2016年08月04日

2016年8月の始まり



皆さま、こんにちは。

2016年 第7番の月も過ぎました。
2016年の約58%が過ぎたことになりますが、
この上なく充実の夏をお過ごしのことと思います。

月初のご挨拶のみの更新になって久しいですが
その分1ヶ月の移り変わりを目まぐるしく感じます。


7月冒頭〜8月冒頭までも様々な事件事象がありましたが
ポケモンGOも社会現象となった一つでしょう。
7月22日の配信時から過度な熱気も少しずつ冷め
落ち着きつつあると感じますが、面白い試みでした。

ポケモン好きの生徒さんを教えていた時に、
コミックやらゲームを借りて(というよりは半ば
強引に貸してくれて)最低限の教養?はあるので
個人的には親しみ深く思っておりました。

教室周辺はもとより自宅前もポケストップなので
なんとなく手にとって懐かしんでいますが、
自宅にいて「カビゴン」のシルエットが出たら
ちょっと散歩してくる程度には触っています。。


爆発的な初動だと飽きられるのも早いですし、
実際ゲームとしての「深み」は今のところないので
(Ingressのような「世界観・行動原理」が特にない)、
良コンテンツに育って行って欲しいと思いますね。

単にゲームというよりは「AR:Augmented Reality,
(拡張現実)」浸透化の実験でもあるのでしょうけれど。



…と、その他ゲーム全般についてお話しできることは
相応にありますけれど(ゲーム好きな生徒さんのお蔭で)
今回のところはこの辺で切り上げて本題(?)に。





ひらひらと 挙ぐる扇や 雲の峰   芭蕉




( ひらひらと高く掲げた扇の様は、夏空に浮かぶ
  雲の峰まで 達しているように高らかだ。。 )




能役者・本間主馬を訪れた時に読まれた句。
主馬の舞いを讃えている挨拶吟ではありますけれど
その前提を離れてみても涼やかで雄大な句です。


「能」の真髄を示す命題の1つ「秘すれば花」。

「隠して秘密にするからこそ観客を感動させられる」
…という意味合いですけれど、全てを開示するものよりも
解釈の余地を残し、観客側に委ねる余韻がある方が
芸術に深みが出るというのは理解できましょう。

もちろん、政治・経営・金融投資など現実問題においては
「秘すればこそ花よ…」と片づけるわけにいきませんので
明確に争点・要点を開示できる人こそ有能なる花ですが。



ただ、見せ方・魅せ方という「演出」の観点においては
「ああ、もっと聴きたい、見出したい」と思わせられるか
どうかは、どの分野でも無視できない差を生むものです。

退屈なほど話が長い人、自分の話だけ延々と開示する人などは
大抵「もっと会って聴きたい!」という魅力は与えられません。

魅力の源泉が何かを悟りつつ、それをあえて積極開示はしない、
慎ましく秘することで、その魅力はより映えるというのは
何となく同意される方も多いことでしょう。

ただ、それを更に突き詰めて深めていくと
自分の「我」というものを前面に出さないこと、
すなわち周囲に調和して己を溶け込ませる、という
領域に至るのではないかと思えます。

文字通り「自然体」の領域。

そこに居ながらにして事象のバランスに
何らの乱れを加えることなく、調和を保つ。
むしろ人々を調和の焦点に導くような所作。

我を廃し 万物の流れに沿ってなされる一挙手一投足は
まさに「自然」と渾然一体の営みそのもの。



身体と精神が自らの支配下に置かれ、規律できている方の
所作振舞いは、優雅で美しいもの以上に感じます。

扇をひるがえす所作にさえも、その先に雄大な雲の峰を
想起させるような品位・知性を備えたいものですね。


暑い時期、忘我の境地にある美しい所作どころか
暑さで心身ともにダラけてしまう方も多いでしょうが
涼やかに扇を仰ぐ天上人のような心持ちで
悠然と各々の道を歩んで下さればと思います。


「因果の花を知ること 極めなるべし。一切みな因果なり。」
『風姿花伝(花伝第七・別紙口伝)』


…とありますように、何だかんだ言っても
前提のところは「因果(原因と結果)」ですから
素晴らしい「花」を咲かせるためにも各々適切な
種蒔き・メンテナンスなりの「原因」を設定した上で
「結果」までの過程を楽しんで下さいますように。



8月も素晴らしい出会いで充ちていることを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。



posted by laluz at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾