雑な意味合いはなく
むしろプラトニックな愛情表現というか、

純粋に愛おしく愛でるような心持ちを
死の間際に思い出しながら詠んでいます。


「白菊の〜」の流れからは、老若男女の差異無く
生きとし生けるもの、万物一切を在るがまま
愛しく思うような、そんな心境に近い気がします。

男だから女だから、老齢だから幼年だからと
そんな人間の境界なく、在るがまま人間を慈しむ
そのように解釈すれば俳聖の境地に曇りなしです。




秋深き 隣は何を する人ぞ


本来、句会に出席にする予定でしたが、
句会に出られる状態ではなかったため
この句のみを出席させたのでした。

先月述べたように、蕉門派閥争いなどで
弟子たちもギクシャクしておりました。
その句会で、師・芭蕉はこのように伝えます。

隣は何をする人ぞ、と。

何をするんだろう、何をしているんだろう。
それを考えるのは、思いやりの一歩でしょう。

自分は!自分が!…ではなく、隣人は何を??
と考える契機を与え、場を和ませたかったのでは
ないかと、そんな風に個人的には捉えたいですね。

(達人の域には届かないと諦めていたにせよ…
 どの門弟も互い互いでの作風を重んじながら
 俳諧の道を深めて行って欲しいと願いつつ。)


死の床で、弟子たちは句会、隣は誰もなく
晩秋の寂しさを一層感じるものだなぁ…的な
そんな軽い句ではない気がします。。



旅に病で 夢は枯野を かけ廻る

(たびにやんで ゆめはかれのを かけめぐる)


芭蕉の辞世の句です。
芭蕉の「夢」とは何だったのでしょう。


弟子たちが醜く争うことなく切磋琢磨し
俳諧の道を究めていくこと?

あるいは、孤高の俳人として、
森羅万象を17文字に凝縮しようと?


…まあ、様々な思いが去来しながらの
「夢」という一語かと思います。

人が世を去る際に、自らが導いてきた子孫や
弟子・後進たちが、躍動する姿を想う時、

それはそれで「今ここに身体は消えても
夢は消えずにかけ回る」ように思うかも。



1694年11月28日に芭蕉が世を去って
実に323年を経ますが、その時を隔てても
このように芭蕉の句に触れて色々と感じ、
芭蕉の「夢」を追想する者もいますし、

「人の世の連なり」というものは
「想いの繋がり」と言えるはず。


ご子息ご令嬢を心から大切に想い、
愛情をかけて導いていかれる保護者の
皆さま方も、いつか訪れる昇天の際は
「夢」の行く末が幸せなものと願い
笑顔で見送り見守られることでしょう。

ただ、昇天の1年前は?10年前は?今は?と
遡っても、その気持ちは本来変わらないはず。


日々刻々どの時々も 人生最期も 変わらず
大切な人を想い合って、互いの「夢」を
自由に高めて行かれますように。

偏見・先入観に囚われることなく
曇りなき鏡のような清浄な精神を以て

先人の願い・夢に想いを馳せながら
自らを神聖に輝かせて下さればと思います。




…というわけで、長くなりましたが
芭蕉最期の句でした。師走に「最期」を
辿った以上、月初挨拶の芭蕉シリーズは
ここで一区切り付けることに致します。

まだまだご一緒に考えておくべき名句は
多くありますけれど、それは個別の機に。

(2018年からのテーマは決めていませんが
 同じようなスタイルで行くはずです…)




2017年の最終章も貴きご縁に充ちていることを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます!



(今月の第2回目更新はどうなるか未定ですけど
 時間が許せば16日前後に1つ挙げたいです…)

posted by laluz at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾