2017年11月18日

「映画」のお話


皆さま、こんにちは。

11月は半ば頃にもう1度記事更新します
と申しておりましたけれど既に18日午後…。

当初予定より遅くなってしまいましたので
16日以降チェックして下さった方には
申し訳なく思います。お待たせしましたが
11月第2回目の更新は、映画論のようなものを。

「名言の英語」でボードレール(baudelaire)を
取り上げる構想でしたが、ちょっとまとまり悪く、
なんとなくピンと来ない出来だったので熟成中です。

もう少し寝かせてみて、読むに耐えられるものに
なれば、改めて載せようかなと思います。


さて、以前にも少し触れたかもしれませんが
映画はそこそこ観る方です。年に100本くらい。
多くはないけど少なくもない…微妙な数ですね。

今までには?と問われたら分かりませんけど
1000本は観ていると思います、ここ4年の
鑑賞リストだけでも400本弱はあったので。

玄人的評価が高いものは一応目を通すように
していますが、逆にあまりメジャーな作品は
観ていないことも多々あります。

というわけで、今回は個人的に良かったと
思う映画を(「ラルースの塔」で取り上げて
問題ない範疇で)
取り挙げてみようと思います。


まずは、無難に数学者を取り上げたものから。


奇蹟がくれた数式(The Man Who Knew Infinity,
 2015年/イギリス)


インドの数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャンの
史実に基づいた映画。天才数学者としての苦悩・
差別などにはあまり深く立ち入っていませんが、
(長々描写して冗長になったり退屈になるよりは)
良い意味であっさりとまとまっている良作です。


イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密
(The Imitation Game, 2014年/アメリカ)


第二次世界大戦中にナチスドイツが用いていた
「エニグマ」暗号の解読に取り組み、戦局打開に寄与した
イギリスの暗号解読者アラン・チューリングを描いた映画。
同性愛者としての苦悩も含め、 B・カンバーバッチの
演技は秀逸。TV映画版『ホーキング(2004)』もお薦め。



・・まだまだ沢山ありますが、少しずつテーマを
変えて行くことにしましょう。ほのぼの系で、
あまり有名ではないものを挙げてみますと。


氷の上のふたり (MIDNIGHT SUN,
2014年/カナダ・イタリア)


納屋に迷い込んだ子グマを母グマのもとに帰すため
奮闘する少年のお話。極寒の地の中での温かさが
光るハートウォーミングな作品。映像もキレイで
北極圏での撮影大変だったろうなぁと感心します。
「深み」はないけど、子シロクマが可愛いです。


こねこ (THE KITTEN, 1996年/ロシア)

子猫と家族の触れ合いをハラハラほのぼのと
描いた猫映画。ネコ好きなら観るべきと言われる
隠れた名作ですけど…あまりに名演技過ぎて
過度な演技指導されてなかったか心配なくらい。
(まあネコ好きじゃないとあの映画は撮れないし
 その辺りは大丈夫だと思います)。

主役子猫のチグラーシャが可愛いです。


アップルとわたしのカラフルな世界
(APPLE OF MY EYE, 2017年/アメリカ)


乗馬中の転倒事故で視力を失った少女が、
盲導馬に出会い、新たな人生を歩む姿を描く。
これだけで盛大なネタバレになったような…
それくらい「内容は浅い」のですけど、
ハートウォーミング映画としては良い作品。
盲導馬のアップルが可愛いです。

本当にハンデキャップを負ってしまった方や
ご家族にとっては、そんなに軽いものではない!
と思われるでしょうが…その苦悩を深く描写して
いない点、そこは苦悩を乗り越えて行く過程を
受け手側が加味する必要はもちろんあります。



・・まだまだ枚挙に暇ありませんが、
最後に、ラブストーリー的なものを。


ぼくとアールと彼女のさよなら
(Me and Earl and the Dying Girl,2015年/アメリカ)


映画オタクの男子高校生が余命僅かな同級生女子との
交流を通して成長していくお話(日本未公開?)。
年層によってはおバカな学生ノリは鬱陶しいかも。
学生の皆さんは観る価値があるでしょう。よくある
お涙頂戴的な話ではありませんが、かといって
重すぎず軽すぎず、深いと言えば深い良作。


世界一キライなあなたに(Me Before You,
2015年/アメリカ・イギリス)


障害者の自殺幇助・安楽死を扱った話題作。
ラブストーリーとしても秀逸ですが、幕引きに
ついて賛否両論があったのも理解できます。
アリがちな展開でないのが高評価な点かも?

この映画に限ったことではありませんが
邦題がヒドイことが多々ありまして
この作品も邦題と原題の乖離が激しいです…

「Me Before You」の意味を考えながら
鑑賞されると、より深く考察できるでしょう。


アデライン 100年目の恋
(The Age of Adaline,2015年/アメリカ)


29歳の美しさのまま100年以上生き続けた女性が
真実の愛を見出すまでを描くラブストーリー。

今回取り上げた映画の中では
最も一般受けしやすい映画でしょうか。

数あるラブストーリーの中でも秀作の一つ
に挙げられるものと個人的には思います。



…と、ご紹介に値する作品はまだまだ沢山
ありますけれど、今回はこの辺で。

映画批評ブログではないので…気が向けば
他の作品も挙げてみたいと思います。

(もっと複雑怪奇・難解を極めるような作品も
 脳に有用な範囲で、いつかご紹介できれば)



それでは、久々の月2回目更新でした。
いつもご訪問ありがとうございます!


posted by laluz at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書物・映画etc..

2017年11月05日

2017年11月の始まり



皆さま、こんにちは。

2017年 第10番の月も過ぎました。
2017年の約83%が過ぎたことになりますね。

収穫の秋を見送りながら冬の到来に備える月ですが、
皆さま 極上の晩秋を楽しんでおられることと思います。

(一昨年=昨年の冒頭部あえて流用しました…2年とは早いもの)



秋の夜を 打ち崩したる 咄かな

(あきのよを うちくずしたる はなしかな)



元禄7年9月21日の夜、車要亭。潮江車要・各務 支考
といった門弟らが集まり、この句を発句として
半歌仙が巻かれました。

*歌仙とは、五七五の句と七七の句を交互に計36句詠む
 俳諧形式の一つ。半歌仙は半分の18句。



秋夜の趣深い静寂さを打ち崩してしまう賑やかさ。
といってもそれは興を削ぐ忌避すべき騒雑さではなく、
ある意味「秋の寂しさ」を打ち壊してくれるような
知己との語らいを指していることでしょう。

この頃、芭蕉門派では主導権争いに関わる対立があり、
師・芭蕉は深く心を痛めていたと言われています。
当日、緊張関係にあった槐本之道(近江蕉門)と
濱田酒堂(大坂蕉門)が同席していました。

言葉少なく しんみりとした寂しい秋夜ではなく
談笑に華が咲くような一門であって欲しいという
師の想いもあったはず(この句が発句なので)。



おもしろき 秋の朝寝や 亭主ぶり  

(おもしろき あきのあさねや ていしゅぶり)



9月22日朝「宵寝はいやしく、朝起きはせはし」と添えて。
まあ 早寝早起きそのものに価値はないと考えている点は
個人的に芭蕉に同意しますね、朝に寝ることに意義あれば
それはそれで是。早寝早起きに意味あればそれが是というか。

亭主がゆっくりとした朝寝をすることで、
客人もゆったりした朝を過ごすことが出来ます。
そういう亭主ぶりと昨夜遅くまで語らった
ひと時を慈しむように詠んだ句。

芭蕉の死期は もうすぐに訪れます。



この道を 行人なしに 秋の暮

(このみちを いくひとなしに あきのくれ)



門弟と談笑する師・芭蕉と、妙なる領域に到達した
俳聖・芭蕉。先の二句が師・芭蕉としての歌なら、
この句は いわば俳聖としての孤独を詠んだもの。
事実上の辞世の句とされています。


「この道」の先にも後ろにも 行く人の姿はない。
芭蕉の歩んできた俳諧の道には、先にも後にも
続く者がいない。至芸の極みに立つことは、
孤独感の中で暮秋に佇むようなもの。

門弟らはどちらが優れているとかどうとか
俗的な醜聞の中で迷い、万物総て芸術として
高めていく精神領域に弟子がないという寂しさは
賑やかな「噺」や「朝寝」では打ち崩せぬもの。


ちなみに『笈日記』では、

人声や この道帰る 秋の暮

・・と記されています。

各務支考の『芭蕉翁追善之日記』に、
「此の道を〜」といずれを残すか考えていた
様子が記されていますが、「人声や〜」の方が
なんとなく人間味を感じます。

「この道帰る」の主語が人々なのか芭蕉なのか
どちらにでも取り得るから かもしれません…


人の声がするから この道を帰る、というのは
芭蕉が弟子たちや世人の賑やかな声を聞き、
孤高に歩んできた道から振り返ってこちら側
(=浮世)を見る、というような感覚で
個人的には解釈したいところです。

世を去る間際に、今までの崇高な歩みを
人声で振り返るという情景も、それはそれで
大きな優しさを感じるものだと思いますけれど。

しかし、芭蕉は「師」ではなく「求道者」として
「誰もいない世界」を詠んだのでした。


『笈の小文』で風雅俳諧の道をこう述べています。


「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道する物は一なり。

しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。見る処花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし。」

「造化にしたがひ、造化にかへれとなり。」



俳諧という風雅の道は、自然にしたがって
四季の移り変わりを友とすること。
見るもの全てが花であり、思う所全てが月である。
天地自然に従い、天地自然に還りなさい・・と。


この領域からすると、
「この道を 行人なしに 秋の暮」でこそ
芭蕉の風雅は完成したと言えるのかもしれません。

静かに暮れゆく秋のように
この約20日後に芭蕉の命数も尽きるのです。


・・・と、草稿では、この後に続く句も
連ねていたのですが、ちょっと長くなり過ぎて
「11月の始まり」としてはまとまりに欠くので
キリの良いところで留めておきます。


「月初のご挨拶」としてはそうですね…

各々志す「道」を歩んで、或いはこれから
歩んで行かれることと思いますけれど

どの道であっても「究める」には
相応の覚悟と研鑽が無ければならない。

ただ、その道中は孤独の時間が多いかも
しれないが、いつでも振り返ると自らを支え
励まし 呼んでくれる「声」があるはず。

常に孤高の領域を突き進むだけではなく
遍く声に耳を傾け、歩んだ道を振り返ることも
また道を究める過程の一つである、


と、強引にマトメてお許し願いましょう。



というわけで11月、心身ともに寒さを感じ始めますが
四季も全て在るがまま 楽しんで下さいますように。

季節の移り変わりが在るがまま自然であるように
各々の進化も在るがまま自明でありましょう。


この11月も素晴らしいご縁で充ちていることを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。


*11月は、半ば頃にもう一度
記事更新したいと思っています。



posted by laluz at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾