2020年08月04日

2020年8月の始まり


皆さま、こんにちは。

2020年 第7番の月も過ぎました。
2020年の約58%経過したわけですけど、
例年より遅い梅雨も明けました。

今季も洪水被害が各地でありましたし、
試練の日々が続く昨今ではありますが、
お変わりなくお過ごしでしょうか。




ありとても たのむべきかは 世の中を
 しらする物は 朝がほの花


(いま生きているからと言って、明日も無事だとは限らない。
それを教えてくれるのは、あの朝顔の花です。)



和泉式部 『後拾遺和歌集』0317

アサガオ(朝顔、牽牛花)は、ヒルガオ科
サツマイモ属の一年性植物
(学名: Ipomoea nil、英名: Morning glory)。

日本自生の植物ではなく、奈良時代末期〜平安時代に
遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものに由来します。

『万葉集』で詠まれる「朝顔」は、我々が知る
アサガオではなく、桔梗(キキョウ)・槿(ムクゲ)
を指すというのが通説です。


さて、今回の和歌は平安中期に詠まれているので
アサガオの可能性が高いですが、和泉式部が
想定しているものがそうかは分かりません。

ともかく「アサガオ」は一日どころか
朝の午前中だけ咲いた後は枯れてしまう
「一日花」なので、儚さ(はかなさ)を
表す花として芸術に取り上げられてきました。

和泉式部の和歌も、ストレートに
世の儚さを詠んだものですが、
文字通り「真理」を突いたものです。

コロナ禍であったり、洪水などの天災で
いつ何が起こるか分からないのが世の常。

だからこそ「今」という掛け替えなき時を
敬意と感謝の念で大切にできるとも言えます。


まあ、あまり「しんみり」とするのも
生産的ではありませんが、前向きに
歩んでいく上でも「日々の非代替性」は
念頭に置いておくことが大切ですよね。


コロナ禍は収束まで程遠く、異常気象と
言うべき気候変動も今後続くだけでなく、
各々にとっての試練も適宜あるものと思いますが、

過ぎ行く「時間」に敬意を払いつつ、
夏の日々を歩んで参りましょう。

それでは、今回はこの辺で。


いつも本当にありがとうございます。



(今月も世界情勢が許せば 16日前後に
 もう1回更新しようと思っています)

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2020年07月17日

変わらないもの


こんにちは。7月2回目の更新です。

このところ、全てが「和歌」の引用なので
変わり映えしませんが…コロナ禍で何となく
「おとなしく自粛」しているような感じです。



いそのかみ ふるき都のほととぎす
こえばかりこそ 昔なりけれ


(石上の古き都で鳴くホトトギスよ。
 昔から変わらないのは、その鳴き声だけだなあ。)

   

『古今和歌集』巻三144 所収、
素性法師(そせいほうし)の和歌。

素性=俗名・良岑玄利(よしみねのはるとし)は
「僧正遍照(良岑宗貞=よしみねのむねさだ)」の子。

2019年4月の始まり2019年11月の始まり
…でも素性法師の和歌を取り上げています。

これを詠んだ当時、大和国石上(現在の奈良県天理市)
「良因院(石上寺)」の住持でありました。

自然の営みは変わらないが、人の営みは変わる
という無常観を詠んだものですが・・

西暦900年代でさえ「変化」を感じるとしたら
現代では比較にならない程の大変化でしょう。

しかも2020年は世界的なコロナ禍で
文字通り「昔とは大きく変容した」世界です。

生活様式にも意識改革が求められます・・。

そういう社会変容の中でも、
ホトトギスたちは元気いっぱいに鳴いています。

素性法師と同じ心境で「変わらないのは自然の営み
だけだなぁ」としみじみ思う昨今ですね。

とはいえ、その自然さえも、異常気象などひと昔から
比べると大きく様変わりしているのが現在の地球でしょう。

まさに「諸行無常」そのものですが、各々の
「心」の核心のみは揺れ動くことなくただ有難く
「在る」ことのみが真実と言えましょうか…。


ともあれ「例年なら」満喫できるはずの夏季ですが
2020年は色々と対応が求められる夏となります。

covid-19と共生していくことになる社会なので
各々体調管理は万全にしつつ、免疫力も
低下させないように気を付けて参りましょう。


それでは、今回はこの辺りで。

いつもありがとうございます。



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2020年07月06日

2020年7月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年 第6番の月も過ぎました。
2020年の半分が経過したことになりますが
今年は異常事態に近いですからね…
諸事順調とは行きにくいかもしれません。

それでも与えられた日々を感謝しながら
2020年後半も自身を高めて参りましょう。


※途中まで書いたままバタバタと7月6日となってしまいました…
 平常なら遅くとも5日には更新できているので
 チェック下さった方にはお手数おかけしてすみません!





一年に 一夜と思へど 七夕の
 逢ひ見む秋の かぎりなきかな



(ひととせに ひとよとおもへど たなばたの あひみむあきの かぎりなきかな)

(一年にたった一夜と思えても、七夕の出逢いは限りなく永遠に繰り返されるものよ。)



『拾遺和歌集』巻第三秋歌150番
紀貫之(866年or872年頃?〜945年6月30日?)の和歌。

7月7日は七夕ですが、本来は旧暦で考えるので
2020年では8月25日が本来の「七夕」です。
「秋の歌」であるのはそういう事情ですね。

現代では新暦7月7日に七夕祭りを
行ったりするので、良しとしましょう。

七夕は「織姫と彦星の夫婦が1年に1度
7月7日だけ会うことを 天帝に許されている」日。

夏の大三角形を構成する「こと座のベガ=織姫」
「わし座のアルタイル=彦星」とされています。

一年にたった一夜しか会えないなんて!
と思っても、毎年変わることなく限り無い時を
共有することに思いを馳せた作品です。

美しく壮大な和歌ですよね。


「人間の時間尺度」で考えれば
一年でたった一夜しかないと言うのは希少に思えます。

ただ、よくよく考えると「一年で一夜」どころか
「一生に一度だけの機会」なんて意外とあります。


受験・就職・採用試験なども「一年に一度」
どころか「一生に一度のチャンス」を
活かさないと行けなかったりします。

失敗して再挑戦できる場合もありますが、
毎年無限にやってくるわけではありませんし。

恋愛・結婚などにおいても
たった一度のボタンの掛け違いで
「縁」が解けることもあるでしょう。


そうしてみると「七夕」の二人のように
悠久の時を生きられない人間においては
より一層「その時その時」が貴重に思えます。

「一期一会」の出会い・チャンスなりに
敬意を払って存分に活かすことが大切です。



もちろん、失敗しても何度も挑戦し続けられる
性質のものも多いですが、そうはいかない場合も
意外と多いのが人間社会。

「幸運の女神」には前髪しかないなどと
あまり美しくない喩えで語られますが、
「一期一会」の「機会」は一生に一度しかない
と心得て、敬意を払って対峙することに通じます。

…と、今回の和歌の本意とはズレますが、
夏の星々を眺めながらも、中心軸はぶれないように
一つ一つの機会を活かして生きたいものですね。


それでは、今回はこの辺りで。


コロナ禍中の夏を迎えますが、
打ち克つべきモノは「自ら」のみです。
万全に対策は行いつつも澄み切った精神で
7月を楽しんで下さいますように。



いつも本当にありがとうございます!


(今月も情勢が許せば 16日前後に
 もう1回更新しようと思っています)


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2020年06月18日

静かな激流


皆さま、こんにちは。

とりあえず6月2回目の更新ですが、
もう既に18日となってしまいました、
16日前後にチェック下さった方には
お手数おかけしてすみません。

充実しているからとはいえ時間観念を
完全に捨て去るのも善し悪しですね…



五月雨を あつめて早し 最上川

(さみだれを あつめてはやし もがみがわ)


有名な松尾芭蕉の句です。

2014年4月〜2017年12月の毎月初に芭蕉を
引用してきましたが(1月は万葉集ですけど)
久しぶりの引用です。

五月雨(さみだれ)と言うのは
新暦6月の雨なので我々にとっては
今頃の「梅雨」に当たりますね。

梅雨の水が集まって、本当に流れが
はやい最上川だと驚嘆する情景です。

ただ、「あつめて早し」の「早し」というのは
難しいですよね、「速し」ではないのか?と。

「速い・早い」の違いは一般常識と言えますが、
その使い分けは存外に難しいところです。

「仕事が早い」「仕事が速い」
「電車の方が早い」「電車の方が速い」


…上記のどちらも文法的に正しいですが、
話者のニュアンスは違います。

私が「時の流れは速い」「時の流れが早い」と
一応使い分けているのもそういう意図があります。



この「川のはやさ」も速いのか早いのか。

俳聖・芭蕉があえて「早い」とした以上は
「物理的速さ」よりも「時間的・体感的早さ」を
表したかったのだな?と一応推測できますが、

そもそもこの句の初案は・・

五月雨を あつめて涼し 最上川

「涼しさ」から「早さ」に変わったわけですね。


ともあれ、現代の我々の状況下においても
梅雨期で「涼しいなぁ」というよりは
「静かなる激動」という体感の方が強いです。

2月からの対コロナ社会になってから
「あっという間」で「はやいなぁ」と
感じる方も多いでしょう。


学生・社会人から第一線を退いた方まで
それぞれ感じ方は異なるでしょうが、
「静かなる激流」の中で転覆しないよう
油断することなく気を引き締めながら
各々の目的地を目指して参りましょう。

何だかんだ言っても「日本の未来は明るい」と
思えますし、そうして行かなければなりません。

暑さで気力・体力も奪われる時期に入りますが
今一度「身を祓い清めて」真夏に備えたいですね。



それでは、今回はこの辺りで。

いつもありがとうございます。


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2020年06月06日

2020年6月の始まり


皆さま、こんにちは。

2020年 第5番の月が早くも過ぎ、
2020年の約42%が経過しました。

※今回更新が遅くなってすみません…


「ラルース進学塾」も皆さまの温かいご支援の下で
9年間という時を存在していることになりました。

ひとえに各方面各位のご厚恩を賜った故と
心より御礼申し上げる次第です。

毎年 同じことを書いておりますが
「進学塾」というより「進学会」と称した方が
実態に適うところですけれど、


引き続きご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。





わが門(かど)ゆ 鳴き過ぎ渡る 霍公鳥(ほととぎす)
 いや懐かしく 聞けど飽き足らず


我門従 喧過度 霍公鳥 伊夜奈都可之久 雖聞飽不足
[毛能波氐尓乎六箇辞闕之]


我が家の門を鳴きながら飛び渡る霍公鳥は、
ひときわ心に染みて いくら聞いても飽きることがない。


『万葉集』 巻19-4176 大伴家持

[毛能波氐尓乎六箇辞闕之]とあり
「も・の・は・て・に・を」の六つの助詞を
 使わずに作ったものと言う意味です。

ちなみに4175番は・・・

霍公鳥 今来喧曽无 菖蒲
可都良久麻泥尓 加流々日安良米也 [毛能波三箇辞闕之]

霍公鳥今来鳴きそむ あやめぐさ 
 かづらくまでに離るる日あらめや


…で、「も・の・は」3詞を欠くものです。


4176番は使用頻度が高い助詞6つを使わずに
詠む「遊び」といったところでしょうか。

和歌の世界には「〜を題して詠める」とあって
五七五七七の句頭で「その御題の単語」を
組み入れるなど「知的な遊び」も見られます。

大友家持の「才」の現れで済ます方もいれば
「単なる遊戯」ではなく「何かの暗号」ではないか?
…と、読み込む研究者・探究家の方もおられ、
いずれにせよ「奥が深い」和歌です。


この歌の情景は、初夏の平穏そのものです。
何でもない情景ですが、毎年変わらない、
いやもっと長い期間繰り返される季節感。

本質的に「変わらない」ものなどありませんが
だからこそ「平穏に繰り返される日常」は
世人にとって 掛け替えなく愛おしいものです。



平穏でなくなった時には、その「価値」が
より実感できることは、昨今の混乱情勢で
多くの人に当てはまるでしょう。

人間社会も「平穏さ」を取り戻しつつありますが
蒸し暑くなる季節で体温調節も難しくなってきます。

「健康」についても出来る限り
「平穏のまま」を保てるように
自律管理して参りたいものですね。


兎も角も 長くお付き合い下さっている方々だけでなく
あらゆる面でご支援下さっている各方面の皆々様に
改めて節目の感謝を申し上げる次第です。

いつも本当にありがとうございます。


(今月も情勢が許せば 16日前後に
 もう1回更新しようと思っています)

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2020年05月17日

母君への感謝


皆さま、こんにちは。

コロナ禍も収束の兆しを見せつつありますが
終息までは時間がかかりそうな状況下
皆さまいかがお過ごしでしょうか。

とりあえず5月2回目の更新です。



真木柱(まけはしら) ほめて造れる 殿のごと
いませ母刀自(ははとじ) (おめ)変りせず


麻氣波之良 寶米弖豆久礼留 等乃能其等
已麻勢波々刀自 於米加波利勢受


(真木柱を讃えて建てた立派な御殿のように、
 母上もお変わりなくお元気でいて下さい。)



『万葉集』 巻20-4342
坂田部首麻呂(さかたべのおびとまろ)

駿河国から九州に防人(さきもり)として
旅立つ時に詠んだ和歌です。


日本神話や祝詞(のりと)に親しんでいると
「柱(はしら)」という概念の深さに気づくでしょう。

神々を一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)…と
表現することからも「深い意味」を推察できます。

「宮柱太敷き立て(みやばしらふとしきたて)
高天原に千木高知りて(たかまのはらに ちぎたかしりて)」


という表現も、ただ大きいとか高いというに留まらず、

「柱」が大地の底深くから天空にまで届いている
スケール…太い柱が、大地と天空までを繋ぐような
壮大な神殿=「国」の建設描写であると言えます。

そもそも「ハシ」という語は
"こちら側"と"あちら側"を繋ぐ
という意味から来ていると言われます。

橋・箸・ハシゴ・走る…など、
なるほどと思いますよね。。


さて、前置きが長くなりましたが、
今回の和歌の「真木柱」という語も
その深さが分かってくるでしょう。

家の柱を立てる時には、祝福の言葉で褒め讃えながら
末永く建物を守ってくれるよう祈って建てたことが
読み取れます。

天地を繋ぐ大いなる自然の威力だけでなく
自分の家を支えてくれた大いなる母君へ、

揺らぐことない柱でそびえる神殿のように
いつまでもお変わりなくお元気でいて下さい
…という最上の祈念の言葉です。



「母の日」は過ぎましたが、お互いが感謝しあうのに
「機会が過ぎる」ということはありません。

コロナ禍で 母親業のご負担が増しておられる
ご家庭も多いことでしょう。ただ、一本の柱に
負荷をかけるのではなく、それぞれの柱が
負荷を分散させる方が「神殿」は長持ちします。

互いに敬意と感謝を持ちながら苦楽を
シェア分散していくことが家族であり国家です。


…と、話が大げさになりましたが、
遅ればせながら「母の日」に際して
お母様方のご苦労には心より敬意と
感謝を申し上げます。

それでは、まだまだ油断できない情勢ですが
皆さま日々ご自愛下さいますように。

いつもありがとうございます。

posted by laluz at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月05日

2020年5月の始まり



皆さま、こんにちは。

2020年第4番の月も過ぎていきました、
2020年の約33%が早くも経過しましたが…

やはり今までにない異常事態なので
時間・季節感もズレますよね…


…毎月4日にはアップしているところ
今回ちょっと間に合いませんでした。
ご訪問下さった方ありがとうございます。




けふもけふ あやめもあやめ変らぬに
 宿こそありし宿とおぼえね



(去年と同じ5月5日の今日、見る菖蒲も同じなのに
 人がいなくなった家だけは 同じと思えないものだ…)


『後拾遺和歌集』213
 伊勢大輔(いせのたいふ)の和歌。
(中古三十六歌仙の一人)


昨年度は「元号も新たに祝賀ムードですね」
と述べたのが、不思議なくらい静かな5月です。

街並みも「人が少なくなって」
同じ日、同じ景色でも、同じ街とは思えない
…という心境に近いものがあります。

コロナ感染リスク以上に、生活に困難を極めて
おられる方々もいらっしゃると思いますので
あまりなことは申し上げられませんが…

全ては必然として、この大変動の機に
社会の膿を出し切っていくしかありません。


個人的には 趣味を兼ねて 新しいことを
始めたので、なかなか有意義な日々です。

嘆いても仕方ありませんし、全ては移り行き
変わらぬものは何もない世界ですので、
然るべき流れを読みながら生きていきましょう。

それでは、今回はこの辺で終わります。


長いお付き合いをさせて頂いている皆さま、
新しくご縁ができた方々の諸々の御配慮にも
併せて深く感謝申し上げます。

5月の緑風が 細やかな至福をもたらすことを
皆さまと共に心から喜びたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。



(今月も世界情勢が許す限り 16日前後に
 もう1回更新できれば良いなと企んでいます)

posted by laluz at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ラルース進学塾