2016年05月05日

2016年5月の始まり


皆さま、こんにちは。

*毎月初のご挨拶ですが、手違いで5月冒頭ブログアクセス
 出来ない状況になっておりました…。毎月ご挨拶のみの更新ながら
 定期にご訪問下さった方々にはご迷惑・ご心配おかけ致しました。



2016年第4番の月も過ぎていきました、
2016年の約33%が経過したことになりますね!

年の3分の1の時間を終えたわけですけれど
第2節目の4カ月も優雅に楽しんで参りましょう。




年々や 桜を肥やす 花の塵   芭蕉

(としどしや さくらをこやす はなのちり)


(年々咲く花はやがて散り桜を肥やす塵となる趣深さよ。)




桜の花も既に散り去り、儚く土塵となった時節。
拙宅の車庫も毎年のように桜の花にまみれますが、
その花びらたちも少しずつ土へと還っていきます。

芭蕉の意図する句意としては「年々、先代が礎となって
次代を栄えある花へと育んでいる素晴らしさよ!」との
挨拶吟であったと言われますので、直接的に深く儚い
生命の輪廻を歌ったものではないのでしょうけれど。

ただ、散・塵(ちり)をかけているでしょうし、
安易に諂った(へつらった)社交辞令でもないでしょう。
(相手の家系を讃えるだけなら散とか塵とか避ける気も)

一説によると、崇徳上皇の『千載集』所収の歌
「花は根に 鳥は古巣にかへるなり 春のとまりを 知る人ぞなき」
…を意識して作られているとも言われます。

「春が終われば、花は根元に、鳥は古巣に帰るものだが
 春の行き末を知っている人はいないものだ」という句ですが、
そういう視点で考えると「時間」の大きな流れを感じます。



「春の行く末」は各々の心のうちにこそある…とか?

ともかくも全て「生命の連関」であることは確かなので
桜の輪廻を慈しみつつ来年の満開を心待ちに致しましょう。



万物が各々に与えられた「確かな方向」に向かって
生命力を力強く高める季節において、

長いお付き合いをさせて頂いている皆さま、
新しくご縁ができた方々からのお心遣い諸々に
毎月のことながら感謝を述べさせて頂きます。


初夏の心地よい風の中、5月も素晴らしい出会いで充ちていることを
皆様と共に心から喜びたいと思います。

いつもありがとうございます。



posted by laluz at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾