2017年08月16日

Lewis Carroll


皆さま、こんにちは。

8月は15日前後にまた記事更新します…と
申していましたので、久々の「名言の英語」を。

ひと昔のように超タイトな授業スケジュールには
しないようにしているのですが、やはり夏休み…
それなりに追加授業をお受けしています。

東京大・京都大を目指す子たちですので
取捨選択しつつ色々と吸収してくれていれば
嬉しく思うことこの上なしです。

今夏は数年ぶりに「午前中」から授業を行う等
炎天下に移動するのもそれはそれで懐かしく。
陽光よりも月光の方を多く浴びる日々でしたので
個人的には趣深い「環境変化」かもしれません。

というわけで、実に2014年1月24日以来
約43カ月ぶりとなる「名言の英語」は
ルイス・キャロル を取り上げてみましょう。



Lewis Carroll,(1832.1.27-1898.1.14)は、
イギリスの数学者、論理学者、写真家、作家、詩人。

本名は Charles Lutwidge Dodgson で
"Charles Lutwidge" のラテン語表記名
"Carolus Ludovicus"をもじったもの。

『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の
作者として文学世界においても有名です。



ルイス・キャロルについても天才の例に洩れず
聴力障碍・発達障碍(自閉症スペクトラム障碍)と
考えられる徴候を示していた点や、写真芸術として
少女ヌードを撮った点から小児性愛を疑われる等
長年誤解や疑念の対象とされることもある人物でした。

近年の研究で後者は根拠のない俗説と判明し、
世界的な名著とともに文字通り尊敬を集めています。


ルイスキャロルはオックスフォード大を卒業後
母校で数学講師を務めていたこともあって
著作中でも数理要素は満載で、読み解くには
なかなか難しいパズルもあったりします。

『ルイス・キャロル解読―不思議の国の数学ばなし』
で齧った程度ですが、この本は興味深かったです。


前置きはこの辺りにして早速「名言」を。




If you don't know where you are going,
any road will get you there.



この文章は原典ではなく映画版のセリフと思いますが
キャロルの名言として時折引用されています。

「もしあなたがどこに行くか迷っていても
 道が導いてくれます」的な訳例もありますが
『不思議の国のアリス』の名言として引用するなら
実際そこまで「優しい意味」ではないかもです。

"What road do I take?"
"Well where are you going?"
"I don't know."
"Then it doesn't matter.
If you don't know where you are going,
any road will get you there."


どの道を行けばいいの?と尋ねるアリスに
チェシャ猫は「どこに行きたいの?」と尋ねますが、
アリスは「わからないわ。」と答えます。

「じゃあ、問題ないよ。どこに行きたいか分からないなら、
どの道を選んだってそこにたどり着けるんだから。」


要するに「分からないところ」に行くには
どの道を辿っても「そこ=未知」に行けるよと。

アリスの世界にはこういう「言葉遊び」が満載で
そのまま訳出不能のものが多々あったりします。

アリス的には「どの道か」というよりは
「どこに行ったらいいか」を教えて欲しかったと
思いますけれど、「どこに行きたいか」は
「自分しか知らない」=他者が分かるわけない

という意味では本当にその通りですよね。



Everything's got a moral, if only you can find it.
(すべてのことには教訓がある。見つけることができれば…だけど。)


『不思議の国のアリス』で 色々な名言(迷言)を
披露してくれる中の一人が「公爵夫人(Duchess)」。


“If everybody minded their own business,”
“the world would go round a deal faster than it does.”


(みんなが自分のことだけ気をつけていれば、
 この世界は今よりずーっと迅速に回るだろうにね。)



この文章も原典ではユーモアな展開での話ですけど
その場面を離れて読んでも名言と思える一つです。

「自分のことだけ考える」というのが
「他人のことに口出ししない」という裏返しで
実際、人間界では「自分のことはさて置いて、
他人のことに首を突っ込み過ぎる」人もいるはず。

各々が先ず、自分の任務・使命・責務について
真剣に取り組んでさえいれば、世界は今よりも
上手く回っていくだろうというのは頷けますね。


Oh, 'tis love, 'tis love
that makes the world go round.


(ああ、愛こそ、世界を動かすものは愛!)


これも侯爵夫人の言葉ですけど、この辺りは
「意味を分かってないけどそれっぽいことを言う人」
を わざとユーモラスに描いている側面もあるので
侯爵夫人が心から「その真理」に到達しているか
それ自体はともかく、古来から「愛」は全ての鍵
のように色々な場面で掲げられますよね。

このブログでも少しだけ触れたりしますけど
「この宇宙の全ての扉を開く鍵は『愛』なのだ」
と声高らかに言っても、どこまで「真髄」に
触れているかは各々の思考レベルで変わります。

とりあえず『愛』というブラックボックスに
入れておけば誤魔化せる側面もあるでしょうし。
『愛って何?』『キミも進化すれば分かるよ』的な。

その実「この世を動かすのは愛!」という表現は
「訳の分からないものが世界を動かしている」
いうことの端的な裏返しとも言えます。

その意味では侯爵夫人の言葉は真理かも。


Take care of sense, and
the sounds will take care of themselves.


不条理というか、とりあえず何でも
「教訓にこじつけたがる」侯爵夫人ですが
この文章もその一つ。何となく聞きかじったことを
それっぽく吹聴する傾向の人も現にいるでしょう。

これはそのまま訳出するとズレてしまいます。

"Take care of the pence and
the pounds will take care of themselves."
(小銭を大切にすれば大金はおのずと集まる)
(小事を大切にしていれば大事は自ずと成る)


という教訓をもじった「言い間違い」ですからね。
(penceをsense、poundsをsoundsと)

ただ、「深く考えてみると」意外と「言い間違い」
ではない、むしろ高尚な文章にも思えてきます。

「訳の分からない文章・作品」を高尚だと
有り難がるのは愚かさと紙一重でしょうし、
ルイスキャロルもそれを皮肉っているとしても。

(「感覚」を大切にすれば「音」は自然と集まる。)

おー何か「それっぽい」ような。音楽家には至言かも…

(「意味」を大切にすれば「音」は成し遂げられる。)

うん、なんだかすごく深いことを示している気も…。
「音」=人間が織りなせる究極の「交響音」だとしたら?


…と、そんなこんなで不条理と条理のはざまを
行き来し漂えるのがアリス世界の魅力でもあります。



I give myself very good advice,
but I very seldom follow it.

(私は自分にいいアドバイスをするんだけど、 ほとんどそれに従わないの。)

Who in the world am I? Ah, that's the great puzzle.
(私って一体誰なの? ああ、なんて難しいパズルなのかしら。)


上の文章は原典そのままではなくアリス由来のもの
だと思いますが、引用の最後に。


「不条理な世界」とは「不条理な自分」そのもの。

「答え」が分かっているのになぜか行動しない
とか、この訳の分からない「自分」という謎を
解き明かして「自分なりの完成体」に成ることが
出来たなら、世界の全てはシンプルな条理の中で
ゆったり動いていることに気づけるでしょう。

その「理(ことわり)」自体を、人によっては
「神」と言ったり「愛」と言ったりするので
「訳の分からない不条理」感を加速させるだけで。

焦点のズレたレンズでは対象を正確には把握
できないように、世界に対してもまず自分自身が
「ブレない視点・支点」を持たなければならない。

そうして「意図的に」条理と不条理を楽しむことが
できれば、アリス世界のような狂気のお茶会を
日々ゆったり楽しんでいけるでしょうね。


・・・と、寝落ちしてしまって更新が17日9時を
過ぎてしまいました、お待たせしてすみません。。



It's a poor sort of memory that only works backwards
(後ろにしか働かないなんて、ずいぶん貧弱な記憶ですわね)

とか

I can't go back to yesterday
- because I was a different person then.
(昨日に戻ることはできないわ。昨日の私は別の人間だったのだから。)

とかまだまだ興味深い文章はありますが
これ以上遅くなるのもどうかと思いますので
この辺りでおしまいに致しましょう。


それでは、ルイスキャロル
(というよりアリスの国)の名言でした。

8月後半も正気と狂気のハザマを楽しみながら
脳がワクワクする日々をお過ごし下さいますように。

いつもありがとうございます!




posted by laluz at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 「名言」の英語

2017年08月05日

2017年8月の始まり



皆さま、こんにちは。

2017年 第7番の月も過ぎました。
2017年の約58%が過ぎたことになりますが、
情熱的な夏の日々をお過ごしのことと思います!


なるべく月2回更新に…と書いていましたので
7月も15日前後にご訪問下さった方もおられたかも
しれませんね、実際「書いてみた」のですけど。

7月での東京大学卒業生カード(クレジットカード)
の提携サービス終了を受けて、各大学提携カードや
「信用力」について思うところを書いていたのですが
なんとなく「ラルースの塔」っぽくないというか
クレジットカード論とか世俗すぎて興醒めというか。


(プレミアムなカードやら各ステイタスやら
 実際使っている人には今更どうでもいいし
 使ってない人には無用な情報でしょうし)


そのままお蔵入りして8月を迎えた次第です。

(素直に「名言の英語」にすべきでしたね…
8月は15日前後にもう一つ更新しようと思います!)





撞鐘も ひびくやうなり 蝉の声 芭蕉


(つきがねも ひびくようなり せみのこえ)


(眼前の梵鐘までが今にも同調して響き出しそうなほど
 山中に鳴り響いている蝉の声よ。 )




とても荘厳・深淵で…スケールの大きい句。
個人的に好きな句の一つです。

蝉たちの鳴き声が山中に響きわたり、
寺の鐘さえ鳴り出せそうだなぁと
字義通りシンプルに読んでも、夏の情緒が
ありありと目と耳に浮かんできますね。

ただ、梵鐘は仏事において重要な役割を果たし、
その響きは聴く者を一切の苦から解放し、
悟りへと導く功徳があるとされます。


やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声

…の句について2014年8月に触れていますように、

成虫になってから蝉の生は残り短いものですが、
遺伝子を繋ぐために 残された短い時間の中を
精いっぱい鳴きし切る蝉の声は「生の儚さ」よりは
「生の力強さ」こそを感じさせます。

世を去る頃の蝉たちは力なく地に横たわっていますが
その地中には次の世代となる幼虫たちが眠っていて

その骸はやがて地に還り大樹を通して次世代の養分へと
生と死が変わることなく循環していく…ことへの生命賛歌。


この観点から「撞鐘」の句を深く読んでいくと、

生死の苦などに悩み囚われず、ただ与えられた
「生」を賛するか如き、蝉たちの鳴声の集積は
まるで一切の苦しみを解き、悟りへの境地と導く
梵鐘の大きな響きであるように感じられる、と
このようなニュアンスを含むように思えます。


いつもながら個人的な解釈なので
実際どうなのかは分かりませんけれど。
そのような含意を感じながら読む方が
荘厳なスケールを感じて好ましいところです。



実のところ、蝉たちの一生と人間たちの一生とで
どこまで「差異」があるかと言えば、本質的差異は
無いと思いますけれど、だからこそ些事に思い悩まず
自らの生命エネルギーで灼熱を覆い尽くすかの如き
尊大さで、夏の日々を楽しんで参りましょう!

それでは、今回はこの辺で。



8月も素晴らしい出会いで充ちていることを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。



posted by laluz at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾